神のお膝元……への闖入者
ここ最近、リーズは浮かれていた。浮かれまくっていた。推しとの物理的距離がめちゃくちゃ近いうえ、コアなファン活動が公認されたも同然な毎日だ。公認、コレ、とっても大事。
なんて潤いに満ちた人生だろうか、我ながら怖くなる。それほどに、幸せな毎日。
「…………ぇ」
まさにこの世の春! とばかりの満たされた日々、浮かれるなという方が難しい……はずだった。たった今、広い前庭の向こう側で馬車から降り立った男性を見るまでは。
「リリーローズ!!」
反射のように顔を背けたのに、見つかってしまった。結構な距離があるものの……こんな時ばかりは自身の目立つ容姿が恨めしい。
咄嗟に逃げ道を探すけれど、リーズの周りには不思議そうな顔をした親友2人をはじめとしたご令嬢達と、怪訝な面持ちを隠そうともしない近衛隊員だけ。見つかってしまった今となっては壁の役割りすら果たさない。
「……くっ…………ぐぅ……っ」
何か……何かこの状況を打開する策はないか……!?
飛龍兵団に運ばれて来た馬車は、その数10。おかしいと思ったのだ。リーズと父で交わした書簡には馬車は7と書かれていた。かなり不要な内容が多くて読みにくい手紙とはいえ、その点は間違いなかったはずだ。
……しかし。おまけの3台にこんな爆弾が隠れていようとは。
「リーズ妃殿下に申し上げます! 飛龍兵団第1部隊及び第2部隊、移送及び護衛の任、完了致しました!」
オタオタしているうちに、立派な体格の男性魔族が数歩向こうにピシッと立った。
背中に翼を持った見るからに堅物軍人な彼は、飛龍兵団の誇る、飛竜使いの一人、第1部隊の隊長さんだ。師団長があまりにも個性的なヒトだから、同一族で一番真面目な彼がこの任に推挙された……とはルエラ情報。どの兵団も、第1部隊長は師団長のお守り役……否、右腕なのだそうだ。
「ご苦労様でした。本来のお仕事とは全く違うことをお願いしてごめんなさいね」
「はっ! 陛下のご下命とあらば、我々は全力でお役目を全う致します!」
「もちろんわたくしも陛下には大変感謝しております。けれど、あなた方のおかげでこうして安全に楽士達が到着したのです。本当にありがとう」
「は……っ!!」
感謝をこめて微笑めば、イカつい顔がデレりと崩れた。それを普通の反応として受け流したリーズは華やかな笑顔の下で、着々と迫り来る厄介事を如何に穏便に片付けるか、脳細胞フル稼働で考える。
「……ねぇリーズ妃。あのキラキラしい方はどなた?」
「兄よ。残念ながら」
「まぁ。……確かに、似ているかもしれないわ」
「色彩と性別と性格以外はね」
左横から聞こえてくる言葉に適当に返事をしつつ、リーズは眼球だけ動かして打開策を練る。
楽団の移動の指揮は……ダメだ、有能なコンマスが来ている。全部彼がやってしまうだろう。あの厄介極まりない兄自身の服装にでも瑕疵があれば最高なのに、それもない。明らかに王侯貴族な兄を放置して馬車の移動の指示出しに行こうものなら後ろの人質兼学友兼指導役のご令嬢達が黙っていないし……。
まいった。まさにこれぞ、八方塞がり。
「美しいわ……」
「……あれでもライシーンの皇太子ですもの」
そう。歩み来るのはリーズの実兄。同母の長兄にして、次期ライシーン国王。「寵妃イリザベータの産んだ奇跡」と渾名されて育ったイケメン皇子、その名もサンブライト。
高過ぎない身長と抜群のプロポーション。肩で切り揃えた輝く金髪に、琥珀の瞳はキラキラキラキラ……満面に甘い笑み浮かべるその相貌は、心を照らす日輪の如し──なんて恥ずかしいことを言った詩人がいたとかいないとか。パーツパーツがリーズとよく似た彼の名もまた、出生時とは別物だ。
「リーズ妃といい兄君といい……ライシーンの王族とは皆、見目麗しいのか?」
右隣からの声にも
「美貌と社交で成り立つ国よ。当然、武器たる美貌は皆、磨き抜くわ」
上の空でそう返した。
ルエラの品定めとクリスタの好奇心は折り込み済みだ。人間をまとめて目にする機会など今までなかったのだろうから、他のヒト達にしたってきっと、似たり寄ったり。後ろのざわつきだって予定調和だと断言できる。
ただ…………兄の存在だけがおかしい。とんでもなく予定外で想定外で本気で論外。
「ステキ……」
「見た目はね…………って、え???」
今、なんて言った……??
なんか変。まとわりつく違和感に、リーズは半ば上の空だった意識を戻す。なんか……左隣がやけに輝いているような……。
「ルエラ? どうしたの?」
「……あれ程美しい殿方がいらっしゃるなんて……人間も捨てたものではありませんのね……」
「え」
そうきたか!? えー……!?
ピンと来た。
さすがに、ねぇ? 耳年増の空気読み力、舐めちゃダメだよ?
「ルエラ。良ければ仲良しのお友達として兄に紹介させて?」
「えぇ!? ……えぇ、もちろんよろしくてよ……っ!?」
一瞬躊躇った彼女が素早く身なりのチェックを終えたこと、リーズは見逃さなかった。そして内心ほくそ笑む。
こんなところに突破口が! わかりやすい子ってステキっ!!
「会いたかったよ僕のリリーローズ!!」
「お兄様、ご無沙汰致しておりました」
「あぁ、相変わらず美しいっ! ……なんだキミ達は! なぜ僕と妹の感動の再会を阻む!?」
「お兄様、彼らは忠実に職務を遂行しているだけです。ワタクシは魔王陛下の妃となる身。血縁といえど異性ですもの。気軽に触れようとなさっては困ります」
万全のハグ体勢で鬱陶しい笑顔を振りまきながら突進してくる男──。いくら兄とはいえ、セクハラ不審者としか思えない。
素早く立ち塞がった近衛隊の皆さん、ナイスです。何かご褒美を考えてもイイレベルでグッジョブです。
「な……っ! なぜ勝手にそんなことを……! おまえは我が妃にと思って大切に……」
「同母の婚姻は不可能ですし、戸籍改竄もお父様に禁じられたこと、お忘れですか? 嫌よ、鏡のような夫なんて」
「おのれ魔王め……僕がちょっと国を留守にした隙に可愛い妹を誑し込むとは……! 僕は! 世界一愛するこの顔を! 1日中愛でていたいのに……っ!!」
ハァ。
父母の愛も歪んでいるが、この兄が一番おかしい。ナルシズムの権化がナルシズムを拗らせつつ、ナルシズムを満たすに足る女性を見つけてしまった幼少のみぎりから、事態はややこしく悪化の一途を辿って来た。
「ところでお兄様。ワタクシ、ついにお友達ができましたの。ここにいるご令嬢方皆様、良くしてくださるのよ。特にこちらのルエラとクリスタは親友と呼べる程のな……」
「やぁっ、それはなんと喜ばしい!! リリーローズの友は僕の友だ! ルエラ嬢、クリスタ嬢、サンブライトと呼んでくれ! よろしく頼む!」
仲なのです。そう続けるはずだった言葉は暑苦しいレベルでキラキラしい兄にぶった斬られた。まぁ、イイんだけどね。ある意味狙い通りだし。
「ま……まぁ、そこまで仰るのなら……」
「こちらこそ、サンブライト皇太子殿下。クリスタと申します」
「あっ……ルエラですわっ! きゃ……っ!?」
大好きな自分によく似た妹を自身と同一視したがる兄の性格ならば、きっと、特別感を匂わせた紹介をすれば食いつくだろう。リーズのその読みは正しかったようで、サンブライトはまばゆい笑顔を殊更輝かせ、ルエラにガバリと抱き着いた。
近衛隊はリーズの身を護る者達。魔王陛下やギードタリス王子ならば同様に警護対象になるが、残念ながらルエラは別だ。だから彼らは、ルエラが人間の皇子にハグされて真っ赤になるのも、クリスタが素早く身を交わすのも、ただ眺めていた。主からの指示もないし、特に問題ないのだろうと忠実に職務を遂行する。例えそれで、権力者の娘が失神することになったとしても。
……てか、失神するのか。とんだ純情娘だ。なんかごめん。
「お兄様……。責任を取って安全な室内まで運んであげてくださいね? ルエラは大切な親友なのですから」
けど……うふふ。棚から牡丹餅で兄の両手をうまく塞げた。ルエラ、本気でありがとう。あなたの尊い犠牲は忘れない。そして今後もよろしくね、面食いの可愛らしい親友よ。
「それは構わないが……。しかしルエラ嬢は今時貴重なほどに純情だな。気絶されるのには慣れているが、まさか触れるより先に失神してしまうとは……。それに、こうして抱き抱えてみるとよくわかる。魔族とは、人間と特段変わらないのか……」
確かに気絶は予想外。でも、ルエラは喜び過ぎただけだし、アホ兄もおかげで興味を惹かれている。なかなかイイ出だしじゃない?
平穏で幸せな魔王教信仰ライフを守るためなら、悪魔にもなってみせる。今し方リーズの胸に芽生えた信念。
身勝手だと言われようが、非人道的だと罵られようが、こればかりは譲れないのだ。リーズが平穏に推しを信仰できるということは、即ち、推しが心身共に平穏無事でいるということなのだから。
魔王様はわたしが守る……っ!!
ルエラをその腕に抱え、クリスタの先導で城内へと入って行く兄。その背をキッと見据え、リーズは波乱に富むだろうこれからに備え、一人、堅く気合いを入れ直した。
月下の宴までは、あと五日──。




