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溺愛し過ぎる悪役魔王に恋する耳年増令嬢  作者: 千魚
萌え神様の後宮……の悪女
35/36

神のくださったお役目

「姫様。アンジュに命じて欲しいのです」


「?」


慌ただしかったあれこれも一段落つき、後は明日の宴本番を待つばかりとなった夕方。少し遅くなってしまったティータイムを一人嗜んでいたリーズは、思い詰めたようなアンジュの様子に首を傾げた。

いつも一緒にいるアンジュだけれど、考えてみれば、こうしてしみじみと向かい合うのはひどく久しぶりだ。このところ、ティーブレイクさえ誰かとの打ち合わせを兼ねていたし、リーズの身の回りを世話する魔族の女官達も増えた。

急に魔族の部下を抱えることになったアンジュも大変だったことだろう。


「もしかして……反りが合わないのかしら?」


ふと思い立って訊いてみる。

元々アンジュは魔王国行きにあたり急遽教育を受けた平民。プライドの高い魔族の女官達との間に、軋轢が生じたとしても不思議ではなかった。


「……姫様のせいとかじゃないです。これはアンジュのワガママみたいなもので……」


本人が思い詰めて訴え出るまで気づけなかったなんて、主人として情けない。人生をかけて付いてきてくれたアンジュに感謝を込めて筆頭女官に任命したが、むしろ歳若いアンジュには重荷だったのだろうか。


「どうしても……どうしても、許せなくて。だから姫様、アンジュに命じて欲しいんです。暗殺……じゃなければ軟禁を」


「え?」


なんか今、想像以上に物騒な単語が聞こえたような。


「あ、アンジュには無理だと思ってるんです!? ちゃんとライシーン出る前に教育受けたし、アンジュ、そういう勉強は優秀だって褒められたんですよ!?」


「ぇえ……?」


「だから問題ないです。証拠隠滅も完璧です!」


何やらヒートアップしていくアンジュの目が怖い。ハイライトを失った印象の、据わりきって淀んだ目が、異様なまでの迫力を生んでいた。腹に据えかねているということが、よく伝わって来る。

反りが合わない、って次元じゃなさそう。


「ねぇアンジュ? どんなことがあったのか、教えてくれる?」


「どんなことっていうか、もう、存在が無理です。生理的に無理。姫様の格まで疑われてて、心底、マジで普通に許せないです!」


「アンジュが嫌なことをされたわけではないの?」


「てかアンジュとかガン無視なんで。別にデフォだしイイんですけど、アンジュの大好きな姫様がアレのせいで疑われるとかハラワタ爆発ものなんですよっ! 許しちゃダメです、絶っっっ対に!!」


うーん。

アンジュの言うことを聞かず、影で悪口を言いまくっている……とかだろうか。そんな低レベルな女官、いたかな。

リーズの見る限り、みんな職業意識は高い。女社会に揉まれたリーズの目はウラオモテの見極めにおいて間違いないはずなのだが……。


「さすがに暗殺は過激すぎるのではなくて? ハイリスク・ローリターンよ」


「じゃあ軟禁で」


食い気味の回答に、若干ながら面食らう。


「ねぇアンジュ? そこは普通に解雇ではだめなの?」


「? 解雇できるんですか?」


確かに女官達の任命権者はリーズではない。が、今の主人はリーズだ。ライシーンだろうが魔王国だろうが、そこは変わらないはず。


「あ! アンジュ知ってます! ハイチャクって言うんですよね!?」


……ん?


「まさか………………ギードタリス殿下のことだったの……?」


廃嫡──。


いやいや、無理。それは無理。

推しの推しの経歴に傷をつけるくらいなら、自分の品位が貶められることくらい何だと言うのか。

……てか、ギードタリス殿下って、初対面時の暴走を除けば、そこまでヒドイ世継ぎじゃないよね? 努力してると思うんだけど。……謎。


「え、殿下がどうかしたですか?」


サッと青ざめたリーズとは逆に、今度はアンジュが首を傾げた。思いがけないことを聞いたとばかりの、きょとーんとした顔。……あれ……??


「アンジュ? 今更だけれど……腹を立てている相手は誰なの?」


ホント、今更だけど。

あまりにも噛み合わない現状に、思い違いをしていると気付かされた。


「く……っ! ライシーンのバカボンに決まってるじゃないですかっ!! あの、無駄にキラキラヘラヘラした!!」


「……お兄様?」


「ぎゃーっ!! その呼び方っ!! 姫様とアレに血縁関係があるのは知ってるですが! 他人のフリで! ぜひっ!!!」


…………。何があった???

毛嫌いする程度があまりにも、だ。


ゼイゼイと肩で息するアンジュは、本気でサンブライトの暗殺を画策しているようにも見える。


「……まぁ、バカ坊なのは認めるけれど。アンジュもわたくしのように視界に入れないようになさい。顔を合わせなければ無害なバカよ。明日の宴が終わったら帰るのだし……」


「無害なモンですかっ!!」


サンブライトには城の一室を宛てがい、世話係としてディニムー推薦の女官4人と護衛官6人をつけてある。監視役が本分である彼らのおかげで、あの暴走ナルシストはほぼ軟禁状態のはずだ。


尚更事態が呑み込めずにいるリーズに、アンジュは「いいですか姫様!」と一層声を荒らげた。


「あのバカ坊の毒牙にかかったご令嬢は1人二人ではないのです!」


どうやら、サンブライトの滞在する部屋にわざわざ押しかけて話し相手に志願したり、護衛の制止を振り切って行く先々で接触しようとしたりするご令嬢が複数人、いるらしい。


「まぁ……彼女達も暇なんでしょうね。指導役だの御学友だの理由を付けて城に滞在させているけれど、所詮は籠の鳥ですもの」


暇を持て余す人質のご令嬢方からすれば、人間の男というだけでも見世物としてそれなりの需要がある。ましてやサンブライトは外面は完璧な貴公子。美貌と社交で成り立つライシーンで英才教育を受けた次期国主だ。

ナルシストな点が唯一にして最大の難点だが、彼だって求められる完璧な皇子として猫をかぶるのなんて朝飯前。淑女の1人や2人や数十人、手玉にとるのもわけは無い。深入りしない節度ある華麗な立ち回りだって、呼吸いきするようにあっさりこなす。


「姫様! 好奇心は猫をも殺すんですっ! ご令嬢方が殺されてからでは遅いですよ!?」


「……え、そういう話しなの……???」


まさかのサスペンス。


「バカ坊が殺人犯になろうが極刑を言い渡されようがどうでもイイですけどっ!」


「え……??? あの、アンジュ??? さすがのお兄様でも、そんなリスクは絶対に犯さないわよ……???」


さらにはなぜ突然に犯人確定アウトロー展開なのか。なんだかとてつもなく迷走している気がする。

元々アンジュは感情のわかりやすい、真っ直ぐな性格をしていた。が……それにしても暴走が過ぎる。


「でもバカ坊がバカすると、姫様に飛び火するじゃないですか! 立場わまえろってんですよっ!!」


いや、アンジュこそね……? 一応、あれでも我が母国の皇太子。王侯貴族の中でも最上位に位置する1人だ。いつもの彼女なら考えられないような粗相っぷりに、正直戸惑う。


「……アンジュがわたくしのために怒ってくれているのだということはわかったけれど……その悪評というのが異性交友に関することなのなら、むしろ問題はないの」


「姫様!?」


衝撃、とか、愕然、とか形容できそうなアンジュの顔に、リーズは何だか不安になった。もしやアンジュも兄の毒牙に……?


「だって『魔王陛下をたぶらかした悪女』の兄なのよ。勤勉実直なんて印象を持たれたらむしろ、わたくしが疑われてしまうわ。ご婦人方を骨抜きにして浮名を流してもらった方が、わたくしの正妃就任も信憑性が増すというものでしょう?」


そう。あんなアホでもうまく使えば役に立つ。


「何なら、ルエラあたり貰って行ってくれれば完璧だわ」


リーズが美しいのは事実で、リーズが魔王国に到着した際、多くの高位魔族を魅了したのも事実だ。そう自負している。

それでも、一国の皇女という立場を加味してもなお、立場が弱いこともまた、事実。


最愛の魔王陛下は極めて神だから、最大限の配慮を既にしてくれている。誠意溢れるまさに神対応で、お飾り妻であるリーズの唯一にして最強の後ろ盾となってくれているのだ。尊いとかいう次元じゃなく、畏れ多過ぎて震える。


しかし、だからこそ、甘えてばかりはいられない。推しの負担になるなど、人道に悖る許されざる行い。萌えを語る資格もない、最低の振る舞いだ。来てしまったものは仕方ないと割り切って、愚兄を利用し尽くす。いつだってリーズの一番は最推したる魔王陛下なのだから。


「あ、ねぇアンジュ。あなた、明日はドレスを纏いなさいな」


「は?」


ふと思いついた。でも、これ、なかなかイイかも。


「そして殿下と踊りなさい」


「……へ? 姫さま??」


従者という固定概念に囚われて、危うく戦力を見誤るところだった。


「いつも練習相手になっていたのだから問題はないでしょう?」


アンジュは可愛らしい子だ。人間の社交パーティに出すには礼儀作法が心もとないが、着飾らせれば社交慣れしていない魔族の目には違和感なく映るだろう。

幸い出国時の荷物にいざという時のため、アンジュ用のシンプルなドレスが三着ほど入っていた。リーズのアクセサリー類を貸せば十分見栄えはする。


「な……な、な……何を……っ」


「人間の文化を紹介することばかり考えていたけれど、せっかく居る人員ですもの。どうせなら、足元の強化に使いましょう。……これで少しは風向きが変わるはずよ」


魔族の間で、人間の価値を高める──。


種族間の友好の橋渡し、というお題目がリーズの婚約にある以上、その役目はしっかり果たしたい。何せ、最推しが与えてくださったお役目なのだから。

舞踏会映えするサンブライトとリーズ、初々しいアンジュ、そして楽団。リーズ一人でのお披露目に比べ、これだけの人員が揃えば確実にインパクトは絶大だ。この好機、活かさなければ200年後も死にきれない。


「ふふっ、殿下と踊るアンジュを見れば、お兄様もド肝を抜かれるかもしれないわね。見直すわよ、きっと」


「っんな!? そーゆうことじゃないんでっ!!」


「あら。どういうことかしら」


「うー……っもう! 姫様っ!!」


リーズの顔が何より大好きなアンジュが、サンブライトに惹かれないはずもなし。

とはいえ、愚兄にあげるには惜しい人材だから、煽るだけに留めておくが。


「さぁ、そうと決まれば衣装合わせよ! アクセサリーに髪型に……お兄様好みに仕上げてあげるわ!」


「ちょ待……っ」


睦事のサラブレッドの見る目に狂いはない。それはもちろん、兄妹きょうだいそろって。


「時間がないの。覚悟なさい」


月下の宴までは、いよいよ、半日。


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