僕は君が好きだった。
七夕は織姫と彦星が逢う事を許された日。
365日の中で一番胸が騒ぐ日だ、十年経って尚更。
「7月7日覚えやすくていいけど、だいたい雨だよな?織姫と彦星、もぅ何年も会ってねぇんじゃね?」
バイト時代、年下の女の子が嬉しそうに「明日七夕ですよ!」なんて言ってくるから、それがどうした?くらいのテンションで答えたら、メルヘンモード爆裂させて“七夕こそ恋人達の一大イベントであるべきだ”とプレゼンされた事があった。
確かに年間行事を思い返すと、本来クリスマスはキリスト誕生祭だし、バレンタインデーはローマの皇帝クラウディウスが結婚を禁じたのに反抗して殺された聖人バレンチヌスを祭る日だ。正統な恋人達の為の記念日は、織姫と彦星が逢瀬を許された七夕こそふさわしいのかもしれない。
情熱を込めて切々と私を説き伏せたサナちゃんと呼ばれていたその子は《私と彼女》に興味津々だった。
大学進学で上京してきてバイト先で彼氏を見つける、理想のキャンパスライフらしい。彼女とサナちゃんは大学の先輩後輩ではあるが、ゼミやサークルの接点は無く、バイトは入れ替わり、一緒に働いた期間は三週間たらず、にもかかわらず二人の歓送迎会では何故か彼女に抱きついたサナちゃんが号泣している始末。彼女への憧れは余程と見える。
バイトに行くと、サナちゃんに彼女話をせがまれる日々を過ごした。どんな服装だったか、待ち合わせ場所はどこか、どちらが先に来てたか、何処に行ったか、どのタイミングで手を繋ぐのか、何を食べたか、事細かに聞いてくる。
惚気話は嫌いじゃない。初めは照れ臭かったが、サナちゃんは《私と彼女》の話を恋愛映画や少女漫画を楽しむ様に瞳を輝かせて聴いてくれた。デートプランを考えて来た事もある。
★彡
「なあ、お前サナちゃん好きなの?」
「は?なんで?っつ〜か彼女いるし!」
とある飲みの席で、バイト仲間からの突然の質問に理解が追いつかない。
「質問の答えになってね〜の。好きかどうかと、彼女いるかどうかは関係ねぇから。」
「お前等と一緒にすんなよ。俺は一途なんだよ。」
「あっそう。つまんねぇな〜、まぁ泣かすなよ。」
何を言っているのか意味が分からなかった。
弟や妹も居ない、部活も経験なし、私にとってサナちゃんは人生初の後輩だった。どこか危なっかしい雰囲気に目を離せないのは、先輩として当然と思っていた。
★彡
暫く楽しい日々が続いた青春真っ只中、私は、彼女を泣かせてしまった。原因はサナちゃん。
俺は気にもしなかった、彼女との会話の中に相当な頻度で、サナちゃんの名前をあげていた事を。
最初はバイトの後輩の話として聞いてくれていた。歓送迎会の事や、デート中にバッタリ会った事もあり、話に出しやすかった。バイト先ではサナちゃんが逐一《私と彼女》の事を根掘り葉掘り聞いてくるから色々話した。その事も、私は明るい話題として、彼女に何の迷いも無く話していた。
「なんであの子の話ばっかりするの?」
何を言っても言い訳だった。
「あの子の事、好きなんでしょ?」
違うと言い切れなかった。
「別れたいんでしょ?」
そんな事は無かった。
私は彼女を愛してた。ただ、勝手にサナちゃんの事を二人の妹だと、そう理解していると思い込んでた。
君に憧れを抱くサナちゃんに、良いアドバイスをしてあげたい。何度彼女に相談しただろう、いつから苦痛に思わせたろう。《私と彼女》の楽しい時間はサナちゃんを喜ばせる為のモノに、すり替わっていた。
私は最低だ。
それから、サナちゃんと距離を取るようになった。「あれ?お前サナちゃんと何かあった?」思えばこの男はそんな事ばかりに鼻の効く男だった。何も無い、あってはいかんのだ。
バイト先ではサナちゃんと、プライベートでは彼女と、距離感が分からなくなっていってしまった。
「あの、私なんかしちゃいましたか?」
「いや、別になにも。」
「なんか急に冷たいって言うか、遠ざけられてるから……」
「勘違いだよ、サナちゃんもう新人じゃないし、一人で大丈夫だろ?仕事は分担しないと。」
そうだけど、そうじゃない。なるべく遠ざけてた。
そして、仕事中に孤立させて、困らせて、サナちゃんを泣かせた。
その頃から《私と彼女》の会話が減っていった様に思う。バイトの話はタブー、気を付けて喋ろうとすると、会話がぎこちない。
「ごめん、やっぱり別れよ。」
そう言われるまで半年もかからなかった。
★彡
「私達から見えないだけで、きっと会えてますよ。年に一度ですよ!いいなぁ。」
「年に一度でいいのか?」
「そんな訳無いじゃないですか!毎日会いたいですよ。」
「毎日会える彼氏が見つかるといいな。」
メルヘン爆裂で七夕のなんたるかを説き伏せられたあの日、サナちゃんなら直ぐに彼氏が見つかる、毎日会いたいと思うに決まってる、そう思っていた。
今なら分かる。
見上げた夜空は何年かぶりに天の川が観測された。
僕は君が好きだった。