再びのダンジョン
修正したときにどこかで通達しようと思ったのですが、あまりにも修正が多すぎてキリがないので本編の内容にかかわる重大な修正の時のみ活動報告や前書きなどを使って修正の告知をさせていただきます。
ご容赦いただければ幸いです。
次話更新12月31日23時
「ご馳走様でした!
ちゃんと昼に飯食えてなかったから腹減ってしょうがなかったんだよなー!
普段より数倍美味く感じたぞ!」
六限の終わりを告げるチャイムが鳴ってから幾ばくかの時間が流れた。
学校での一日を終えた生徒たちは部活に向かったり帰路に着いたりと動き出しざわつきだす頃、俺は自分のクラスで昼休み中に食べ切ることの出来なかった弁当を頬張っている。
「ホント美味そうに食べてくれるから作った方も甲斐があるってもんだ」
目の前には俺の前の席の椅子を陣取り、背もたれに腕を掛けて俺を見る玖倫の姿。
何が面白いのか俺の食事シーンを動物園にいる動物によるそれを見るような目で眺めている。
因みにさっきまで居た田中君は、今の姿と比較したら同一人物とは思えない玖倫の眼力によって威圧されてどこかへ消えてしまった。
すまん田中、玖倫を止めるのは無理だ。
こういう時に水を差そうもんなら俺の昼食がほぼ米の三段日の丸弁当に差し替えられてしまう。
俺は胃袋を握られているのだ。
辞世の句は、『そ、そういえば俺今日親が危篤の予定だったんだよね!』だった。
絶対に忘れないからな、田中。
俺が将来探索者で大成功を収めた後その経験を元に執筆予定の『★龍宮道山★の探☆彡索☆彡者 列◎伝❢」の第一章は丸々このことについて語ることを約束しよう。
「……そーいえば龍宮、今日バイトないっしょ?
放課後久しぶりにどっか行こうよ、愛海も一緒に」
玖倫が俺の顔を覗き込んだことによって耳にかかっていた絹のような茶金の髪が数本ぱらぱらと肩から流れる。
それと同時にふわりと鼻をくすぐる脳を溶かすような甘い香り。
くだらないことを考えていた俺は一気に現実へと引き戻される。
今日……か。
頭に浮かぶのは鬼巻の言葉、曰く二週間以内に制服を買ってこいとか言ってたような気がする。
正直遊びに行けるような懐の余裕はない。
「あー、ごめんけどブレザー買うまでは厳しいかもしれない
制服代嵩むだろうから買えなくなったらまた指導室送りにされちまう」
今までだったら誘惑に負けていたかもしれないが、俺はもう輝く将来への歩を進めているのだ。
これからは真面目に生きると心に誓っている。
「えー!マジかー……
別にアタシが出してやってもいいんだけど、モデルやってるから結構稼いでるし」
「気持ちは有難いけど俺のちっぽけな漢を立ててやってくれ
……もう既に立つ瀬につま先立ちしてるんだ俺は」
玖倫は読者モデルとかいう奴をやっていて、本人によると中々の人気を誇っているらしい。
俺は雑誌は探索者系のものしか買わないのであまりよくわからなかったが、先日購入した探索者マガジン五月号では、なんと玖倫が女性探索者の装備テンプレートなるコーナーにてその抜群のプロポーションを披露していたものだから度肝を抜かれた。
初めて見た時は自分のことじゃないのに少し恥ずかしくなったものだが、今じゃ開き癖がついてしまっているのは龍宮道山七大シークレットの一つに数えられている。
「つか千弦原は?今日は一緒じゃねえの?」
「愛海?あいつ六限終わってすぐ指導室送りにされてたよ、あの様子だとインナーカラーは確実におじゃんだね
鬼巻、どっかの誰かさんが素直に言うこと聞かないもんだから今日マジ機嫌悪かったんだからね」
ふむ、そのどっかの誰かさんとやらは随分と傍迷惑なことをしてくれたもんだ。
「……分かってるだろうけど一応言っとくとアンタのことだかんね」
「あー今日も玖倫の弁当は旨かったなぁ!」
「すぐ調子いいことばっか言うなし!……褒められて悪い気はしないけどね」
そう言って飄々とした態度で自慢げに微笑む玖倫。
こりゃモデルなんかやったら否が応でも人気出るよなぁ……街歩いてるだけで人気出てもおかしくない。
「もー響子ーなんで置いてくのー」
「わっ!えっなに!?」
傷付きましたと言わんばかりの声色で冗談交じりそう言いながら玖倫を抱き締めたのは、いつの間にか教室に入ってきていた千弦原だった。
昼時には昏い輝きを放っていた青のインナーカラーは完全に黒染めの餌食になったらしい。
にしても……
「ちょ!そろそろ離れてってば!」
「はぁ……落ち着く」
「もー!」
目の前で肉付きのいい肢体が躍動的に交わる光景を見せられ、俺は反射的に目を逸らしてしまう。
正直あまりにも目に毒なので俺の前でイチャコラ始めるのはやめてほしい。
黒染めされた鬱憤を晴らしているとでも言うのか、いつもより引っ付いている時間が長い。俺的にはそれはそれで似合ってると思うけど、言っても気色悪がられるだけなので言わない、どうざんまなんだ。
二人のじゃれ合いが一呼吸着いた頃、今まで空気と同化していた俺は満を持して口を開く。
「つーか千弦原……お前いつからいたの?」
「うーん……龍宮が響子の髪の毛嗅いで気持ち悪い顔してた時から?」
「そんなに前から!?」
全然気付かなかったぞ……もしかして千弦原って超能力者か?
「何バカなこと考えてんの?
そんなわけないじゃん、昔から影薄いとはよく言われるけど……」
「な、なんで考えることがバレたんだ!?やっぱり超能力者だったのか!?」
「いやそんなわけないでしょ、龍宮って分かり易いんだよ
響子もそう思うよね?」
まあそんな間抜けなこと考えてるとは思わなかったけどさ、と付け加えて玖倫に話題を振る千弦原。
しかし、玖倫はサラサラのセミロングヘアを指でくるくると弄りながらぶつぶつと何か呟くばかりで何の返答もしない。
髪だとか体育の授業だとか汗だとか、所々のワードは聞き取れるのだが何を言ってるかまでは聞き取れないな。
「……響子?」
「へ!?何!?臭う!?」
「いや……龍宮って分かり易いよねって」
「あ、ああ!マジそーだよね、思考も言動も未来も臭いも手に取るように分かるし!」
「いやそこまで分かられたら困る……
つか臭いってなに?俺もしかして臭うの?」
自分の腕を嗅いでも、いつもと同じような龍宮道山フレーバーしかしない。
「く、臭い!?今アタシの髪の話してる!?」
「い、いやしてねーよいきなりどうしたってんだ……」
栗色の瞳を動揺に揺らしながら声を上げる玖倫、さっきからなんだって言うん……いたっ!
突然脇腹に痛みが走ったのでそのの発生源を見ると、いつ移動したのか俺の隣に瞬間移動した千弦原が玖倫に見えないような角度で俺の脇腹の皮を抓っていた。
しかもご丁寧に椅子まで用意して脚なんか組みながらスマホを弄っている、玖倫側から見たらこいつが現在進行形で俺の脇腹を抓っているとは夢にも思わないだろう。
そんな考えを抱きながらも彼女の方を見ると目が合った、その気だるげな勝色の瞳から圧が感じられる。
「じゃー龍宮は響子の髪嗅いでどんな感じだったの?」
「はぁ?なんでそんなこと聞くん……いててて!」
脇腹を抓る千弦原の指が、便所の内鍵のつまみを回すように角度を増す。
「い、いや!こんなの玖倫だって言われても困るだけだろ!」
……何も起きず。
良かった、これはセーフのようだ。
「……まあ別に言いたくないならいいけどさ」
不安そうな表情を残して目を伏せる玖倫、急激に増す脇腹部分の痛み。
「いてててててて!!便所の鍵だったら閉まってる!便所の鍵だったら閉まり切ってる角度だそれは!!」
「べ、便所……?」
俺の悲痛の叫びを受けて困惑七割喪心三割と言った表情の玖倫、千弦原が俺の脇腹を抓る角度は便所の鍵だったらぶっ壊れてるレベルにまで到達しててててててててて!
不味いこれ以上は肉が千切れる!
「脳髄溶かされるぐらいいい匂いでした!」
「……ふーん」
玖倫が口元を隠しながらそう漏らした瞬間、俺の脇腹は解放された。
どうやらこれが正解らしい、よかった。
確認するように千弦原の目を見ると、彼女も満足そうにしている。
そうして脇腹の無事に安堵しているとき、玖倫の胸元から今流行りのドラマのオープニングテーマが流れてきた、着信音だ。
因みにバイブレーションもつけているらしく、揺れている。
……何がとは言わないけど。
「あ、ごめんアタシだこれ
……げっ!」
玖倫はブレザーの胸ポケットから携帯を取り出すと、露骨に嫌そうな声を隠さず眉間にしわを寄せる。
俺が鬼巻に呼び出し食らったときと同じ顔だ。
「ごめんアタシもう行かないと
めんどくさい用事入ったっぽい、だる……」
「えー龍宮用事だから久しぶりに二人きりでデート出来るかなって思ったのにー」
テキパキと身支度を整える玖倫に苦言を呈する千弦原。
「ごめんってば、また今度デートしよ!
じゃあね愛海」
また俺は完全に蚊帳の外である。
これなら踊ってたってバレないんじゃないだろうか。
「龍宮も、またな!」
「あ、ああ!また」
悲しみを噛みしめながら探索戦隊サガスンジャーのイントロの踊り出しを始めようとしていた時、元気よくそう言い放った玖倫。
俺がどもりながらも返答すると、彼女は満足げに目を細め、髪を翻し教室からスキップで出て行った。
彼女が去った時にはもう教室に他の生徒の姿はなく、俺と千弦原の二人のみが残されることとなる。
差し込む西日に照らされる教室、グラウンドから絶え間なく聞こえる部活に勤しむ生徒たちの声。
そんな状況で美少女と二人きり、男の方が坊主頭のスケベバカでなければどれだけ絵になったことだろう。
「……なぁ、俺さっきそんなに気持ち悪い顔だった?」
千弦原は逡巡した後、眉をへの字に曲げて失笑気味に答える。
「うん、かなり」
「ああ、そう……」
……
俺がショックを受けて気を失い掛けてから数分は経った筈だが、辺りはまだ静寂が立ち込めていた。
千弦原も玖倫も人見知りではないものの、あまり好き好んで人と関りを持とうとするタイプではない。
玖倫の場合俺と千弦原に向けて心の門戸が開かれているが、千弦原の方はまだ心の距離を感じることも少なくないのだ。
現に現在彼女は亜音速ぐらいの速度でスマホを叩いている。
どうなってるんだあれは……
「つかさ龍宮、今日なんかあったの?」
今度はこっちに目もくれず、親指での亜音速フリックをやめずに言う千弦原。
同時に足を組み始めたことで平均を遥かに超える大きさの太ももが自在に形を変える。
ああもう目に入ってしまうと調子が狂う。
「いや、別に……」
「……はぁ、んーにゃ
ないならいいけど」
呟くように零す千弦原は、未だスマホから目を離さぬままだ。
なーんだその意味深なセリフは?
一瞬脳裏に浮かんだのは昨日の体験のことだが、常識的に考えて勘付かれる要素がない。
これで既に何か勘付いているとしたら、千弦原は本当に超能力者だ。
……いや待てよ、勘付くまでとはいかずとも人生の正念場を一つ乗り越えたと言える俺に男としての魅力が増したとしたらどうだろうか?
前世がスーパーコンピューターであるかもしれないこの俺龍宮道山は今までの彼女の思考プロセスや言動行動をシュミレートし、数秒にも満たない間に答えを出す。
十二分にあり得る!!
「なんか俺いつもと違ったのか?男として一回りの成長を感じられたとかなのか?
俺ちょっとカッコよくなったか?見る目が変わったとか?
いやー困っちまうよなぁ!イイ男はツレーぜ!」
髪を掻き分けて己をアピールするように言う俺、髪ないけど。
「んな訳ないでしょ、それに……」
「なっ!?」
言葉を区切った千弦原は自らの豊満な太ももをつんつんと人指し指でつつき、ほんの一瞬だけこちらに目を向ける。
太ももを強調するその動きに不可抗力にも視線を奪われてしまう俺に、彼女は形のいいセクシーな唇を動かして言う。
「オトコとしてどこが変わったって言うの?
見てるとこ、昨日までと一緒じゃん」
……簡単にあしらわれた。
「ふはっ、何その顔
じゃあね龍宮、響子も行っちゃったし私ももう帰る」
「あ、ああ、じゃあな」
からかうように笑った彼女が一瞬妖艶な小悪魔のように見えて、俺は一瞬身動ぎしてしまう。
「あと千弦原」
「んー?」
千弦原はもう教室を出るところで、視線はまだスマホから離さずに生返事だけが返ってくる。
「インナーなしの純粋な黒髪も似合ってるじゃん」
「……はー」
「おいなんだよ急に無言で寄ってくんなよ、何か気に障ったのか?っていたっ!」
俺がそう言うと、彼女はずんずんと近寄ってきた挙句にはあろうことが俺の脇腹を抓りやがった。
しかもさっきと同じところ。
「ばーか、黒染めしたとことそうじゃないとこじゃ質感が全然違うっしょ」
不服そうに口を尖らせる千弦原。
確かにこうやって近くで見ると、結構違う。
艶とかサラサラ具合とか、あと、いろいろ。
「あ、ああ、よく見たらそうかもな」
「ったく……そんな適当な褒め方で満足するの響子ぐらいだかんね?」
「そ、そーか……
でもいいと思ったんだけどなぁ」
「はぁ……まあでも」
自分のセンスのなさに辟易していると、千弦原は髪を手で無造作にまとめて作った房で顔を隠すようにしながら呟く。
「……ありがと」
それだけ、じゃね!、と吐き捨てたように言い加え、彼女は足早に教室を後にする。
「とりあえず帰るか……」
そうして家に帰ろうとしていた筈の俺だが、チャリを停めたのは自宅の駐車場ではなかった。
一度自宅に帰ったのだが、アパートに入っていた留守電を聞き俺はまた今日もここに戻らざるを得なくなったのだ。
なんてことはない実家からの連絡だ。
長ったらしい社交辞令の中には、調味料として皮肉に次ぐ皮肉がふんだんに盛り込んである。
重要なことは大体最後に言うもんだから本当にめんどくさい。
内容を要約すると、『帰ってこい』みたいなもんだろう。
キチンと生活出来てるか聞かれただけだが、あの肥えた豚狸どもがそんな純粋な心配で俺に連絡するわけがない、ずっと前に亡くなった俺の親、龍宮家当主の嫡男の肩書を利用して何かしようとしているに違いない。
というか一度そんな文言でアパートに使いを寄越され、警察の家宅捜索ばりに部屋を漁られたことがある。
幸い当時は健康的で文化的な最低限度の生活とやらを送れていたことからお咎めはなかったが、今来られたら完全に終わる。
我仙高校はお嬢様学校、制服だけで七万はする。
現在の貯金は八万、今月の家賃電気水道ガス代を引いて五万、給料を前借しても当分はもやし生活。
そんなところを見られたら、ほれ見たことかと鬼の首を取ったような腹の立つ顔で強引に連れ戻されるだろう。
そんなことせず強引に連れ戻せばいいと思ってしまうが、奴らは曰く名家の体裁があるのだそう。
本家の当主嫡男の意を無為にしたことが公になれば、他分家や他の名家からの誹りは免れないとか。
最も、誰も俺のことなんて考えてねえだろうしどいつもこいつも腹の内は真っ黒ケッケだろうがな。
ま、なんにせよ俺はあいつらのチンケなプライドによって生かされているのは事実だけどな。
「はぁ……」
木々の間をすり抜けて頬を撫でる風は春の暖かみを帯びているが、俺の心は冷え込んでいる。
ダンジョンに行くのが憂鬱と言うよりもあいつらからの留守電が入っていたことが憂鬱だ。
死の危険すら凌ぐ嫌悪感なんて存在するのか、なるほどどうしてこれが「くっ、殺せ!」という奴か。
俺は昨日の体験を思い返す。
もし一歩間違えば命はなかった、行くべきではない。
死ぬかもしれないんだ、というか次はないだろう、確実に死ぬ。
理性が全力で警鐘を鳴らしている。
ただ……
もしあんなところに連れ戻されて親族一同の言いなりになることを強要されなんかしたりしたら……身震いが止まらない。
控え目に言って死んだ方がマシだ、それだけでもこの博打を打つ価値がある。
「……着いちまった」
今日は金曜日、土日は休み。
……
……覚悟決めろ俺。
土嚢にぽっかりと出来た空洞は艶かしい漆黒を写し、それが俺には嫌に魅惑的に感じられた。