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初戦闘と脱出

次話更新

21年12月24日20時ぐらい

 足に全身全霊の力を籠める、飛ぶ。


 肉薄する、殴る、殴る、殴る。


 グ、グルァアアアアアア!!


 迫るカギ爪、躱す、頬から血が噴き出る血、殴る。

 目を狙う、鳩尾を狙う、喉を狙う。


 硬い皮膚、痛む拳、殴る、殴る。

 フック、アッパー、正拳突き、掌底、前蹴り、ストレート、カーフ、肘打ち、ロー。


 グ、グガァ!!


 腹への衝撃、吐血、吹き飛ぶ、立つ、駆ける、腕を取られる、捻る、腕を取る、飛び付く、逆十字、倒し込む。


 背に乗る、首を絞める、絞める、絞める、絞める、絞める。


 ギィ……!?ガァ!


 解かれる、殴られる、躱す、掠る、殴り返す、躱される、掠る。


 殴る、躱される、殴る、躱される、殴る、躱される、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る……


 グゥ……グガァ!!



 バサッという何かのはためくような音、視界の暗転……確保される視界、紺色の布を持つ緑色の腕、徐々に遠ざかる緑色の背中……














「……は!」


 目を覚ますと、赤茶けた天井が視界を支配した。


「はぁ……はぁ……

 ……俺あれから……

 っ!思い出した!俺あれからゴブリンに殴り掛かって戦闘になって……

 き、ぜつさせられて……はっ!?」


 そこまで思い至ったところで周囲を見渡す。

 まだアイツが近くにいるかもしれない……


 息を潜めて目を見やるが、どうやらそんなことはないらしい。

 辺りは静寂が支配していた。


 それどころか、壮絶な戦闘の痕跡さえも跡形もなく消えている。

 まるで戦闘自体がなかったかのように。


「夢だったのかもな、ハハ」


 そうだったら、ちょっと残念だな。

 正直男の子としてはあんな体験一生自慢できるし。

 まあなんにせよ早くここから出なければ、気絶してからどれくらいの時間が経ったのかも分からないし。


 そう思ったのは束の間……


「……いってええええええええええええええ!!!」


 落ち着いた瞬間に襲ったのは体中様々な箇所を襲う強烈な激痛だった。

 特に頬、拳、腹部から出される痛覚シグナルは今までに体感したことがないほどのもの。


「って冷静になってる暇ねえほどいってええええええええええええ!!!!」


 何が夢だ、どこが夢だ、どう考えても現実じゃねえか。

 それはこの洒落にならない程の激痛が証明してくれてる。

 大体戦闘の痕跡がなくなるのは当然だ、ダンジョンには異物や死体を浄化する自浄作用があるのだから。

 ゴブリンと俺の熾烈な戦闘の形跡はそれによって消えたのだろう、俺のひりだした野糞をお供に。


 にしても……




「いぃやったああああああああ!!!!嬉しいいいいいい!!!!!」


 痛みと同時に取り戻したのは、己がゴブリンと戦って生き残ったという実感だった。

 俺は溢れ出る達成感を味わいながら拳を上に突き上げ、勝利のポーズ的ななにかを取りながら叫ぶ。


「つーか気絶する前緑色の背中が見えた気がするんだけどあれってもしかして俺に恐れをなして逃げ出したゴブリンの背中じゃねえか!?

 だとしたら俺ってゴブリンと真正面からぶん殴り合って勝ったってことかよ!最高じゃねえか!!

 やっぱり俺は探索者の才能があるってことか!!まあ知ってたけどな!

 まあ俺ほどのモンともなるとやっぱりそうなってくるよなぁ!まあ知ってたけどな!

 探索者協会のよくわからん審査基準なんて出鱈目じゃねえか!まあ知ってたけどな!」


 堰を切った感情は留まるところを知らない、今の俺にはもう痛みすらあってないようなもの、独り言とは思えないほどの大声でキャパシティを越えた興奮を発散する。


「はぁ……にしてもこんなとこにこんな状態でいつまでも居るわけにはいかねえな、取り合えず出るか」


 耳元に手を持っていき金色のピアスに触れる、何故かこうするといつも落ち着きを取り戻せるからだ。


「……ふー、はー」


 そうして深呼吸を一息挟み、俺は清々しい気持ちとは裏腹に残ったダメージで重くなった足を引きずってダンジョンを出た。









 ダンジョンから出ると、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 入った時の正確な時間は覚えていないものの、恐らく二時間強はダンジョンに滞在していたんじゃないだろうか。


 後ろを振り返ると、先ほどまで俺の居たダンジョン内部を形作っていたものと同じ材質の土が小高い山を成していた。

 中央にぽっかり空いた空洞は日が落ち切っていないにも関わらず暗黒に染まっており、正常な判断力を持つ人間ならあんなところに入ろうとは思わないだろう異質さを放っている。


「終わった、のか……」


 いつもと変わらない日常、今日一日は色々なことがありすぎた。

 こんなに夕日が輝いて見えたのはいつぶりだろうか?


「……ああ!忘れてた!今日バイトじゃねえか!

 最悪だ……」


 現在俺は家賃二万円のおんぼろアパートで独り暮らし。

 保証人にはなってくれたが、半ば家出のような形で独り暮らしを始めた俺へ実家からの仕送りはない。

 いくら格安のアパートとはいえ、自分で稼がなければ食っていくことが出来ない。


 しかし……流石にサボろうかな。

 正直まだ体痛いし、こんな状態でバイトなんかしたくない。

 どうしようかな……


 決めた!


 休もう、サボりじゃないだろうこんなのは。

 自動車に撥ねられたって言っても通じる怪我だぞ、今すぐ電話して休みを伝えよう。


「……あれ?」


 おかしい、スマホがない。

 ブレザーのポケットにスマホは入れてたはずだから……スマホだけじゃなくてブレザーもない!

 俺ブレザーどこに忘れてきたんだ……

 というかスマホがないと遅刻の連絡が出来ないじゃないか!


 冷や汗をだらだらと垂らしながら俺は思考を巡らせる。

 帰り道に自転車転がしてた頃は……着てた。

 神社で参拝してた時は……着てた。

 ダンジョンの中に入った直後は……着てた。

 気絶から目覚めた時は……着て……ない?


 それに気付いた瞬間俺の全身を悪寒が走る。


 まさか……


 気絶する直前に見た紺色の布切れって……


「あのゴブリン野郎俺のおニューのブレザー持ってどっか行きやがった!!」


 そう考えれば不自然な視界の暗転にも説明がつく、ゴブリンは俺の脱ぎ捨てたブレザーを目くらまし代わりに使ったのだろう。

 ……奇しくもその作戦は冷静だった時に俺が立てていた作戦と同じな訳で……

 そうなってくるとゴブリンより俺の方が知能が低いみたいなことになってくる訳で……


「……うがぁあああああああああああ!!

 ムカつくぅううううううう!!」


 いつの間にか紫色になっていた空に、俺の叫び声が木霊した。

「店長すんません、今日休ませてほしいんですけど……」

「いや君来てるじゃないか、それにあと三十分で出勤時間だし」

「いやー……でも俺今日車に轢かれたぐらいの怪我を負ったっていうかなんていうか、それでスマホも無くなっちゃったっていうか……」

「え!?車に引かれたの!?」

「い、いや厳密には轢かれてないんですけど」

「じゃあなんでそんな怪我したの?」

「そ、その……でも痛いのは確かなんで今日は帰ります!!」

「……はーあ、そーかそーか

期待の新人である龍宮くんが休むってなると今日の仕事は厳しくなりそうだなぁ!」

「き、きたいのしんじん!?」

「そうそう、仕事のデキる男って言うのはありがたいけどねー、仕事のデキる男って言うのはいないと困るから罪だねー」

「デキる漢!?」

「まぁ今日は仕方ないけど、そうなってくるとウチのコンビニのデキる男ランキング一位の座から陥落かなぁ……」

「な、なんだってー!店長!俺やっぱ頑張ります!!

うおおおおおおおおお!レジ手伝いまーす!」

「龍宮君!!」



「はい!お茶を一点ですね!こちら電子レンジで温めますか!?」

「龍宮君!?」

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