魔王の息子が現れた!魔王の息子は魔力を放った!
うふふふ、あははは。そんな声があちこちから聞こえて来る。女官達リクエストの晩餐会は、予定より盛大に開かれていた。
「私と一曲踊らないか、我が愛しのリリーローズ」
差し出された手は完璧な所作。コイツが今日の犯人だ。
「光栄ですわ、父様」
身に染み着いた淑女らしいにっこり笑顔でホールの中央に向かいながら、リリーローズは小声で国王を詰問する。
「どうして国中の貴族が集まっているのでしょう? これだけ派手にやるなら父様が主催者になればよろしいのではなくて?」
これはもはや晩餐会なんかじゃない。本式のパーティーだ。一介の王女が主催するレベルを優に越えている。
「戦場に向かう騎士達を案じた優しい娘が壮行会を開くと言うのだから、手伝うのは親として当然だよ」
間もなく50という年齢を感じさせない若々しい相貌を優しく弛め、ライシーン国王ウィリエムセンは微笑んだ。
たまたま笑顔の流れ弾を食らったご婦人が顔を真っ赤にしているが、リリーローズは知っている。なんだかんだで母にベタ惚れのこの父が、甘いマスクを保つためにこっそり涙ぐましい努力をしていることを。
これで親バカでさえなければ、ねぇ。
「父様……本音は?」
「……私の可愛いリリーローズちゅわんに名指しで招待されるヤツらテラ羨ましい。勘違いするなよザコ共が。特別扱い? それはオマエらじゃなく私のためにある言葉だから」
「…………」
重いよ!!
夫婦喧嘩でもしたのだろうか。いつにも増して愛が重い。
称賛の眼差しを浴びながら優美に一曲踊りきり、リリーローズは母親の姿を探した。このまま父様に付きまとわれたらマジ堪らない。
「母様」
声をかけてくる貴族達の合間を令嬢スキル「ザ・そつない笑顔」でかわして進み、なんとかイリザベータの元に辿り着く。人垣越しでも見失うことのない、ゴージャス赤髪が目印だ。
「母様……? そのお召し物は……?」
いつになく地味なドレスの母の姿に、リリーローズは目を見開いた。
「うふふ、驚くリリーローズちゃんも可愛いわぁ」
「どうしてそのようなドレスを………………ハァ。父様のご機嫌が悪い理由がわかりました」
「だって今日の主役はリリーローズちゃんですもの。わたくしが目立ち過ぎるのは良くないわ。他の妃達も、『娘については制限しない』という条件で提案を呑んでくれたのよ」
見回せば、確かに姉妹や異母姉妹達は普段通りに華美なドレスを纏っているが、母親世代はイリザベータに準じたシックな装いで参加している。これは、自慢の妻を着飾らせるのが大好きなウィリエムセンが不機嫌になってリリーローズに愚痴グチ言うのも当然だろう。
「陛下はああ仰るけれど、そろそろリリーローズちゃんの婚約者候補も本格的に絞らなくてはならないでしょう?」
…………ソレもか。
まさか、寵妃からダブルパンチを喰らっていたとは思わなかった。
「あの……あまり一度に追い詰めては……」
父様、闇堕ちしますよ? それは本気でめんどくさいから絶対止めて。
「大丈夫よぉ、わたくしが付いているもの。ところでリリーローズちゃん? 意中の殿方はどの方かしら?」
「おりません。女官達のご褒美だと母様には裏話までお伝えしたではございませんか」
くすくすと笑う姿は、地味な装いでも隠せない程に艶っぽい。我が母ながら、魔女じゃなかろうかと思えてくる。
「そうねぇ、それでも…………きゃ!?」
バツン!!
突然大きな音が轟いて、王宮の照明が闇に沈んだ。あちこちから悲鳴や戸惑った怒声が上がる。
リリーローズは咄嗟に掴んだ母の手をそのままに、辺りの物音に耳を澄ませた。……あそこだ!
「衛兵! 天窓に照明魔術を!!」
違和感はすぐ見つかった。この場に有り得ない風の音。反射的に大声で指示を出すと、泡を食ったような物音のあと、リリーローズの示した場所が照らされる。
「何奴だ!!」
間をおかず長兄が第一王子らしい響く声で、照らし出された不審な人影を誰何した。さすが王位継承権第一位は伊達じゃない。
「え……」
眩しい天窓を見上げたリリーローズは、目が慣れるにつれて……息をのんだ。
何奴も何も、アレってもしかして……
「魔族……?」
思わず口をついた単語に、イリザベータが悲鳴を上げる。
ザワザワと天窓を仰ぐ貴婦人達が次々に腰をぬかしてへたり込む。
「姫様! そのような恐ろしいことを口になさってはいけません!」
イリザベータ付きの年配女官が気遣わしげに主を見ながら小声でその娘を叱責したが、残念ながらリリーローズの耳には届かなかった。
「魔族……もしや、蜂蜜の……?」
視線が縫い付けられたかのように離せない。
その影は、あろうことか天窓のすぐ下に浮いていた。
背中から生えた大きな漆黒の翼で宙に留まる異形の姿。
「オレ様の大事なペットを傷つけておいてパーティーか。……赦せん! 人間供め、それ相応の罰を受けろ!!」
異形が叫んだ。
同時に、窓という窓のガラスが音を立てて粉々になる。
恐慌をきたした悲鳴と泣き声。衛兵や騎士達ですら叫びをあげるので精一杯だ。
避難を指示しようにも、国内の貴族が大勢集まっていることが裏目に出ていた。女子どもが多くて統率がとれない。
助けを求め……泣き喚き……狼狽し……、貴族達は瞬く間にパニックになる。
贅を凝らしたパーティーは一瞬にして、阿鼻叫喚の様相を呈す地獄絵図へと変わっていた。
「……子ども??」
その渦中にあって、リリーローズは主催者として何ができるか一生懸命考えていた。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせ、闖入者を決死の思いで観察する。気絶なんかしてなるものか。
魔族という衝撃が強過ぎて気付けなかったが、声からしても確定だろう。あれは、子どもだ──。
あの影は、自分の宮を構えたばかりの末の弟とサイズが似ている。声だって、内容はともかく甲高くてあどけない。
「……母様、放して……っ!」
気付いた刹那、駆け出そうと体が動いた。なのに、右手が重くて走れない。視線を落とせば、いつの間にか母親の両手が、数瞬前とは正反対に娘の手首をがっちりと捕まえている。
恐怖に声が出ないのだろう。イリザベータはすがりつくようにして、ただひたすらに首を振る。めり込む指で手首が痛い。
「わ……わわ我らの愛するリリーローズ様のパーティーを邪魔するのは……な、ななな」
「何者か! 名を名乗れ!」
リリーローズが押し問答をしている間に二人の男が魔族を見上げるようにしつつ、人々の前に立ちはだかった。ひょろりとした青年貴族と、がっちりした騎士。
周りの期待の籠もった囁きから、軍務卿の長男と次男らしいと知らされる。この状況下、軍務部の職務遂行のために出てきたのなら、かなりの勇者だ。……ん? あの顔どっかで見たことがあるような……ま、どうでもイイか。勇気を称えて今覚えよう。
二人の勇者の登場に母親の気が逸れた。リリーローズはありがたく、ゆっくり静かに自分の腕を抜きにかかる。
「ほぉ、オレ様の前に立てる勇気は誉めてやろう。だがそれまでだ! 聞いて驚け! 魔王ヴェテルデュースの一人息子にして次期魔王、ギードタリス様とはオレのことだ!!」
「ひぃ……っ」
高らかな宣言と共に、魔族の少年から数条の雷が迸った。閃光と轟音は参加者に絶望を刻むかのごとく響き渡る。
今度こそ駆け出そうとしていたリリーローズは、気付いた時にはイリザベータの胸にきつく抱きしめられてしまっていた。
「母様! ……母様!?」
「……うぅ…………」
非難の声を上げかけ、母が自らの身をもって娘を庇うように覆い被さっていることに気付く。いつもは艶やかなその唇から漏れた呻き声に青ざめる。
「兄さん……っ!!」
世紀末の絵画のように泣き叫ぶ貴婦人達。その中から一際悲痛な叫びが上がった。
雷が直撃したのか、軍務卿の息子の一人が倒れている。
「よくも兄を……っ!!」
震える母の懐から決死の思いで顔を出したリリーローズは、
「ふ、ふんっ!!」
顔を歪めた魔族が天窓から外へと飛び出して行く姿を見た。
「次期魔王に楯突いたのだ、これは報復の始まりだ! 滅びたくなければオレ様のペットを返せ!! それができなければ…………おまえ達の一番大切なモノを寄越すがイイ!!」
「グルァアアアアッ!!」
声だけをその場に残し、小さな魔族が宙に消えた。
それと入れ替わるようにぬぅっと現れた大きな獣の頭が、ガッパリと口を開けて鋭い牙を見せつけるように咆哮する。
ビリビリと空気を震わせ圧倒的な威圧感を撒き散らすそれに、そこここで貴族が失神して折り重なった。騎士達でさえ例外ではない。もちろん、リリーローズとイリザベータも。
魔力の籠もった咆哮だ。耐えきる者は存在しない。
「はーっはっはっはっはっはっ!! オレ様最強!!」
魔を統べる、魔王の息子を除いては。
──この日。
近隣諸国は間諜達からの緊急の知らせを受け、夜遅くまで対応を協議した。
静寂に包まれたのは、ただ一国。
当事者でありながらも揃って意識を手放して、誰も今後を考えられないライシーン王国だけ。
その国だけが、流れる運命の蚊帳の外に置かれた──。




