神の婚約者 後
「つきましては魔王国を担う重臣たる皆様に御協力いただきとう存じます」
にっこり。にっこり。にぃぃっこり。
「お手数ですが、この中で、わたくしと同じ年頃のお嬢様をお持ちの皆様、挙手をお願いできますでしょうか? もちろん、魔族と人間では年齢の概念が異なりますから、だいたいの見た目の年齢で構いません。または『結婚適齢期の』と御理解いただいても構いませんわ」
優しく、美しく、たおやかに。
少女から女性に脱皮する直前の今だけ魅せ得る、極上の微笑みを。
あの後宮で磨いて来たのだ。リーズにとって、自分を演出することは息をするかのごとく簡単なことだ。
「ぜひ、御協力いただきたいことがございますの」
惚けたようなため息が随所から上がり、その中の数人からは確かな熱情を感じた。リーズにとっては幼い頃から感じ慣れた、粘度の高い熱視線。
ふっふっふっ、さすがわたし。魔王の婚約者だとわかっていても、逆らえない恋心が芽生えてしまったらしい。内心それに「はい、駒ゲット!」とほくそ笑んだ。
……あ、ヤバい、口元緩む。
「まぁ、たくさんいらっしゃいますのね」
驚いた顔で上品に口元を抑えつつ、脳内で、手を挙げた面子と事前情報でおさえておいた面子を照らし合わせる。えっと、あれとこれと……ティワード他、16人だね。
事前情報より3人も多いが、咎めるほどのことでもない。
「では今、手を挙げていらっしゃる方々のご令嬢を明日からわたくしの教育係に任命致します」
ふっふっふっ。ふぉっほっほっ! はい、勝利!!
「ぜひとも、城に寄越してくださいませ」
実はリーズのこの提案は最初、神に却下された。
畏れ多くも……「其方の身の安全が保証できない」という神理由で。はぁぁん、もう、胸がいっぱいです! そんな神理由で……わたしのこと心配してくれるとか……神が神過ぎる!!
誰か、至上神を超える表現教えてくださいっ!!
しかし、大興奮状態でもリーズが折れなかったのには理由がある。推しの役に立ってこそ我が人生。ここで役に立たずにどこで立つ。
今こそ暗躍の好機! と捉えたからだ。
魔族ってさ、力が強くて魔力があって……個として優れている分、策略には向かないみたいね。ライシーン後宮の子ども達の方がよっぽど、ドロドロと陰険悪質だった。
リーズはその美貌と父王の寵愛から特別視され、パワーゲームに参加することは稀だったが……ここでならそんなリーズの浅知恵でも、十分に太刀打ちできそうだ。
その証拠に……
「教育係!?」
ざわめく皆様の顔に浮かぶのは戸惑いと喜びと打算。
「ほぉ……前例はありませんが、確かに良いかもしれませんな。魔族の令嬢として必要なことをお教えするのはもちろん、ウチの娘でしたら妃殿下のお話し相手に最適です」
「いやいや、でしたらうちの娘こそ厳しく育てましたからね。妃殿下のお役に立つことでしょう」
「人間とは儚い種族ですからな。武骨な娘ですが、護衛を兼務するよう命じましょうぞ」
挙手した皆さんはウキウキオーラが隠せていない。
「く……なぜ我が家の娘はまだ幼いのだ……!」
「娘のように可愛がっている姪がおります! ぜひともお側に……!」
一方、その他の皆様からは嘆き節。
間違いなく、「娘を高官に見せびらかすチャンス!」とか「あわよくば魔王陛下の覚えめでたく……」とか「さらにはいずれ、人間の後釜に……っ!!」なんて考えているのだろう。
うまく行くだろうと思ってはいたものの、さすがに、一人の反対者もなくここまで順調にコトが運ぶとは思わなかった。チョロ過ぎて、少しは疑えよ! と叫びたくなるレベルだ。
ちょっと人間を舐め過ぎじゃない?
それとも、魔族とは元々、楽天家の集まりなのだろうか。
「朝議に御招集がかかる程の皆様が保証されるご令嬢方でしたら、わたくしも大変心強く思います。ぜひお会いしてみたいのですが、さすがに教育係があまりに多いのも問題ですわね……」
人間なら令嬢同士、社交界で顔を合わせる機会がある。しかし、魔族には、個々の繋がりはあれど、大々的な社交イベントはないのだそうだ。
寿命が長い分、婚期も長く、人間と違って焦る必要がないのが大きい。自身の力に自信があるから、群れる必要もないのだろう。
「そうですわ! ではまず、先程の皆様のお嬢様を登城させてくださいませ! その方々と御相談してわたくし、パーティを開きたいと存じます!」
さも、「イイこと思いついたわ!」というような無邪気な愛らしさだが、もちろん全て作成通り。
「人間の文化ですが、ぜひ皆様ご体験ください。パーティとは、招待された紳士淑女の皆様と共に華やかに着飾って、お食事やダンスを楽しみながら、お話しする会なのです。普段はお目にかかれないような方ともお会いできる場なのですわ。
わたくし、お友達になれそうなお嬢様方だけでなく、魔王国の未来を支える殿方とも、 できるだけお会いしたいと存じますし、何より、わたくしの素晴らしい婚約者であられる陛下のご勇姿を見ていただきたいですっ!」
「……陛下がお姿を……!?」
どよめきは、混乱と興奮で満ちていた。冷酷冷淡と言われる陛下に謁見できる者は多くない。その陛下に、自分の娘息子を引き合わせられる、と言われれば……
「それはおもしろい文化ですな」
「1度くらい、体験してみるのもおもしろいかもしれません」
チョロ!!
搦手より、アホっぽいほど純粋なお誘いの方がイイかもしれない……と思って言い方を工夫した。でもそんなの、リーズにとっては朝飯前。おもしろいほどコロコロ転がる高官達にむしろ頭痛がしてくる。
チョロオジとかいったい誰得!? まぁ皆さんそれなりに見た目はイイですが! 見た目はなかなか若いですが! わたしの食指は魔王様にしか動かないんで!!
「では、先に挙手くださった皆様のお嬢様方をわたくしの教育係と致します。そして広く、魔王国の主要貴族の皆様へのご挨拶をパーティにて行えるよう準備したいと存じます。
……よろしいですか、陛下?」
ウルウル、ウルウル。
せっかく可愛らしい外見をしているのだから、使わない手はない。リーズは、自分が可愛い系の美人だと熟知している。老若男女問わず好感を抱く、高貴な花のような美しさ。腹の中がどれだけ黒かろうが絶対に毒婦には見えない、お得な生まれだ。
傍から、健気で可憐に見えるように最大限意識する。魔王様の内諾はもちろん取ってあるが、大事なのはパフォーマンス。
「わたくし、皆様と仲良くなりたいのです」
「…………」
ふぉっ!?!?!?
ザワリ。空気が音を立て、硬直した。
もちろん、大臣以下も侍従長も、リーズも。
「…………許す」
手! ててててて手がっ!!
神の御手が!!!!!
わたしの!! 頬にっ!!
頬に!! ほほほほほほほほほっ!!
手が!!!!!!!
そっと静かに上げられた冷たい手が、リーズの頬に添えられている。
それはまるで、大切な相手に愛情を伝えるかのような仕草で。
それはまるで、独占欲を示すかのような仕草で。
カッと頬が熱くなった。
あまりの幸せに目が眩む。
舞い上がるリーズの頭の片隅で、冷静なツッコミ担当リーズが「パフォーマンスでしょ」「さすが神対応!」「おかげで身の安全度が上がってるよ!!」なんて解説してくるが、そんな声に耳を傾けてる場合じゃない。全リーズの全細胞を使ってこの感触、景色、最推しの息遣いを感じなければ!!!!
「其方が望むなら……」
ほんの刹那だけ浮かんだ淡い笑み。
大切な相手に、特別なのだと伝えて甘やかす言葉。
魔王様役者だわー、と言う脳内ツッコミを完璧に黙殺し、リーズは湧き上がる感情のまま微笑んだ。
その横顔を見た臣下達は、初々しく頬を染める可憐な姫の、あまりの愛らしさにキュンとし。
正面から見てしまった侍従長は清楚な姫が浮かべる蕩けるような微笑みに、なぜか叫び出したい衝動にかられ。
「……ありがとうございます陛下……っ!」
生きてて良かった!!!!!!
添えられた大きな手をきゅっと両手で握りしめ、心ゆくまで頬擦りする。うはあぁぁぁんっ幸せっ!!!!!!
「陛下、大好きです……っ!!」




