神のご意思 前
「あの、本当にわたくしがお隣を使わせていただいてよろしいのでしょうか」
夜。恒例の打ち合わせタイムの開口一言目でリーズは訊いた。
ギードタリスやディニムーはああ言うけれど、やはりリーズとしては気になるのだ。魔王陛下の許可があるから引越しできたとわかっていても……本音と建前って、あるじゃない?
「なぜそのようなことを訊く」
今日はいつも呼ばれていた部屋ではなく、続き部屋の魔王様の居間だ。仲良くテーブルを挟んで向き合っている。めちゃくちゃ幸せ。緊張する。
ついさっき、アテルちゃんが迎えに来た時は不謹慎ながら笑顔が溢れた。だって、萌え神様の寝室を! 通るから!!
ギードタリスの言う通りなら、数十年使われていないベッドと新品のリネンだ。でもそんなのまったく関係ない。寝室も居間もどこもかしこも、少なくとも神のご意志が反映されているのだから。
妄想捗る!! サックサクだよ!!
まさか神の領域に人間ごときが踏み入れる日が来るなんて!!
「この机……長く愛用されていた物とお見受け致します。それだけ陛下にとって、王妃様とお過ごしになられたお時間は大切なものだったのではございませんか? ……でしたら、王妃様のお部屋をわたくしが使わせていただくのは畏れ多く感じます」
いずれ魔王様と男女の関係になれると嬉しいな、と思っているリーズだが、一夫多妻制の申し子だ。他の女性の痕跡を消したいとは思わないし、大切な思い出なら尚更そっとしておいてあげたい。
ヒトとして……というのも、もちろんあるが、あっさり言ってしまえば身についた打算。他の妻を迫害するような狭量な女が溺愛されるパターンは少ない。
「ギードタリス殿下とディニムー様から、それは人間の考え方だと御指摘いただきましたが……それでも、わたくしには……」
「……そうか」
神はその宝玉のような瞳を閉じられた。……うわ、魔王様、詩的な表現超似合う!
氷の眼差しのはずなのに火が翳ったかのような錯覚を覚え……ああぁ、残念。でも!
ピンチはチャンス。リーズは詩的なことを考えるのを止め、麗しい睫毛の影を数えるという行動に転じた。魔王様、何しても麗しい。何をしてもご飯が旨い。うふふふふ。
「ふむ。しかし、気にする必要はない」
執念で36本まで数えたところで、感情の映らない瞳が開いた。ハァ、綺麗。やっぱりこの、温度のない鋭い視線、最高だ。ゾクゾクする。
「王妃の住まいはそこだと決まっている。……だが……人間とはそのような物の考え方をするのか……」
え……なんでそんなに渋い顔を……めっちゃカッコイイんですけど!!
「では、僭越ながらお隣に住まわせていただきます。ところで陛下」
そのまましばらくだんまりが続きそうな気配に、リーズは声を上げた。フリー観察タイムも美味しいが、今日はその美声を堪能したい気分なのだ。無口な萌え神様の御声を拝聴するには、会話を頑張って続けるしかない。
「公表はいつになさるのですか?」
極秘裏に引越ししたのは、妨害や横槍の入る余地を失くすためだ。言ってしまえば、「既成事実をでっち上げて押し通す作戦」のためである。
実際は残念ながら神と巫女の間に生々しい関係なぞ存在しないが、魔族からすれば、この続き部屋に住むということは即ち、そういうことだ。
あとはこれを大々的に公表してしまえば、ティワード一家の入り込む余地はなくなる。あとはジワジワと追い詰めてやればイイ。
うふふふふ、絶対神とその宝物を傷付ける一族なんて滅んでしまえ。……いや、滅んだ方がマシだと思うくらい懲らしめてやる。
「其方はいつでも構わぬか?」
「はい。陛下の御心のままに」
「ふむ。……では明日の朝議で。早い方がよかろう。其方の身の回りの警備もある」
……っ!!
ちょ……聞きました!? ヤバっ、今の録音したい!! 脳内記憶、完璧だけど!!
まさか、神がこの身の安全を慮ってくださるなんて……っ!!
身に余る光栄です!! 死んでもイイ!! いや、死んじゃダメだ!! だって冷酷無比な魔王陛下が冷酷無比のはずなのに、安否を気にかけてくれてるからっ!! 絶対死ねない、寿命が来たって!!
「では行こうか」
「……?」
ハァハァと荒ぶる吐息を必死に抑えて表面上の上品さを必っっ死に演出していたせいだろう。リーズはあろうことか、多分、貴重な神のお告げの一端を聞き漏らしてしまった。割腹ものの不甲斐なさ。けれど、事実、リーズには神の宣った意味がわからない。
「大変申し訳ございませんが……何処に……?」
立ち上がりかけた至上の彫像が再び落ち着いた姿勢に戻り、不思議そうに首を傾げた。
ぅぐ……っ!!
その素で不思議そうな顔、ヤバい! ズルい! 好きっ!!
「閨だが」
ネヤダガ。ねやだが。ねぇやだが。ねぇ、ヤだが。
なんだその語尾! 「だが」って何処の方言なの!? てか、「ねぇ」って……可愛いんだが!!
「既成事実が必要であろう?」
だから既成事実はこうして……って待って! 待って待って待って!?
え、そういう意味!? 「ねぇや」って「閨」!?
うっそ!!! 美声が!! なんて淫靡な単語を!! 永久保存版過ぎるんですけど!?




