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ダンジョンにて

第七部分にてダンジョンに再び入る理由を、突然の実家からの留守電に変更。


次話更新、22年1月3日22時くらい


「お邪魔しまーす……」


 見ていると酔いそうになってしまうほどの暗黒色をしている虚空を抜け、俺はダンジョン内部に足を踏み入れる。


 目的は例のゴブリンからブレザーを取り返すことである。

 今回俺は家から持参した釘バットを持ち、持っている中で一番動き易い服装である現代技術の粋を集めた学校指定の体操ジャージを着用、適性試験を受ける前に買って押し入れで埃を被っていたダンジョンポーチなるものに有用そうなものをぶち込んで体にキツく巻き付けている。

 釘バットは実際釘付いてる必要があるかどうなのか分からないが武器になりそうなものはこれ以外なかった。

 適性試験に落ちて怠惰な生活を送り始めた時ヤンキー漫画で影響されて作ったモノだ。

 


 色々持ってても邪魔になるだけだし。


「こんなとこにずっと居たってしょうがないし、行くか」


 緋色を薄めたような色の松明のぼーっとした明かりを頼りに何度締め直したかも分からない靴ひもをもう一度固く縛り、床土みたいな地面を一歩一歩踏みしめ歩き出した。













 もう歩き始めてから数十分は経っているが、ダンジョン内は依然として静寂。

 俺の足音以外何も聞こえないしその足音だって忍び足だ、ほぼ無音の状態が続く。


 しかしなんだろう、前回入った時には気付かなかったがこのダンジョンでは土埃が降ってくるようだ。

 目に入って鬱陶しいし、吸い込んだら気持ち悪い。

 ゴブリンがそんなこと気にするとも思えないし、人間にとってだけデメリットのある地形効果だ。




 とりあえず何としてでもブレザーを取り返さなくてはならない。

 健康的で文化的な最低限度の生活を偽装できるぐらいにはしておかないと、奴らの管理下に逆戻りすることになる。

 現実を知ったような面で目からは哀れみ口からは否定、自分の何もかもが間違っているような気にされる。

 今も俺が奴らから逃れるため命まで賭していると知ったら、きっと鼻で笑うだろう。


 俺は思い出したくもない記憶の数々がフラッシュバックし、自然と顔が歪む。

 バットを握る手に力が籠もる。

 俺は左耳に着けたピアスを優しく握り込む。

 こんなところで平静さを喪ってはいけない。


「んなこと考えてる余裕もねえらしいしな……」


 グガガ……ガガ!


 現在地は入り口からある程度進んだ先にあった多叉路の一番右を選んでそのまま進んだところのT字路手前、聞こえたのは呑気そうなゴブリンの声だった。

 音から推察するに、前方のT字路を出た瞬間かち合う可能性は否めない。


 入り口からはもう大分進んだはずだ。

 ダンジョン内のモンスターが階層を移動することは不可能。

 俺のブレザーを持っている奴を見つけるんだ、戦闘は必要ない。


 ゆっくりとなるべく音を立てずに進む。


 ここは今まで以上に慎重に事を進める必要がある。




 あ、やべ鼻に土埃が……


「……へーっくしょん!!!」


 ……




 ……ガアア?


 やらかしたあああああああ!!!


 ドスドスドスと音など気にする必要もない緑畜生の無遠慮な足音が聞こえてくる。

 足音からして頭が悪そうではあるが、それが俺にとってそのまま死神の足音であることには変わりない。




 俺は釘バットを前に構える。

 そう、確かこういう場合は正眼に構えるって言うんだったっけか。


 探索者志望だった俺は様々な道場に通い戦闘術を習っていた。

 不出来な俺はどこに於いても成績を残せずじまい、それを活かせる機会すら伴わなかったわけだが……


「今役に立ってんじゃねえか、頭出した瞬間にカチ割ってやんよ……!」


 バットを持つ手は震えていた。

 これは武者震いなんかじゃない、認めろ、ビビってるんだ。

 こんなんだから適性試験に落ちたんだ俺は。

 あいつは受かったって言うのに……俺は……


 今日二度目さっきぶりにピアスを撫でる、ネガティブになりかけていた気持ちが和らいでいく。

 最近はこいつに力を借りることが多すぎる気がするな……


 ……




 よし、完璧だ。

 準備は整った、ドタマカチ割ってやるから早く出て来いよ。


 地を踏み鳴らして走ってくる音が徐々に近付く。

 さっきまで何が面白えのかゲラゲラ笑ってやがった膝小僧だって見ろよほら、真剣な面構えだ。


 グォォ!!!!!!


 凄まじい声圧に身が文字通り震えた。

 だがまだだ、まだ行動を起こしてはいけない。

 まだ大丈夫、怯むな絶対に。


 奴は目の前のT字路を絶対に通る、バカ面引っ下げて俺の目の前をな。


 ……通らなかったら?ゴブリンにも知性があることは昨日分かった。

 待ち伏せの可能性を考慮してT字路直前で踏み止まって索敵なんかし始めたら?


 いや、そんなことになったときに俺の命はない!俺が死んだら可能性も糞もないからつまり必然的にその可能性はあり得ない!


 グルァ!!!


 角を飛び出したゴブリン、俺の眼前には間抜けに晒した後頭部。






 ……おせーよへっぽこ糞緑、俺はこの瞬間を待ち侘びてたんだぜ。

 十秒前、いや、


 探索者を志した十数年前からずっとな!!






 振り抜くバットが後頭部を完全に捉える。


 バゴッ!!!


 ……響いたのは小さい頃見ていた探索者のアニメで聞くような壮大なSEじゃない。

 生々しい、骨を強打する、動物を殺すときの音。


 釘バットを持つ手に伝わる初めての感覚に表情が歪むが、この際そんなことはどうでもいい。








 俺は不出来だ、頭も悪い。


 ーーーーゴブリンは通常三匹から五匹の群れで行動する。


 一度イレギュラーに遭遇したからと言って、そんな適性試験対策で最初に勉強することすら頭から抜け落ちていたほどに。






 グ、グガ……?


 俺が考慮していなかったイレギュラーであるゴブリンと目が合った、しかしその瞳は震えていてモンスターが人間に向ける眼差しとは思えない。

 ん?なんだこいつ?俺にビビってる?

 ならもしかしてこのままなんとかなる?もしかして俺が一度ゴブリンを撃退したデンジャラスでクールなメンだとゴブ界隈に知れ渡ってる?


 グガァ!!


 全然そんなことなかった気のせいだ。

 そいつの表情は俺を確認した途端に喜色満面に変色した、汚い茶色に変色した長い舌で舌なめずりなんかしている。


 俺の渾身の面を受けて沈んでいるこいつと、ふとした瞬間視線がぶつかり俺としあわせのときめきを分かち合ってる最中のそいつ。


 接敵したゴブリンの数は二匹のようだ。


 今思えば最初に見つけた時だっておかしかった、冷静に考えればゴブリンの声が聞こえたのは仲間とコミュニケーションを取っていたからだと分かるはず。

 どうやら自分が思っている以上に緊張して頭が回っていなかったようだ。






 ……グガァアアアアア!!!!!!!!





 一階層全体を揺るがすほどの怒号を飛ばすゴブリン。



「おいおいマジかよ……」


 ……しかし問題は、その発声源だった。


 俺が目を合わせていたゴブリンは変わらず汚い面を汚い舌でベロベロと舐めている。


 だとしたら分かる。

 分かりたくなくても分かる。


 振り下ろした釘バットに万力のような力が加わる。


 バギッ!


「あれでくたばんねえのかよ……」


 元々はバットだったはずの木片がそこらに散らばった。


 グギャアアアアアアァァ!!


 無残な姿になったバットだったはずのモノをかなぐり捨てて憤怒の表情を見せる緑色の悪魔。


「……あー、あ、あはは、はぁ……」


 冷や汗を拭いながら絶望の権化という現実を直視するも、空笑いが漏れ出す。

 ここに来てから随分と表情の豊かな膝小僧も絶句している。


 バカ面の死神が二匹、俺の前で嘲笑を浮かべた。

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