神の隣人
引越しは極秘裏に行われた。
と言っても、ライシーンと違って魔王国には後宮という建物があるわけではないらしい。
魔王の妻のいる場所がすなわち後宮。名称だけ。後宮文化絶好調のライシーンと比べれば、形骸化著しい印象だった。
ただ、印象は、あくまで印象なので!
一夫多妻じゃない状況に馴染めないリーズにとって、ここの後宮は衝撃だった。
続き部屋って、何!?
後宮は女と子どもの園。堕落した気楽な場所。そんな認識で育ったリーズだ。王のための後宮も、王のお通いがなければただの家。お通いどころか、数ヶ月影も見ないこともある。
……なのに、何、コレ!?
ちょっと意味がわからない。
なぜ魔王陛下の居室の隣りに、リーズの部屋があるのだろうか。それどころか、廊下に出なくても入れる……? あの寝室のドアはいったい……??
「ふむ。良さそうだな」
引越しの主導権はこれまた不思議なことにギードタリスが握っていた。「父上はお忙しいからな」というのはわかるんだけど……その王子の指示で室内を飾りつけていくディニムーが何よりわからない。
ギードタリスの「窓辺はもっと明るい方が良い」の言葉で素早くカーテンを替え、「机が厳し過ぎる」と聞けば魔術で机を入れ替える……。
極秘の引越しだから人員をさけないのは当然だろうが、なぜこうも熟練の引越し作業員ばりの活躍っぷりなのか。ディニムーの本分は学者だと勝手に思い込んでいたが、実は肉体労働系の魔術の方が得意なのかもしれない。
「リーズ様、どうします? この鍵、壊しておきます?」
「え?」
「だって、ここの鍵が仕事しちゃったら、夜這いに行けないじゃないですか」
ん? 魔王国では夜間は女の方から通うものなの……?
「私は! 一刻も早く魔族可愛い姫様のご誕生をお待ちしておりますので!!」
……目の色変わってて怖いんですけど。ねぇ、ホントにこのヒトが教育係で殿下、この先大丈夫?
リーズの新しい部屋は客間同様、居間に寝室、風呂場や書斎、支度部屋なんかがあって、そのどれもが客間よりも広かった。
執務室は別らしく、この区間はごく私的な辺りだそうだ。ギードタリスの私室も近い。
魔王様の御身近くに侍れるのは嬉しいけれど、わたし如きが萌え神様のこんなおそばで暮らして良いものか……。わたしの身、もたないかも。四六時中隣室の気配窺い続けちゃうよ? ご迷惑ではございませんか……?
さすがのリーズも、神に嫌われたら生きていける気がしない。
ギードタリスの言うことには、普段の魔王陛下は別の居室を使っていて、この続き部屋はどちらも、王妃の没後長いこと使われていなかったのだそうだ。
てことはつまり、美貌の冷酷魔王が愛息子を仕込んだ部屋!? ヤバいこれ、興奮して寝れないかも!
……と思ったのは一瞬。さしものリーズも気付いてしまった。ここ、神からすれば思い出有りまくりの場所じゃないか、と。
「あの、殿下。本当にわたくしがこのお部屋を使ってもよろしいのでしょうか? 殿下にとってもお母様が偲ばれるのではございませんか……?」
さすがに家具調度品の類は新調されている。それでも、この場所自体に思い入れが……
「いや、別に」
ない、の……?
「母上を偲ぶ物なら自室にある。それに、場所で言うなら……城下の外れの湖とかか? お好きだったと聞くからな」
「殿下のお部屋に、ですか……?」
「うむ」
ギードタリスの部屋は毎日行ったが、遺品などあっただろうか。コレクションが全面に並んでいて気づかなかった。
しかも城下の外れって……いくら好きな場所だろうと、この部屋以上の時間を過ごしているとは思えないが。
「あ、もしかして、人間て、そういうの気にします?」
居室の照明の調整を行っていたディニムーがふいに訊いた。
「そういうの?」
「故人ゆかりのあれこれだとか、思い出だとか。気にします?」
「それは、もちろん。……え、気にされないのですか!?」
びっくり仰天。
いや、リーズだって決して信心深い方でもなければ、御先祖を敬う心も篤くはない。けど、ヒトとして最低限の感性と愛情は持っている。
「なぜそのようなモノをいちいち気にする? 生活しにくいではないか」
「生活……。え、だって大切なものはいつまで経っても大切ですし、大切な方との思い出を踏みにじられたら嫌な気持ちになりませんか?」
「確かに母上は大切だが、そもそも思い出というモノは他人が踏みにじれるようなモノなのか? 自分さえきちんと覚えておけばよかろう」
「え……」
「言い始めればキリがなかろう? この部屋は代々の王妃が使っているのだから、気にしていたら何もできん。どこにも立つ場所がなくなるぞ?」
えー……。
まさかのカルチャーショック。ちょっと正論に聞こえてくるのがまた、衝撃だ。
「リーズ様、我々魔族と人間は、『思い入れ』とか『愛情』とかいったものに対する感じ方が違うという学説があります。これは異類文化学者のヘンダーソンの唱えた説ですが……」
「ディニムー、長い。要点を話せ」
照明の調整が終わったのか、今度は姿見を磨き上げているディニムーだが、やはり学者寄りだったらしい。得意げに蘊蓄を語り始めたところでバッサリ切られ、一瞬不本意そうに眉を顰めた。
「まぁつまり、人間は我々よりも代替わりが短いため、文化や種を継ぐために愛という感情が強いのだそうです。愛情、愛着、敬愛、みたいな。寿命が短い分、普遍性を不可視なものに求める、という説もあります」
裏返せば、魔族は愛情や愛着心みたいなものが薄い、ということか。
「へぇ……」
ギードタリスとリーズの声が揃った。支度部屋でせっせと片付けを頑張っているアンジュも、居れば声を揃えただろう。
「殿下がお嫌でなければ、わたくしはありがたく使わせていただきたく存じますが……」
「嫌ではないと言っておろうが。嫌ならそもそも協力せん」
ですよね。
こうしてリーズの引越しはディニムー全面協力のもと、一日で無事に終えたのだった。
思った以上に魔王陛下溺愛モードが遠くて……
すみません、そのストレスで完璧趣味に走った別の話も書いてました……
そちらはひたすら溺愛されまくる話です
でも、魔王様も落としてみせる!




