変わった世界、あの時に馳せる想ひ、そして漂う糞のにほひ
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21年12月23日21時くらい
「は?」
現状を脳が理解することを拒み、そんな一言が口から零れ落ちたがそれもそのはずだった。
眼前に広がるのは土嚢の山と同じ色をした赤茶色の道だった。
そう、道。その幅は広く、四車線の道路が敷けてしまいそうなほど、でもって更に伸びた先に見える多差路はこの空間が生半可な広さではないことを示している。
後ろを振り向いてみれば、ここに来る前に通ったのと同じ人一人分の穴がある。壁に沿って並ぶたいまつには青白い光が灯されており、より一層現実感を薄れさせる。
突然のことに麻痺した思考でも一応は現状を理解することはできたが、理解できない。
何を言ってるかわからねえと思うが、ってやつだ。
この土山の大きさは小さな便所を包む程度だったはずだ。
なのに中に入ってみたらこの通り、まるで俺という前途ある若人の未来のような先の見えない行く末。
「まあそんな小粋な冗句は置いておくとして、これは……ダンジョンか」
出来はよろしくないですよと自ら主張しているような汗の滲んだアホ面坊主頭に唯一浮かぶ可能性。
ダンジョン。
それは十五年前国連と名を連ねる全ての国家から同時発表された未確認生命体の巣窟、存在は何十年も前からまことしやかに囁かれてはいたものの都市伝説の範疇をすぎなかったそれが正式に信憑性のある機関から存在を肯定されたとあって、当時は連日どのチャンネルを見てもダンジョン尽くしだった記憶がある。
ダンジョンは日本には全部で百五十か所ほど存在し、ダンジョンによって出てくる未確認生命体、通称モンスターの出現内容は違う。
その隔たりは国を跨ぐと更に顕著になることから、その地域の逸話や伝承などによってそれをモチーフとしたモンスターが出現されるものと思われる。
ダンジョンには通常階層が存在し、基本的には地上と繋がる一階層から下に行けば行くほどに出てくるモンスターは強力になっていく。
ここまで聞けばとんでもない火薬庫が世界中至る所に現れたようにも感じるが、悪いことばかりでもなかった。
ダンジョン内には、魔道具と呼ばれるトンデモ機器、そういった風なモノが多々存在している。
モンスターを倒すことによって手に入る、ドロップアイテムと呼ばれるそれにもたらされた恩恵はかなりのものだ。
そんな夢と希望が詰まったダンジョンの全容が発表された当初は、誰もがその非現実な夢と希望に満ちた存在に想いを馳せたものだ。
でもまあそんなに現実は甘くない。
ダンジョン内のモンスターは強力だ、銃などを使ったならばある程度の階層までは通用するが、深い階層に潜ればそんなものは通用しない。
ある国がダンジョンに戦略兵器を持ち込み実験したらしいが、それでも階層が深くなっていくにつれダメージを全く与えられなくなっていったという。
人知を超えた存在、それがダンジョンへの共通認識であった。
しかし、そんなことでダンジョン内で手に入る未知の資源やトンデモ魔道具を諦める人類ではない。
人知を超えた存在には人知を超えた存在で対抗する。
そうして出来た職業が、モンスターを使役して戦う召喚士の存在だ。
銃を扱う事の出来ない日本の一般人にとって、モンスターに対抗する手段はモンスター以外ない。
まあ銃を使えたところでモンスター相手となると一階層でも常に死の危険が付きまとうので関係はないが……
まあつまるところ探索者になれるかどうかは召喚士になれるかどうかだけで決まってしまうと言っても過言ではないのだ、勿論人知を超えた力を使役するのだから人格的に問題を抱えていないことも必要にはなってくるだろうけど。
そしてその探索者としての素質の有無を知るには適性試験を突破することが必要になる、合格者は少ないだろう、だろうと言うのは試験合格率が公表されていないから正確な数字がわからないのだ。
加えて言うなら適性試験が受けられるのはたった一度きり、試験費用は三十万円近くする。
試験の内容は誰も知らない、覚えていられないのだ。
試験前には契約魔法を持つモンスターによって、試験時の記憶を忘れる、という文言が示された契約書に署名をさせられる。
契約書にはその他にも色々なことが書かれていて、試験するまでの手続きも複雑で……
当たり前だが、それほどまでに個人が圧倒的な力を持つことを危ぶんでいることが伺える。
え?なんでこんなに詳しいのかって?
それは俺が夢と希望に満ち溢れた少年だったからに決まっているだろう、あの頃の俺の光輝いた瞳はきっとこの世界の何よりも美しかったことは想像に易い。
……物心つく前から探索者に憧れてお年玉とお小遣いを何にも使わずに貯め続け、やっと踏み出した夢への第一歩を不合格と書かれた紙っぺら一枚に絶たれた後の俺の光を喪った瞳のどす黒さもまた、想像に易い。
「ふぅ、綺麗なバナナだ」
快便を貪る音を回想と説明で省いて誤魔化すことに成功した俺はケツを拭く……
「紙がねえ!」
まずいこれは由々しき事態だ。今どきの男子高校生は花粉症でもない限りポケットティッシュなんて持ち歩かないんだぞ!
俺としたことが完璧に失念していた。
便意をなんとかすることに脳のリソースが割かれてしまっていた。
どうする?
俺は天才的な頭脳を働かせて思考を巡らせる。
……そうだ!
「糞が乾くまでこの状態で待機すりゃいいんじゃん!
やっぱり俺って天才だわ!」
彼は二分後下半身丸出しのまま虚無を体現したような瞳で自分がひりだした糞を眺めているところをモンスターに襲われることになるがそれは迄ほんのちょっぴりだけ、具体的には二分だけ先の話。