村人B「遠くの街に魔物が出たって聞いたよ」
ライシーンの王宮は平面に広くできている。建物は基本的に屋根裏部屋付きの1階建てで、中央の正殿だけが、天井の高い吹き抜け構造に作られていた。
正殿の右翼には軍務部が、左翼には内務部が軒を連ね、正殿の裏には何棟にも分かれて壮麗な後宮が広がっている。
王の子は満5歳を迎えると、母親の暮らす宮を出て、新たな自分の宮の主人となる。建国からの歴史ある慣わしだ。
リリーローズの宮は「常緑の宮」と呼ばれ、常に青々と木々が生い茂っていた。後宮一涼しげな宮と呼ばれ、鳥や小動物も多く集まる。
そういえば、宮を賜ってすぐの頃、父王に一度だけ訊いたことがある。「他の宮はそれぞれ違うお花が咲いていて、その名前がついているのに、どうしてここだけ葉っぱなの?」と。二度と訊かない。頼まれたってもう訊くもんか。
あの親バカは
「だってここにはこんなにも大輪の花が咲いているじゃないか。比べられる他の花が可哀想でしょ?」
と真顔でリリーローズを見つめて抱きしめた。親バカ……いや、バカ親か? 口説き文句は妻に言え。
その後しばらく口さがない女官達がいつも以上に鬱陶しかったことを、リリーローズ当時5歳は、今でもはっきりしっかり覚えている。
夕闇迫るその雅な常緑の宮で、今、若い女官7人が歓喜の雄叫びを上げていた。
「軍務卿ご一家で!」
「内務卿ご一家も!」
「商国の外務次官ご一家も可能ですか!?」
「では帝国の大将軍ご一家も!」
「わたしは手堅くグーラン子爵ご一家で!」
「あ、じゃあ、ソフール名誉伯はいかがですか!?」
「いやいや、手堅くって言うならキュルム男爵でも良いんじゃない!?」
「あー、後妻狙いか! それアリだわー」
晩餐をいただきつつ女官達の話を聞いていたリリーローズが、情報の対価の希望を訊いたことがこの騒動のきっかけだった。
一番奉公歴の長い女官が「お金以外でもイイですか?」と訊き返したせいで、彼女達のテンションは爆上がり。大興奮に陥っている。
「戦争が起こるかもしれないという時に商国や帝国の重鎮方が来てくださるかはわかりません。けれど、国内貴族に関しては明日にでも打診してみましょう」
「やったー!!」
「姫様愛してます!!」
「あ、じゃあ帝国の大将軍ご一家じゃなく、バーディーユ辺境伯ご一家でお願いします!」
「あ、それナイス!」
「わかりました。バーディーユ伯にも打診しましょう」
「さすが姫様! わたし、姫様付きになれてホントに良かったです! 勉強地獄に諦めないでホント良かった! ライバル蹴落とせてマジ幸せ!」
リリーローズ主催の晩餐会を開いて、このヒト達を呼んで欲しい。情報料代わりに女官達は全員仲良くそう希望した。
パーティーの主催は令嬢の必須技能の1つだ。あまり好きではないけれど、そのくらいは別に構わない。集まった情報にはそれだけの価値があった。
──カキーベの郊外に見たことのない魔物が現れた──。
──魔物は強く、退治できなかったが、花畑に入る前に追い返した──。
──怪我した魔物が仲間を引き連れてカキーベ郊外に現れた──。
国内の主要都市の大半が他国と接しているライシーン。カキーベは深い森を挟んで魔王国と隣接していた。
魔王国と魔物。無縁ではないだろう。
花畑が無事だと知ってホッとしたのも束の間。リリーローズの抱いたその懸念に対しても、優秀な女官達はある程度の情報を掴んで来ていた。
──魔物の群れを率いる魔族がいるらしい──。
──魔物の群れは二百頭以上と目測される──。
「晩餐会は早めに実行しましょう。でないと、パーティーどころではなくなりそうです」
つまり今カキーベで戦争が起こるとしたら敵方は間違いなく、最強最悪の国、魔王国だ。今はまだその魔族一人との小競り合いで済んでいるけれど、対応を一歩間違えれば魔王国の非情な軍勢が攻めて来る。魔物の数を考えれば、戦争になる前にカキーベは蹂躙されつくすだろう。
求婚者Aの話は拙速に過ぎたが、あながち間違いでもなさそうだった。
「でも姫様、カキーベまでは馬車で三週間はかかりますよ。王都は問題ないと思われませんか?」
「そうですわ。晩餐会は満を持して行いませんと」
「あ、でも辺境伯様を呼び寄せることを考えれば、招待状はナル早じゃないと困りますよね?」
「……あのね、みんな。戦争なんて緊急事態以外の何物でもナイでしょう? 領地持ちの貴族は戦時になればいざという時に備えて自領に戻るし、軍務部の貴族は示威行動のために戦地に駆り出されるわ。パーティーどころじゃなくなるのよ。もちろん父様からの広間使用許可もでないでしょうね」
「え! それは困ります!!」
浮き足立つ女官達を誘導し、リリーローズは晩餐会を四日後と決定した。急だが、その日ならまだ、「カキーベへの出立壮行会」の名目が使えるだろう。女官達の上げた招待候補者達の名前が、軍務関係者や領地持ちの貴族ばかりだったからこそ使える手だ。
食後、入浴まで終えたリリーローズは入れ替わりで夕飯と入浴を済ませる女官達に手伝わせつつ、何通もの書状を書き上げた。晩餐会の招待状はもとより、そのための根回しの手紙が多数。もちろん両親にも事情と許可を求める手紙を書いた。
女性客を招くお茶会ならまだしも、異性も招く晩餐会だ。過保護な両親には必ず話しを通しておかなければ痛い目をみるのはリリーローズの方になる。
ただでさえあのバカ父は
「リリーローズちゅわんは私のお嫁さんにするんだ! だって3歳の時言ったもん! 父様と結婚するって言ったもん!」
と公の場でアホみたいなダダをこねた前科がある。
ちなみにその時実の母は、
「じゃあ、リリーローズちゃんのために正妃のポストを1つ空けなくてはね。ねぇ陛下、グルリア妃を妾に落としませんこと? それで、クルチャ様にはお里に下がっていただきましょう。お子がいないせいで肩身が狭いようですもの。ちょうど良いのではございませんか?」
なんてとんでもない計画を極上の笑顔で口にしていた。この夫婦、ダメだと思う。てか何なら後宮まるごと、不健全だ。
色ボケ……冗談にも程がある。誰が実母と並んで実父の嫁になりたがるか。言えない……言わないけれど、気持ち悪い。これって虐待事案じゃないの? なんて不幸な身の上だろう。
「姫様は手跡も素晴らしいですわね」
「さすが我が国の誉れですわ」
「わたし達も鼻が高いです」
ヨイショなんだか本気なんだかわからない女官達の感想を聞き流し、
「ではわたくしは休みます。あなた方も下がりなさいね。明日は朝から準備であれこれ忙しくなるでしょうけれど、よろしく頼むわ」
ベッドを囲む天蓋に滑り込む。今日はたまたま全員一度に遣いに出せたが、基本的にはこの時間だけが一人で過ごせる静かな時間だ。
宿直の女官一人を詰め所に残し、6人がワキャワキャと女官部屋へと戻って行く。話し声と足音が遠ざかって行くのを聞きながら、リリーローズはようやく肩の力を抜いた。
みんな悪い子ではないのだが、女官の入れ替わりが激し過ぎて愛着が湧く暇もない。貴公子の訪問が多い常緑の宮の女官達は、貴公子の目に留まったり、貴公子の家臣の目に留まったり。結婚退職が非常に多い。
需要と供給がマッチするのはすごいことだと感心するが、そもそもなぜ、みんなそこまで結婚や出産を急ぐのか。
一人でイイから腹心と呼べる相手が欲しい。
後宮にいる限り無理かもしれない。わかってる。女官にとっちゃ主人なんて大物を釣るためのルアーの過ぎない。知ってる。虚しい。恋愛脳よ絶滅しろ。……そしたらこの国上層部全員滅ぶか。
けれど、それがリリーローズの偽りなき本心だった。




