神の推しの推しは神
窓の外から、「がらがらゴロゴロ」と車輪の音が響き始めた。太陽はまだ高い位置にあるが、遠方に住む貴族階級の魔族達が割り当てられた待機部屋へと到着しているらしい。
ついに来ました、夜会当日。
侍女達が魔王国産の薬草やら何やらを惜しみなく使って連日磨き上げた美貌は、リーズ史においても一二を争うレベルで極まっている。透明感の塊のような肌はとろける柔らかさ。輝くキューティクルには深紅の薔薇も裸足で逃げ出す。
我ながら、「これなら魔王様と並んでもその格を落とす心配ナシ!」と断言できる仕上がりだ。
国王にとって王妃とは、一種のアクセサリーであり、ステータス。羨望と惜しみない賞賛を集める道具として、リーズは今日、初陣を飾る。
勝負に勝つ自信はある。……が、油断大敵、慢心はしない。なぜなら、信仰する推しの評判を高めるために努力してこその王妃であり、億が一にも足を引っ張ることなどあってはならないのだから。
「準備はできたか?」
軽いノックのあと、侍女が開けたドアから姿を現したのは我が義息子。
うふふ……嬉し恥ずかし、「我が子」だ。
「まぁ、ギードタリス様。今日は一段と凛々しくていらっしゃいますね」
「まっ、まぁ、な? リー……義母上も、今日は一段と……っ」
モゴモゴモゴモゴ。褒められて恥ずかしがる様子は子どもらしくてとても可愛い。見た目の威力もあるから、たぶんこれをパーティー会場なんかでやられれば、老若男女にキュン死者が出る。
「あ……あまり見るな……っ」
さすが萌え神の御子。めっちゃ萌えぇ!
中身はわりとヤンチャ小僧寄りなのに、柔らかな暖色でドレスアップした甲斐あってか、外見はすっかりラブリー天使だ。真っ黒な角のついた天使というのも不思議だが。
「ギードタリス様、今日はアンジュのエスコートを受けてくださってありがとうございます。何卒よろしくお願い致しますね?」
「む。それがリー……義母上のためになるなら責任を持って引き受ける」
「とても頼りにしておりますわ」
うちの義息子、ドヤ顔もやっぱり可愛い。義息子だと思うと当社比150%増しでカッコカワイイ。
はぁ、和む。
おかげで、これから戦場に赴くための英気がぐぐんと養われた。元々圧勝する気しかない戦だが、推しの推しのためなら無双も辞さない。悪目立ちだってドンと来い、だ。
推しと、推しの推しの名誉のため! 派手に、「さすが王妃に選ばれた女性」感を演出して来るっ!
「あのぅ、姫様……」
うふふふふふふふ、と決意も新たに拳を握っていると、入口から控えめな声がかかった。
「おかえりなさい、アンジュ。あなたもしっかり準備ができたようね。
では参りましょうか。ギードタリス様、アンジュをお任せ致します」
「……あ、あぁ」
普段は幼さの残る愛らしい少女だが、サーモンピンクの衣装でドレスアップした姿はなかなかに淑やかな令嬢に見える。立ち居振る舞いにも目立った問題はないものの……まぁ、咄嗟の言動ばかりは、ギードタリスの機転とフォローに期待するしかないだろう。
しばし呆然としていたギードタリスが差し出した手を、同じくしばし眺め、それからむんずと掴んだアンジュ。何かの決意に満ち満ちているらしきその様子も、リーズ的には100点満点だ。傍目には「背伸びしたいお年頃」の健全なカップルにしか見えない。
しかも、「畏れ多くも王太子殿下にエスコートいただき、喜びと重責の狭間で揺れつつ気丈にお役目をこなす人間の美少女」という風情。間違いなく、人間の価値を高める一端を担ってくれることだろう。ふっふっふ……共に神のために頑張りましょうね!
夜会の主催者とはいえ、今日のリーズは魔王の婚約者。ホストとして客を迎えることはできない。
予定では、招待客が揃った頃を見計らってまずギードタリスとアンジュが入場し、その後から、場の絶対的支配者たる魔王陛下がリーズを連れて降臨する。……想像するだけで萌える。ヤバカッコイイに決まっている。
会場の壁際には立食形式の軽食スペースを設け、ドリンクも各種取り揃えた。接客には王城の侍従侍女があたり、ルエラとクリスタをはじめとする数人の令嬢方が、それとなく客人達を誘導してくれることになっている。
招待客は魔族の中でも高名な貴族ばかり。つまり、その多くは令嬢方の家族や縁者だ。普段の彼女達の動きを見ていれば、自然、警戒すべき家や人物は浮かび上がる。楽団の配置は終了しているが、それらの警備体制も万全だ。
「待たせたか」
王族用の控え室で和気藹々と互いの装いを褒めあっていると、腰に響く美声が轟いた。いや、声量は普通なんだけど。部屋中というか、リーズの細胞一つ一つを伝播していくこの感覚を、「轟いた」と言わず何と言おう。
来臨された神は今日も最高に輝いていた。カッコよすぎて昇天する。眩し過ぎて内臓捻れる!
「ハァ好き何コレ世界よ平伏せ神を崇めよ分かち合いたい……」
「む?」
「コホン。陛下の正装したお姿を拝見するのは久しぶりですので、感動しておりました」
経文のように小さく垂れ流されたアレコレをなかったことにし、リーズは華麗に微笑んでみせた。
推しに無様なところは見せられない。殊に今日は、この美しく雄々しい美神がリーズのために許可してくれた舞踏会なのだ。うん、大切なことなので重ねておこう。美しく麗しく美しい美神。眼福過ぎる!
本日の美神のお召し物は、まず、光沢のある黒のコート。厚手の布地には艶やかな同色の糸で細かな刺繍が所狭しと施されている。腰を絞って後ろにたっぷりと寄せた長めのプリーツが……鼻血出そう。
中に着る長めのベストも同系色だったけれど、こちらは革素材のようだった。ピタリと体のラインに沿っていて……生唾ごっくん。
首元と手首を彩る黒いレースは繊細でいて華やか。暗い銀糸が織り込まれ、ちらりと見える白い喉元に……分け入りたいっ! 黒い手袋をした指先に撫でられたいっ!!
ベストと同素材だろうズボンは鍛えられた長い足を惜しげも無く強調し、シンプルなデザインのロングブーツが強靭さを主張する。控えめに言っても最っっの高っっですっ!!
「そうか。動きにくくて好きではない」
「本日は陛下のお姿を一目拝見しようと、たくさんの方々がお集まりですもの。きっと皆様、わたくしのように感動なさいますわ」
なんと言っても最高で極上で美神なのだし。
しかも何のご褒美か。普段はサラリと流しているプラチナブロンドの長い髪を、今日はゆるく纏めている。あらわになった夜闇よりも漆黒の角と鋭く硬質な紫の瞳が……つまり、あらわになった陰のある超絶整った氷の美貌が……直視できないレベルで神々しい。
いや、見るけど。ガン見するけど。え、だってこれご褒美だよね、間違いなく、わたしへの!! てか、これ、一生見てられるっ!!
「……それならば良いが……」
いつにも増して圧の強い視線に怯んだのか、魔王陛下が戸惑うように紫水晶の瞳を揺らした。全身黒い装いだから、輝く紫がより映える。
リーズは両手を強く組み、歓喜の震えを抑え込む。この後、エスコートしていただくのだ。さすがに震えたままでは尊い御手に触れられない。
「其方もよく似合っている」
「っ!?」
え、幻聴???? 妄想???? もしくは野望????
「ギードタリス」
「はいっ、父上!」
正装はカップルで合わせ、女性は男性の服装に準ずる。そのため、リーズの今日のドレスは黒だ。魔王陛下のコートと同じ布地で、刺繍の糸だけが異なっていた。
リーズのドレスの刺繍は、暗い銀糸。陛下のレースを彩る銀糸だ。レースは陛下の瞳をイメージした紫で作ってもらった。アクセサリーももちろん紫。おかげで、鏡を見る度に映るのは、「推しに染められた自分」! うっとりする。もう、至福。
ちなみに、大きく潤んだ藍の瞳はイイとして、派手な薔薇色の髪がローズ的美感を損なう。推しの色に包まれたい。だから、侍女達に盛大に惜しまれつつ、丁寧かつ慎ましやかに結い上げてもらった。
「姫様の象徴が……」とか嘆く侍女に別の侍女が「だからこそ、特別に解いてみたくなるものよ」なんて意味深な説得をしていたのは……ある意味グッジョブ。ぜひぜひその心意気、魔王陛下に届いて欲しい。解かれたい。
「何事も明言は避け、必要ならばディニムーに確認せよ」
敬愛する父親に今日の注意事項を淡々と告げられているギードタリスも嬉しそうだ。多分この世でリーズの萌えに一番共感するのは、この子かもしれない。推しの推しの推しは、推し。早口言葉か。
……あ、でも、てことは、この父子、相思相愛!? ぶふぉおっ尊過ぎるっ!! あぁ、わたしの選択は間違っていなかった。一番近くで魔王一家を箱推しします!!
「ハァ……好き……」
思わず呟きつつ、輝くそのお姿を目に焼き付ける。2人の互いを見る不器用な眼差しがめちゃくちゃ愛しい。胸、裂ける!!
と、ふいに、にぎやかにドアがノックされた。かなりうるさい。
ちょ、邪魔!! 出番にはまだ早いのだけど!? と不審な思いで見遣れば、
「リリーローズ!!!!」
騒音を伴った何かが飛び込んで来た。無駄にキラキラしい、うるさい何かが。ホント、うるさい。




