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溺愛し過ぎる悪役魔王に恋する耳年増令嬢  作者: 千魚
深窓の後宮育ち
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国王「今すぐ神殿を建立せよ!」

 それは見事に麗らかな日だった。

 雲一つない青空。花を揺らす初夏の風は、どこまでも爽やかで心地良い。


 けれど、その日。世界中の要人が朝から涙でまぶたを腫らし、口を開けば嗚咽を漏らし、歩く姿はゾンビのごとし……異様な雰囲気に包まれた日でもあった。


「私の太陽……!」


「我が命……っ」


「なぜだ……なぜ……ミアモーレ!!」


 ライシーン王国の王宮は最たるもので、各国から駆けつけた代表達が錯乱したように泣き喚きながら、正殿前に置かれた立派な馬車を囲んでいた。


「リ……リリーローズちゅわぁぁぁんっ!!」


 特にライシーン国王ウィリエムセンの嘆きは深く、一気にとおは老け込んだようにも見える。子煩悩で優しいイケオジ国王の深い悲しみに、集まった女官達も揃って涙をこぼすのだった。


「これ以上悪化する前に出立した方が良いのではないかしら」


 悲壮な声に取り囲まれた馬車の中で、リリーローズは呟いた。


 魔王国に勝つ術はない。例え人間の国家全てで連合を組んだとしても、甚大な被害を被るばかりで、良くて引き分け──。

 それが各国首脳陣が熟考を重ねた末に辿り着いた結論だった。


 では、魔王の息子の言う通り、「一番大切なモノ」を差し出すか……。

 ライシーンの持つ大切なモノ、その中で誰もが認める一番は……。


「わかってる! わかっているが嫌なんだぁぁぁっ!」


「やはり魔王と一騎打ちを……」


「どうせ生きる意味を失うのなら……奇跡に賭けて闘ってもイイのではないか……!?」


「そうだ! 愛は勝つ! きっと勝つ!」


 窓の外から途切れ途切れに聞こえてくる不穏な叫びに、リリーローズは


「早く……早く馬車を出しなさい! 早く引導を渡さないと取り返しのつかないことに……っ」


 焦りまくって、御者席の後ろの小窓を叩いた。


 誰もが認めるライシーン王国の宝「美姫リリーローズ」。

 人類は存亡をかけて彼女を魔王に差し出すと決めた。……が、未だ、諦めきれずにいるのだった。


 周辺各国の総意として彼女を魔王に献上するよう通達してきた2大国の首脳陣も、紆余曲折の末に涙を飲んで同意したライシーン王国の上層部も。この土壇場でリリーローズの出立を惜しみ、突如として開戦論へと傾いている。

 憧れの美姫が誰かのモノになるなんて許せない。しかもそれがどんな扱いをするかもわからぬ魔族とあっては殊更だ。万が一にもリリーローズが粗雑に扱われ、涙を零すような目に遭うのなら…………死力を尽くして戦うもやむなし! 国家滅亡? それで彼女の幸せが保証されるなら安いものだ!! 愛を胸にいざゆかん!!


「わたくし、さすがに『全人類が滅びても自分だけ生き残ればイイ』なんて思えませんからっ。……そもそもこの世に未練などないのですもの。ねぇ、早く出して。お願いよ……っ」


 しかし愛のバーサーカーと化した男共プラス一部女性にリリーローズの悲痛な祈りは届かない。


「んー……。姫様、アンジュは無理だと思うです。今馬車出したらヒトが死ぬです。五十人くらい轢かれるですよ」


「そんなに……!? さっきより馬車を囲む人数が増えているのではなくて!?」


「刻一刻と増えてるです」


 立派な馬車には、人類の至宝リリーローズと彼女の身の回りの品、それから、少年と見紛う快活な少女が一人、乗せられている。

 少女は後宮の下働きの中から本人の強い希望で選ばれたリリーローズの新たな従者だ。


 本来ならば下賤な下働きの娘が直接お仕えすることなど叶わない、高貴なる姫君。その従者になることができるのなら、魔王国ぐらいへっちゃらでついていく。「むしろ姫に近づける魔王国って、天国じゃね? リリーローズ姫メッチャ可愛い。超憧れる」そう豪語する忠誠心を買われての、大抜擢だ。


「困ったわ……なんとか馬車を……!」


 父母や親族、見送りに来たそれぞれとのお別れは既に済んでいた。一週間前からこちら、まるまる時間を費やして別れの挨拶を済ませて来たのに、今朝も早くから集まって……ようやく馬車に乗り込んだのが一時間前。既に昼食の時間も過ぎてしまった。

 このままでは出立時間がさらに押して、最終的にはナシくずされる。そして戦争開始、人類滅亡へと突き進むことになり兼ねない。


「むー……魔王国に行かなきゃ、アンジュがリリーローズ様にお仕えできなくなってしまうですっ! 御者さん! とにかく、魔王国との約束の場所まで頑張るです!!」


 王都郊外の草原が、魔王国に宝を引き渡す場所として指定されている。国境まで向かうと提案したのに、先方がそこを指定して来たのだから、従うまでだ。


 ちなみにリリーローズは知らぬことだが、御者は叔父の1人が務めていた。

 国王となれなかったライシーンの王子達は継承権を失うと同時に一代公爵として独身を貫くか、自国貴族他国貴族の養子に出るか、庶民となって自由に生きるかを自分で選ぶ。基本的に「嫁ぐ」という選択肢しかない王女達からすれば羨ましいことこの上ない。

 御者を務める元第3王子はそんな中にあって珍しく、王命で自国貴族の養子となった者だった。ひたすらに従順で真面目。せめて一矢報いようと御者に立候補した軍務卿の次男を差し置いて選ばれた理由は、まさにその害のない性格故だ。彼は、見事至宝を魔族に引き渡し、その報告を持ち帰ることを義務付けられている。


「あの……そう言われましても、兄上……陛下御自らが馬の前に立たれていまして……」


 前門の君主、後門の義務。

 手綱を握る手に冷や汗を滲ませながら、真面目な彼はプチパニックに陥っていた。王の命令通り進まなきゃいけないと思うのに、王のせいで進めない。


「……父様……」


 最後の最後まで何て残念な!


 リリーローズとしても悩みどころだ。降りて説得するべきだろうが、降りたら連れ戻されて強制隔離、からの開戦……なんてことが起こり得る。

 だが、このまま手をこまねいていてもタイムアップ。開戦だ。


 なんとかしなきゃ……。既に、馬車を爆走させないと間に合わないくらい、押している。

 ……あ、そうだわ!


「御者の方! 父様に伝えて。『邪魔するなら今すぐ死んでやる!』って!!」


「え!? ソレ、アンジュも困るですっ!」


「大丈夫よ、母様の真似だけれど、こう言えばきっと父様は退けてくれるわ。ね、お願い!」


「は……はぁ。伝えるだけでしたら、まぁ……」


 実際、惰性で生きて来たリリーローズは、死なんて遅かれ早かれ来るものだと考えている。痛いのも苦しいのも嫌だけれど、今日死のうが80年後に死のうが、人類史には影響ナイ。……ナイ、よね? 自暴自棄からの後追い戦死が流行して、希代の悪女として名を残す……なんて可能性はさすがに……嫌かも。


「国王陛下をはじめ、皆々様にリリーローズ王女殿下のお言葉をお伝え致します」


 御者が必死に声を張るのが馬車の中まで響いて来た。


「王女殿下におかれましては、戦禍で皆々様及び自国民が傷つくことになるなど耐え難い苦痛であり、皆々様の幸福の礎となることを切に望む、と仰せです。リリーローズ殿下は、このまま自国を戦場と化すくらいであれば、憂いの元を断ち切り皆々様をお守りするため、この場で神に御身を捧げるお覚悟をなさいましたっ!!」


 ええぇ…………? まさかの壮大な伝言ゲームにドン引きぁだ。


「姫様……っ! 感動したです! 万が一の時はアンジュも一緒にイケニエですっ」


「……え? 生贄???」


「あ、ヒトバシラ? です」


「ひ、人柱……?」


「リリーローズ王女殿下は! 御自らの御命を人類存続のための生贄と定められ……っ」


 集中する視線に混乱の度合いを増した御者が、混乱のあまり涙を浮かべ、漏れ聞こえて来る会話を同時通訳で意訳していく。


「人類の未来のため、人柱とならんとご決意のもと……っ!」


「え、ちょっと……変なこと言わないでちょうだい……」


「決して戦争などという愚行に世論が傾くことのなきように……っ!!」


「もう黙って……」


「黙して共に祈って欲しい、と仰せですっ!!」


 く……っ! この御者どんだけ想像力逞しいの……!? アクロバティック伝言ゲーム…………って何ソレ最新の遊びデスカ!?

 こんなの、焚き火に火薬をふりかけるより質が悪い。


「ホント頼むから今すぐここから連れ出して……」


 リリーローズはあまりの居たたまれなさに手で顔を覆い、空を仰いだ。


「さぁ皆々様! 尊き王女殿下とともに祈りましょう!! その愛をリリーローズ姫への信仰へと変え、美しき女神に祈りを!!」


 おい御者。耳良過ぎ。なのに頭沸いてんのか。


「アンジュも姫様と祈るです!」


 天を仰いだまま呆然とするリリーローズの隣で少女が同じように天を仰ぐ。


 恐る恐る……指の隙間から外を覗けば、新興宗教の開祖よろしく振り切れた笑顔を浮かべる御者の横顔。そして、跪いて馬車を拝む、無数の高官貴族達。

 ウィリエムセンに至っては、由緒正しき聖職者のごとき輝きまで放っていた。やつれた面影が殊更、神職に相応しい清貧さを演出している。顔がイイって得だ。


「女神に道を」


 静まり返った王宮に、掠れた御者の声が響いた。その厳かでありつつも感極まったかのような音色に、人々はズザザザッと一糸乱れぬバックステップを見せ、また跪く。


 なんだコレ……。……まぁ、ある意味、結果オーライ……? てか御者、声張りすぎて枯れて来てるし。


 ようやく動き出した馬車の中で、リリーローズは長く親しんだ王宮を眼裏に焼き付けた。

 堂々たる白亜の建物。

 施された繊細な彫刻。

 生まれた時から変わらずにある、自分の家。


 天然で色ボケな両親と、色ボケな兄弟姉妹女官達。顔も名前も覚えきれないモブ求婚者や、純粋に顔面偏差値至上主義の下働き達。

 この先、懐かしいと思う日が来るのだろう。


 万が一、帰れる日が来るのなら……。


 どうか、この謎の女神コントが終わりを迎えていますように!

 まかり間違っても、彫像とか建てられちゃったりしませんように!!


「さぁ民達よ。慈愛深きリリーローズ神に道を開けよ! 女神を讃えよ!!」


 おぉい御者……っ!! ぅあああっ、王都総出の神様ごっこはいくらなんでも羞恥プレイ過ぎるんですけど……っ。これでも深窓の令嬢だから! 不躾な視線とか慣れてないからっ! やめてぇ! 子どものキラキラした目でこっちを見ないでぇぇっ!


「祈るならわたくしじゃなくて神殿の神々に、でしょう……!?」


 ──ヒトはそれをフラグと呼ぶ。



次からは2章に入ります

魔王様と出逢います!

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