村人A「この国のお姫様は世界一美しいんだよ」
ライシーン王国は小さな国だ。2つの大国と魔王国を分断するように伸びた細長い国で、実際、大国が魔族の脅威に曝されずに済むように……との思惑で存続を赦されている。
そのため、国力は微妙。生かさず殺さず。独立国家の体裁を保っているが、経済的には2大国に依存していると言っても過言ではない。
「チェリーク妃のところのサイーネ姫、スクラ商国の第二王子に嫁ぐことが決まったんだって!」
「うっそ! 第二王子ってウチの姫様に求婚してなかった!?」
「てか、世界中の名だたる王侯貴族は大抵一度は姫様に求婚してるから」
「あ、やっぱり!? さすが姫様!」
「第二王子レベルじゃさすがに無理だと悟ったんじゃない? マジで自国の第一王子どころか実の父親と、ビスケッタ帝国の皇子達がしこたまライバルなのよ? もちろん各国の貴公子達もね」
「まぁ、そうよねぇ……。商国の第二王子って、記憶にないもの。やけに粘り強くて鼻が高かったのは第一王子だっけ? あれ? 帝国の方?」
「えー、わたしまだ外国のヒトは見たことないわぁ」
「あの鼻の高さはなかなか有望よ。でもまぁ、鼻が高けりゃアッチの方も……なんて都市伝説みたいなもんよねぇ」
「そうなの!?」
「あ、でも、先月レントウ少将に下賜された娘がいたじゃない? あの娘がね……」
「悪いけれど、少し静かにしてくれる?」
ライシーン王国は目立った特産物もない小国だが、近隣国の権力者の間では美人の国として有名だった。歴代の王は大人数からなる後宮を抱え、それを外交の切り札にして来た。時には娘を嫁がせ、また時には後宮に仕える女官達を献上し……。
庶民を中心に、倫理的批判を浴びることも度々あったが、その歴史は三百年以上続いている。
「あら姫様、今度はどんな絵を描いてらっしゃいますの?」
「猫よ。あそこの屋根にいるの」
「寝子? きゃー、姫様ったら昼間っから嫌ですわぁ!」
「……ホントにあなた達、女官試験通って来たの? 才色兼備とか言いつつ、口を開けば色ばっかり……。たまには油絵でも一緒にいかが?」
「まぁ姫様! ここは憧れの後宮ですのよ!? わたし達、ステキな出逢いを待ってますの!」
「千年に一人の美姫と呼ばれるリリーローズ姫様にお仕えできているんですもの、当然試験は上位通過してますわ! 姫様の女官は若手高級官僚の間で人気沸騰引く手数多!!」
「わたし達も先輩方に倣って玉の輿を目指すのですわっ!」
「……わかったから少し声量を落としてちょうだい」
かしましい。女3人寄れば……いや、7人もいるのだから、かしましい×2+1。うるさすぎだろ。
思わず憂い顔で溜め息が零れた。新人女官が入る度、新しい噂が一つ流れる度に、彼女達は忙しく口を動かしまくる。
生まれた時からここにいる自分はそういった話題に倦んでしまったというのに、入れ替わり立ち替わりの女官達は飽きないらしい。おかげで齢16にして耳年増。気分は酸いも甘いも噛み分けたベテラン熟女だ。ソレってどうよ。「千年に一人の美姫」ってより、「千年分の噂を一気に詰め込まれた枯れ枝」って気分。
政治・経済・房中術に軍事・芸術・教育・歴史。おかげさまで、リリーローズの話題の手札は幅広い。例外は恋愛系経験談くらいだ。幼い頃から実年齢より遥かに耳年増だったせいで、脳内で恋愛は楽しみつくした。現実の恋? もうお腹一杯、面倒くさい。
「あらヤだ、憂い顔の色気がすごい……! って、すいませんでした、姫様。あなた達、少し抑えて……って、あぁ! あそこの回廊を歩いてるの、内務卿様の四男様じゃない!?」
「どこどこ!?」
「だから静かに…………ハァ」
巨大な後宮を持つとはいえ、ライシーン国王の妻は最大3人、妾も最大2人までと決められている。国王の胤は貴重なんだと。ははははは。ま、厳選された遺伝子を引き継いでるのは認めるよ。王族みんな見栄えがイイもん。
当代の王族は、国王と正妃3人妾2人、王子が4人に姫が14人。そのため、広大な後宮に住む人口のほとんどは、主に仕える女官や下働きの男達だ。
正妃3人に仕えるのは行儀見習いを兼ねた上級貴族のご令嬢。
妾2人に仕えるのは同じく行儀見習いの中級貴族のご令嬢。
数多い王子王女に仕えるのが下級貴族の令嬢や女官試験を通った才色兼備の庶民の娘だ。
ちなみに貴族の男子はいずれ武官文官として働くため、後宮ではなくそれぞれ希望の部署に勤める。
ライシーン王国の後宮は、立身出世、玉の輿を狙える職場として若い娘に人気が高い。隣国であるビスケッタ帝国の後宮と違い、男子禁制の戒がないせいだろう。
倫理的批判を唱える庶民の男共には悪いと思うが、乙女はいつだって「下級貴族の娘が王子様に見初められた」とか「国母様のご機嫌伺いに来たご親族と、たまたまご案内した庶出の娘が恋仲になった」とか、「外国の王子様に一目惚れされた」みたいな夢物語を求めているのだ。
現国王の正妃の一人、イリザベータがリリーローズの母だった。下級貴族の娘だったが美人の国にあっても美貌名高く、時の第一王子の女官からそのまま正妃におさまった。イリザベータと言えば玉の輿の代名詞。国王との間に三男四女をもうけた寵妃で、特にその次女は母を超える「千年に一人の美姫」と噂される。
……が、その噂の当人リリーローズは「美しさだの恋愛だの何だのって言うのはね、所詮、生殖行為のための言い訳に過ぎないのよ。飾り立てたところで全員、ヒト種族が未来に存続するための駒に過ぎないんだから騒ぐだけバカらしいでしょ」とひどく、この上なくひどく冷めていた。
そもそもね、「リリーローズ」ってなんなのよ。百合なのか薔薇なのかはっきりしろ。物心ついた時にはもう「リリーローズ」だったけど、絶対絶対忘れない。母様が去年の誕生パーティーで
「産まれた時は違う名前だったのよ? でも、育つにつれて髪の毛は艶々の薔薇色になるし、大輪の百合よりも甘い香りがするし、ホントにホントに可愛いかったから愛称でリリーローズちゃんって呼んでたら定着しちゃった! テヘッ」
とか言ってたこと。一生絶対恨んでやる。改名させろ。
女官達の噂話を聞くともなしに聞きながら、各国の首脳陣をしこたま虜にする美姫リリーローズは、今日も心で毒づくのだった。




