侍女A「魔族怖ぇぇぇっ!」(前)
本当は怖い御伽噺。
または、本当は怖い異種族交流。
五千字超えたため、前後編に分けます。
「この物語、興味深いですわね」
「どこがだ? ありふれた昔話だぞ?」
ギードタリス王子の前に置かれた絵本のタイトルは『アナスターシャ』。文字の書き取り練習の見本として、ディニムーが出してきた物だ。
「このお話、わたくしの国にもあるのですが、内容……というか、視点が異なるのでしょうね。特に結末が完全に別物です」
「そうなんですか? それは私も知りませんでした」
「……魔族と人間という立場の違い、なのかもしれませんわね」
「ほぉ。聞いてみたい。リーズ、話せ」
「かしこまりました。でも殿下、書き取りはきちんと頑張ってくださいませね」
「ぐ……」
リーズの知る『アナスターシャ』は、悲劇系昔話だ。とても有名な物語で神話に近い。
とある山懐の寒村にある日、旅の母子が現れる。母親はひどい病に侵されていて、村に着いた途端、幼い娘を残して死んでしまった。残されたアナスターシャは、村人に引き取られ、美しく優しい娘に成長していく。
しかしある夏、ひどい飢饉が村を襲った。村人達が山の社にお伺いを立てたところ、村の守り神様がお怒りだと言う。守り神様のお怒りを鎮めるには、余所者のアナスターシャを人身御供として差し出さなければならない。
村のためを思ったアナスターシャは自ら、山奥の祠に入った。その後、アナスターシャの姿を見た者はいない。アナスターシャの命をもって神の怒りは静められたのだった。
「おしまい。
……つまり、どんなに情が湧こうと、余所者を受け入れると天罰が下るという排他主義的なお話です。ついでに言えば、人間に伝わる寓話にはこういった、自己犠牲を美談に仕上げる内容が散見されますわね」
「なかなか穿った見解ですね。正鵠を射ている気もしますが」
「……リーズはその話が嫌いなのか? 随分と険しい顔になっているぞ?」
ちょっと引き気味のディニムーと、不思議そうなギードタリス。
確かにちょっと感情的になってしまった……と反省し、リーズは「失礼致しました」とにっこり笑った。
「そうですね。わたくしはどちらかと言うと、殿下がお持ちの『アナスターシャ』の方が好きです」
「す、すす……好き……っ」
「ええ。わたくし、ハッピーエンドのお話が好きですの」
「殿下しっかりしてください。物語の好みの話ですよ」
「……ぐ……ぅ……わかってる!」
魔族に伝わる『アナスターシャ』はこうだった。
魔族の男と人間の娘が恋に落ち、半魔が産まれた。人間の特徴が強い半魔を、人間の娘は人として育てようと決意する。
姿を消した母子を男が見つけた時、母親は死んでいた。男は、我が子だけでも引き取りたいと訴えるが、母似の美しい娘に育った半魔アナスターシャを人間達は隠してしまう。
男は狡賢い人間達をなんとか出し抜き、見頃、我が子を助け出す。そして、父子で仲良く暮らすのだった。
「こちらの物語を読んでも、やはり人間とは業の深い生き物だと思わずにはいられません。けれど、アナスターシャが幸せに生きて行ける物語の方が何倍かもステキだと感じます」
例え嘘臭くても。物語の中くらいは幸せが溢れていて欲しいと思う。
「それにしても、確かに興味深い……。まるで基になる出来事があったかのようです。それとも、どちらかから物語が伝わり、種族に合ったように改変された、とか……?」
ブツブツブツブツ。
「探せば似たような物語はまだ他にもあるのかもしれませんわね」
「確かに!」
ディニムーは次期魔王の教育係を任されるほどの人物だ。知識量も人柄も優秀なのだろう。ただ、なんとなくリーズの目には、優秀な官吏というより、官吏もこなせる学者という風に映る。
なんというか、興味関心に突っ走る部分が見え隠れしているのだ。まだ20代前半程に見えるから、そのせいかもしれないが。
「待たせたです。お茶です。……何を話してたですか?」
「あらアンジュ。言ってくれれば手伝いましたのに」
「そんな! 姫様に危ないことはさせないです!」
「お茶を運ぶくらい、危なくないと思うのですけれど」
「……リーぃズ様ぁ? 私との約束、忘れてませんよねぇ?」
「ひ……っ」
思考の海に浸っているようだったから平気かと思ったのに。おどろおどろしい雰囲気のディニムーに肩を掴まれ、リーズは「あら。おほほほほほ」と笑って誤魔化した。
「ええと……この絵本のお話をしていたのです。アンジュも『アナスターシャ』は知っているでしょう? この国に伝わる物語とライシーンに伝わる物語を比べていたのですよ」
へー! と目を丸くしたアンジュが絵本を覗き込み、悲しそうに顔を曇らせた。
「……アンジュ、読み書きできないです」
でも! と今度はドヤっとばかりに顎を上げる。
「物語はたくさん知ってるです! アンジュのばあちゃん、歌唄いだったですから!」
「歌唄い? ディニムー、知ってるか?」
「いえ」
ゆったりとお茶を飲んでいたギードタリスが首を傾げた。
普段は腕白に走り回っているが、クリクリとした水色の目とふんわり揺れる金色の髪。こうしてゆったり座っていると、ギードタリス自身も、彼のコレクションに十分に値するくらい愛らしい外見をしていると思えた。額に生えた異形の角さえなければ、だが。
ちなみに羽は普段はない。魔術で生やしていたらしい。
「歌唄い、魔王国にはいないですか?」
リーズより少し年下のアンジュの祖母なら、まだそれなりに若いはずだ。きっとウィリエムセンより少し上くらいだろう。
ということは、先代国王の全盛期にアンジュの祖母は活躍していたことになる。ならば腕は間違いない。
リーズの祖父にあたる先代国王は、妻達よりも芸術を愛する変わり者だ。引退して南の離宮に引きこもっているから会ったことはないが、国民にも才を競わせたと聞いている。
「聞いたことがないな。職業なのか?」
「そうです。すっごくウマいです」
「もしかしたら、違う名称なのかもしれませんわね。吟遊詩人や作曲歌手、叙情詩家と呼ぶ国もある、と聞いたことがございます」
「あ、吟遊詩人ならわかります。殿下、ほら以前、ドセル殿が連れて来たことがあるじゃないですか。なんかナヨっとした感じの……」
「あぁ! 節回しだけはなかなか良かったアレか!」
「アンジュのばあちゃんはナヨっとしてないですぅ。でも、声、めっちゃキレイです」
うーん。この王子殿下の前で歌うなんて勇気のある歌唄いもいたものだ。あの魔王陛下の声を聞いて育った王子には、生半可な歌声じゃ通用しないに違いない。
リーズは密かに、アンジュが歌い出す前に止めてあげよう、と決意した。
「アンジュ嬢が知ってるのはどんな物語ですか?」
「たくさんあるです。『海亀御殿』『アプリコッタ』『炭かぶり令嬢』『取り替わり物語』『金魚姫』『ラプン猿』『好色十七人王子』……」
「ちょっと内容の想像がつかない題名が多いですが……『アプリコッタ』は」
学究モードのディニムーが「ふむ」と顎に手をあて、それから一冊の本を本棚から抜き出した。
「コレ、です」
表紙に描かれたオレンジがかったピンクの木の実。アプリコットだ。
「あ、アプリコッタです! 読んで欲しいです!」




