神の御意思 後
「どうした」
ヴォイスオブヴォイス。美声の中の美声。ウルトライケボ。
そんなステキなお声が、リーズを心配してくれている。
さらに言えば、その楽園の旋律を紡ぐ唇は薄くて酷薄そうに見えるのに完璧な形で、そのまわりの輪郭も目鼻立ちも首も鎖骨も髪の一筋までもが、完璧だ。
そんな完璧なる美の化身、萌えツボの化身に心配されて……いや、心配させておけるリーズじゃない。
「申し訳ございません。わたくし少々興ふ……けふんけふん、混乱したようです。あの……後宮に入れて欲しいと申し上げたわたくしがこのようなことをお訊きするのはいささか妙かもしれませんが……」
「言ってみろ」
さすが萌え神。めっちゃ優しい。心広い。
リーズは、一つ深呼吸すると口を開いた。
「陛下は、わたくしのような人間の小娘と閨を共になさることに抵抗などございませんの……?」
いや、嬉しいよ? 「めちゃくちゃ、ホント都合のイイ夢!」って自分をタコ殴りにして確かめたくなるレベルで嬉しい。
けど…………イイの? マジでわたしに都合良過ぎじゃない???
絶対落とし穴、あると思う。
「……ふむ。言われてみると不都合はあるかもしれん」
「不都合、でございますか?」
抵抗感はないけど不都合がある。意味がわからずリーズは小首を傾げた。
薔薇色の髪がサラリと揺れて、白い首筋が露になる。同時に、柔肌から百合のような鮮烈な香気が香り立った。
すっかり「リーズ」と呼ばれることが板についたが、「リリーローズ」の容姿や体質は変わっていない。艶やかな薔薇色の髪に、香り立つ肌。お気楽にも忘れているのは本人だけだ。
その無自覚で無防備な行動に、魔王もまた、自覚のない咳払いを一つした。
残念だながらリーズは、「やだ、咳とか貴重なもの聞いちゃった!」と歓喜するのに忙しくて原因にまで気が回らないが。
「王妃とするからには相応しい処遇が必要であろう。ならば閨を共にすることは義務であると考えたが……」
義務──。
どうしよう……。推しの新たな一面を知ってしまった。
マジメに嬉しい。てか、魔王陛下めっちゃマジメ!! 傍若無人な冷酷魔王じゃないじゃん、全然。
義務を遂行しなくてはならない、その考え方は至極真面目な為政者のものだ。
……見た目が整い過ぎて冷たく見えるから、「冷酷」とか「冷淡」と思われるだけで、実際は魔王陛下って……ごくごくマジメに王様やってるだけ、じゃなかろうか。
ちなみにリーズも根はマジメな王族だ。色恋抜きで、結婚も初夜も迎えられる。はずだ。閨の実地は未経験だが、そういうものだと思って育って来た。
更に言えば、萌え萌え魔王陛下に関しては一方的な愛情を持て余すほど抱きまくっているため、相手の思惑がどうであれ、婚姻も初夜もめちゃくちゃ嬉しい。
「其方は人間であったな……」
「人間だと不都合が?」
「確証はない。だが、状況から考えるにそうなのだろう」
「えーっと……?」
わからん。リーズはパチパチとまばたきを繰り返した。
眉間にほんのりシワを寄せたお姿は色気ダダ漏れで堪らない。でも、推しを悩ませておくのは……それが自分由来であれば尚更、趣味じゃない。
「お伺いしても?」
「ふむ……」
長い睫毛が揺れ、常にキラキラと輝く濃紺の瞳を彩る様は、ヴェテルデュースに亡き妻を思い出させる。奇妙な小娘ではあるものの、その容貌、立ち居振る舞いはギードタリスが気に入るだけあるし、何よりこの瞳は好ましい。
王妃として遇している場面や証拠を城仕えの者達に見せる必要がある故に、閨事は行わねばならないと考えるヴェテルデュースだが、現状、この娘自体に多少の興味を抱いているのも事実だった。それは例えば、ティワードの娘であれば決して共寝する気はない、と断言できる程。
「……我が曾祖母は人間だった。そして、今に至るまで、人間の血を引く者とその伴侶は早世している」
「それは……」
びっくり。神がヒトの血を引いているとは思わなかった。……人間離れした美貌の曾祖母君、とかだったのかもね?
だがこれで、ギードタリスの母親が他界した理由はわかった気がする。そして、
「つまり……ただでさえ早世のリスクを抱える陛下が人間と交わると、最悪の場合、殿下の成長を見届けられない……という意味でよろしいですか?」
不都合の意味も。
「……相違ない」
うーん。それは悩ましい。
「正直に申し上げます。わたくしの身に害が及ぶ分には問題ございません。ただ、陛下の御身に万が一の可能性があるのであれば、わたくし、断固として夜伽を拒否致します」
自分が推しを苦しめるとか、有り得ない。推しに尽くしてこその人生だ。
「王妃の立場から、国を第一に考えての決断だと御理解ください」
時に建前ももちろん大切。
王妃として迎える以上正しく王妃の役割を……と考える魔王陛下にはこういう言い方が一番だと思う。
「ただわたくし、陛下のお心遣いを無にすることは望みません。ですので、こういうのはいかがでしょう?」
要は、推しの幸せを願う乙女心だ。それを逆の立場から理解して欲しいとは思わない。
幸いリーズには、本心を覆う大義名分を捻り出す程度の頭がある。
「わたくし人間ですから、魔族の方の風習には疎いのです」
うふふ、と人の悪い笑みをワザと浮かべた。
リーズは、険しさを増す美貌に胸を高鳴らせながら、どう説得しようか道筋を組み立てる。
つい数日前、超然とした神の気を引くべく生み出した悪女設定は既にブレブレだ。自分がどう見られているのか多少の興味はあるが、それよりも推しの健康と幸せが大切。魔王陛下の興味をひき終えた今、わたしのキャラなんてどうでもイイ!!
「明日の朝議にご一緒致しましょう」
陛下はあくまでいつも通りにされてください。
寿命の短い人間の戯言。小娘のワガママ。見事に演じてみせますから。うふふふふ。
「楽しみですね」




