耳年増、勝負に出る。(前)
その日の夜、驚きの出来事がリーズの元に舞い降りた。驚天動地とかいう次元じゃなく、もはや天地創造。
「キュイ、キュイ、キュイ」
突然、魔王陛下の使い魔とかいう鳥ちゃんがやって来たのだ。窓ガラスを通り抜けて。
その鳥ちゃんが、
「キュイ、まおうヴェテルデュースよりでんごん」
と金属音のような不思議な声で言った。
真っ黒でサイズは鴉っぽい。でも、羽が長くてゴージャスな印象の鳥ちゃんだ。
くりくりしたお目々は穏やかで、なんだろう……すごく魔王様らしい使い魔ちゃんだと思う。
「しつもんしたきぎあり、キュイ」
今日のあれこれに鬱々としていたリーズは、驚きつつ姿勢を正した。
「キュイ、キュイ、あんないにしたがうべし」
──魔王ヴェテルデュースより伝言。質問したき議あり。案内に従うべし。
……ぅほうっ! 魔王様のお名前は「ヴェテルデュース」様! なんてステキなお名前!!
思いがけない情報に、地を這っていたテンションが跳ね上がる。
「キュイ、あんないにしたがうべし」
繰り返される言葉に、「かしこまりました」と立ち上がり、リーズははたと気付いた。
「少し待ってくださいませ! さすがに寝間着では……」
パタパタとクローゼットに駆け込み、ゆったりとした寝間着を脱ぎ捨てる。日中に着ているような服は……時間がないし一人じゃ着れない。
「服ふく服ふく……っ」
これならなんとか! と探しあてたのは支給されていたお仕着せ。ギードタリスオリジナルの物ではなく、王城勤めの侍女用のシンプルな侍女服だ。
これなら不慣れなリーズでも一人で着られる。
「お待たせ致しました! 参りましょうっ」
声をかけると、イスの背もたれにとまっていた鳥ちゃんはフサリと羽ばたき、ドアに吸い込まれるようにして消えた。
慌てたリーズもドアに触ってみたけれど、ドアはやはりドア。不思議なことが起こるはずもない。
うん、さすがは魔王様の使い魔。そりゃ特別だよね。
普通に廊下に出てみれば、少し先で鳥ちゃんがくるくる旋回しながらリーズのことを待っている。何アレ可愛い。
それから、どこをどう通ったのか。
始めて行く道ばかりで、リーズ一人なら迷子間違いない。
時間的なものなのか、それとも鳥ちゃんがそういう道を選んでいるせいなのか……道中は誰にも会うことなく、目的地らしき立派な扉の前に着いた。
あまりの立派さに、「もしやこれが噂の魔王陛下の執務室!?」と思ったけれど……違うかも。ディニムーの言っていた肖像画がない。
ま、魔王陛下がわたしに直接声かけるわけないよね~……侍従とかでしょ~こんな時間だしさ~……と、鳥ちゃんが消えて行ったドアを気軽にノックし、
「入れ」
リーズは仰け反るハメになった。
ちょま……っ! 今のお声は……!?
え、どうしよう、髪! 変じゃない!? お化粧……いや、やっぱり正装を……
「キュイ、はいれ、キュイ、はいれ」
戻って来た使い魔ちゃんが繰り返す。
オタオタしていると、なんの魔術なのか扉が勝手にスウッと開いた。
うーわー……天国へのドア!? 心して入らなければ!
とはいえ、心の準備はいつまで経ってもできる気がしない。だったら、推しをお待たせするわけにはいきません……!
「失礼致します」
女は度胸!!
後宮で培った外交モードのスイッチをオン。ふぅぅぅ、一つ深呼吸をすると、リーズはニコリと余所行きの笑顔を浮かべて室内へと踏み出した。
扉の立派さから煌びやかな室内を予想したが、入ってみると実際のところそんなことはまったくなかった。
重厚というのが相応しい、落ち着いた調度品の数々。陛下が配下を呼びつける会議室の一つなのだろう、とあたりをつける。
魔王陛下は窓際のイスにゆったりと腰掛けていた。
ナマ魔王様! わたし今、神に拝謁賜っている!
夜なのに後光で眩い。貴重なくつろぎ衣装も……御馳走様です!
まさかのボーナスタイム到来に心の中は大変なお祭り騒ぎだ。
でも! 表面上は優雅かつ清楚に。
しずしずと歩み寄り、神まであと3メートルというところで跪いた。
本当はもっと近くまで行きたいけれど、これ以上近いと見上げた時に至高神の全身が視界に収まりきらない。それは困る。
「夜分御苦労」
雨、遠距離、熱、今日……とほぼ4日ぶりに聞く魔王の美声。歓喜のあまり体が震えた。
リーズの鉄壁の社交モードをしても平静を失いそうになる魅惑の魔王ヴォイス。ご神託、素晴らし過ぎる。
「少々確認したいことがある。顔を上げよ」
大丈夫!? 顔、盛大に弛んでない!? 大丈夫!?
顔面事情を整え、ドキドキしながら真っ直ぐに魔王陛下を見上げ奉る。反射的にニコリと微笑んだリーズは、けれど、僅かに視線を逸らした。
無理! 眩し過ぎて直視できない!
視線をシャープな顎先に固定する。そこから少しずつ慣らして、口、鼻、目……と視線を上げていく作戦だ。
お預けを食らった後の推しは究極に輝いて見えると今、知った。しかも顎から喉元のライン、男らしくてマジで色気が半端ナイ。好き。
「本日のことなのだが……」
淡々としつつもどこか言いにくそうな様子にピンと来た。はいはいはいはい、愛息子様のことですね!?
失礼かとは思いつつ、切り出し方に迷っているらしき魔王に、リーズは思い切って口を開いた。
「御子息様の意に添えず城下にご一緒できませんでしたこと、誠に申し訳なく存じます」
たぶん城下での様子を知りたいんだよね? でも……本当に本当にごめんなさい。わたし同行しておりません。お部屋でお帰りをお待ち申し上げておりました。
「ん? ……む、そうか」
なんか妙な間があった気もするけれど、きっと、訊く前に答えられたせいだろう。他に訊きたいこととか思いつかない。
…………あ! もしかして、「使えない小娘め」とか思われた!? 城下に出ることに怖じ気づいて御子息と離れたこと、内心怒ってる!?
ぎゃーーーーっ!! 「使えぬ人間などやはり追い返そう」とか思われてたら詰む!! どうしよう!?
「……差し出がましいようですが申し上げます。御子息様は魔王陛下を大変敬愛していらっしゃいます。今朝も、嬉しそうに頂戴したペンを見せてくださいました」
こうなったら、少しでも有用な人物だと思ってもらうしかない。
ギードタリス情報投下! 売り込み開始!!
「……そうか」
「絵画も上達してらっしゃいますし、何より、一つのことを全うする集中力が着々と育っておられるように見受けられます」
「ふむ」
「先日陛下にご指導いただいたダンスも練習を重ねられ、現在は別の曲での練習に入られました」
「ほぅ」
なかなか反応イイんじゃない!?
あとは……あとは何が有益情報!?
まだ整った鼻筋辺りまでしか目線を上げられていないが、魔王陛下が頷きながらも何か思いを巡らせるように遠くを眺めているのが感じられる。魔王国に残るため、その視線を自分に向けさせるのが急務だ。
あとは……あとは……
「陛下にお声掛けいただくことを何よりの励みに感じられているようで、少しでもお忙しい陛下のお目に止まるよう、最近では毎日、中庭にての活動を希望なさいます」
「……そうであったか」
あ、超イイ反応!
うきゃぁっ、口角がほんのり上がった! キュンキュンするっ!!
「まだお寂しいお気持ちの残るお歳でございます。けれど、ご自分のお立場がおわかりで、これまでは我慢していらっしゃったご様子でした」
ですが最近は素直に陛下への親愛の情を示されるようになって…………と続けようとして、リーズはフリーズした。
目を見れない今でもわかる。
ぎぃやぁーっ! 「寂しい」は禁句だったっぽい!? え……やだちょっと……どうしよう……っ!?
すみません、リーズ大興奮につき、心の声がうるさくて……
後編は明日投稿します