神との密談
「状況が変わった。不本意ながら、協力してもらいたい」
今夜も今夜とてやって来たアテルちゃんに導かれ、リーズはウキウキと昨日の部屋へ足を踏み入れた。
はぁぁん、やっぱり信じがたい……っ!
今日1日をかけて、リーズは昨夜の出来事が夢ではなかったとの確証を得ていた。現実は夢より奇なり! 現実万歳!! こんな幸運あってイイの!?
魔王国、やはり天国。
昨夜同様跪こうとしたリーズは、またしても神に赦され、今度はソファーに腰掛けていた。
向かい合うソファーに座る魔王陛下にクラクラする。なんだって、足なんぞ組んでいるのか。色気! ダダ漏れの色気!
はっきり言って、不様な鼻血姿を曝さないように必死だ。この完璧な理想の萌え神の后になれるなど、自分で売り込んどいて何だが、畏れ多い。鼻血を理性で制御する能力を身につけなければ。
「協力、でございますか?」
いくらでも致しますよ? なんなら限りなくご奉仕させていただきたいです。
……てか、「不本意」って言う時にほんのり眉間にシワ寄ったの、メッチャ萌える。
「ディニムーから聞いたか」
「ティワード大臣一家の件でございましたら」
魔王様って基本、言葉足らずだよね。イイんだけど。この素晴らしい美声が安売りされたらガッカリだし、たまにしか聞けないからこそ尚更萌える。希少価値最高。
実のところ、リーズは今、求められるキャラクターを決めきれずに悩んでいた。
昨日の悪女キャラを貫き通すか……それとも、ギードタリス相手のように素直に本心をぶつけてみるか……。
決めきれないが故に口数の減ったリーズと、元々が無口な魔王陛下。その状況で密談がスムーズに行くわけもなく、場は半ば、リーズによる萌え神鑑賞会場と化している。
ちなみに、早々に現状を打開しようなどとは一切考えていないリーズである。だって今こそ、至福の一時……。できることならこのまま一晩明かしたい!
「妃として、其方の立場は保証しよう」
至上の美声が「妃」と言った。萌え。耳が悶える。マジヤバい。
「……あの、わたくしは後宮に置いていただければ十分だと思っております。妾、妾妃、側妃……国によって表現は異なりますが、正妃以外の妻の一人となれれば十分でございます。わたくしは人間ですから」
テンションの暴走スイッチが入りかけたが、ここはなんとか踏みとどまった。
悪女キャラだろうがアバズレキャラだろうが神のご要望に応えるつもりのリーズだ。しかし、敵が明確になった今、基本の摺り合わせは必須事項。人間というひ弱な種族である以上、迂闊な言動で魔王陛下を危険に晒すわけにはいかない。
はっきり言って正妃とか……リーズ得ではあるものの、魔王国のメリットはないと思う。
「例えば、ギードタリス殿下のお母様を正妃としたまま、わたくしを愛妾とするお考えはございますか?」
「…………意味がわからぬ」
「え? 愛妾というのは理想であって、ただの妾妃でもイイのですが……」
不可解なモノを見るようにはっきりとよせられた眉間のシワ。ハァ、カッコイい、触りたい。
「違う。妻の1人とはどういう意味だ。妻とは1人であろう」
……ソコ!? 冷酷非道と言われる美貌の魔王陛下、まさかの純愛派!? うーわー無垢! 胃が痛いレベルで愛しい!! 鼻血超えて吐血するわっ!
「……っ……陛下にとって妃とは、唯一無二……っなのでございますね……?」
「だからそう言っている。それがティワードの娘であってはダメなのだ」
ふわわぁぁんっ!! 可愛いよぉっ!! 魔王陛下が激可愛い!! ちょ……コレ、ヤバいわ。大事にしたいのに……この無垢さを汚したい!! 何この衝動!?
「あの……後学のため申し上げますが……人間の国では、妻や妃は1人とは限らないのでございます。例えば我が父には、5人の妻がおりまして、その中でも妃として扱われる女性は3人おります。わたくしの母は正妃の1人ですが、わたくし、魔王陛下の正妃でなくとも……と思っておりました」
「妻が5人? わからんな。何の為だ」
「何の……と仰られましても……。一番のお役目は王の夜のお相手を勤め、子をなすことでしょうか。わたくし達娘はそのための教育を与えられますし……」
心底理解できないのだろう。怪訝そうな表情にキュンキュンする。
しかし、一国の王がこんなに無知で良いのだろうか。他種族とはいえ、国家間の交流は少なからずあるはずなのに。
「夜長の暇潰し、か?」
「そういう方もいらっしゃるかとは存じます。より夫の興味を惹こうと閨事の技術を切磋琢磨致しますからね」
「……は? ねや……?」
「ええ。夜分後宮にいらっしゃるのは癒やしと休息と快楽を求めてでございましょう? 殿方にとって最大の癒やしとなる閨の技術を高めることは、妻達の使命でございます」
神の視線が僅かな動揺を伝えて来た。まったく知らなかったことなのだろう。魔族って、意外と清純派の集まりなのかも。
「表立った王妃の仕事のない妾妃は特に男性を満足させる手練手管に優れていなくてはなりません。かと言って妾妃ばかり孕んで正妃が懐妊しないようでは困りますから、妻達は全員、より多くの子種を得るため、夫を悦ばせようと努力致します」
リーズにとっては一般常識を諭すだけのこと。リーズの育った環境ではあたり前の、常識以前の常識だから、キャラ不定でも自然、弁舌は非常にさわやかになる。
しかし、ヴェテルデュースにすれば衝撃だった。昨夜はあれほど野心家だった娘が、今夜はその野心を否定し、しかも突然、猥談を投下して来たのである。
生後年齢だけをみれば我が子よりも幼い娘が、急に猥談。可愛らしい顔をして猥談。亡き最愛の妻に似た美しい瞳で猥談。
はっきり言って何を考えているのかまったく掴めないし、とんでもない。
亡き妻の気持ちを踏みにじり、私腹を肥やすばかりか、最愛の妻の遺した最愛の息子を蔑ろにしたティワードは許せないが……早まった、か?
…………いや。むしろ肝の据わりが良いと思えば、この娘、今回の件に向いていると言えるだろう。何より、この外見の美しさは配下達を黙らせるのにわかりやすい。
「……ですから、魔王国の風習を知らないわたくしが正妃になって国を混乱させるより、妾となる方が良いかと思ったのございます。それをまずご承知おきくださいませ」
「……む」
途中一般常識教養コーナーが入ったため長くなってしまったが、結局のところリーズが言いたかったのは、「ギードタリスの母親を蔑ろにするつもりも、国を混乱させるつもりもないよ」ということだった。
後宮には絶対入りたい。その気持ちは変わらない。何せ、リーズの持つ能力を最大限活かしてお仕えできるのが後宮だ。しかも推しとの距離がめちゃくちゃ近い。さらに推し愛も発揮し放題。夢の職場。最強か。
「そこで改めてお伺い致します。正妃の位にギードタリス殿下のご生母様をお残しし、現状それを補う妾妃……言うなれば第二妃としてわたくしを後宮に入れるおつもりはございませんか?」
「…………魔族の風習、か。しかし……言った通り我が国において妃は1人。其方は魔族と人間の架け橋という立ち位置で妃となるのだから、問題ない」
ズッキュ──────ンッ!!
真正面から真っ直ぐ向けられた視線と、真摯な言葉。
リーズは「はぅっ」と息を乱し胸を押さえた。尊い尊い尊い! 知ってたけど! 尊過ぎて直視できない!!
「昨夜其方が言ったことが本心であるならば、妃の立場を其方に任せたいと思っている」
なぜかギードタリスが懐いているしな。
その言葉にリーズは内心、拳を振り上げた。将を射んとすればまず馬を射よ! わたし、子ども苦手じゃなくて良かった!! 殿下の面食いレーダーに引っかかる優秀な顔面で良かった!!
「もちろん! 本心でございます!」
心の底から!
「……其方に望むことは唯一つ。私の求めに応じ、妃として公に出よ」
「かしこまりました。殿下ともお約束致しましたので」
「……何をだ」
「ふふ……陛下と殿下をコケにするティワード大臣一家の粛清でございますわ」
「は? ……そこまで望まん」
いえいえ、そう仰いますな。
リーズが押しかけ女房ではなく、魔王に求められた妃であるという体裁を装うことができるのは、ティワード大臣一家のおかげだ。これは丁重に、いろんな意味で特別扱いしてあげなければならないだろう。……うふふふふ。
「問題ありません。陛下のお求めになる完璧な妃のお役目、こなしてご覧にいれましょう。ティワード大臣が思わず尻尾を巻いて逃げる程の苛烈さをもって」
決めた。今後のわたしのキャラ。一番、神の役に立つキャラ。
有能で完璧な妃。
でもって、意志が強い、計算高い女。
そして、当面の目標。完璧な妃であるために。
まずは、神に接しても荒ぶらないこと! 鼻血厳禁!!




