耳年増による観察記録。
リーズによるリーズのための、魔王様観察週間が始まった。ちなみにいつ終わるかは未定である。
一日目。
先日同様、中庭で写生をした。課題は風景画。
諦めて戻ろうかとギードタリスと話していた時、ようやく陛下が通りかかった。
「ふむ。励め」
セリフはいつもと変わらない。安定の無表情。
でも、じっくりねっとり観察した結果……気付いてしまったのであります。
魔王様、こっそり息があがってる!
どこにいたのか知らないが、かなり急いで来たらしい。さすが魔王と言うべきか、話す様子に変化はない、のに……肩が! 肩がね!
肩がいつもよりわずかに上下してるのっ!!
もう、マジ愛しい。冷淡魔王なのに可愛さがインフレを起こしてる。なんだコレ。拝むしかないじゃないか。
「確かにリーズの言う通り、気にかけてくれてはいるのかもしれんな……」
どことなく不思議そうに漆黒のマントを見送る王子に、できることなら声を大にして言いたい。
気にかけてるどころじゃないから! 絶対仕事放り投げて来てるから!! と。
ハァ。今日の魔王陛下も最高でした。
明くる二日目。
生憎の雨。このくらい平気だと嘯くギードタリスを必死で止めた。
大事なご子息に風邪を引かせた日には、放逐されてしまうかもしれない。推しの宝物は、リーズにとっても当然守るべきモノ、だ。
……まぁ、雨に濡れる魔王陛下も見たかったけどさ。
きっとプラチナブロンドの長い髪が白い頬に張り付いて……たっぷりとした衣服もぴたりと体の線を示して……。
ぅああっ! 妄想だけで色気がすごい! これは冥土の土産に見ておくべきか!? ……いや、でもきっと生きていればもっとお宝映像に出会えるかも……。
「明日は晴れると良いが」
残念ながらその日、ギードタリス殿下は自室で過ごし、魔王陛下と会うことはできなかった。
三日目。
曇天。太陽が見えず湿度は高いが、過ごしやすい気温。
水溜まりの残る中庭に出ることをディニムーが渋る。
「では散策でいかがでしょう? 昨日一日室内で過ごされたのですもの。外の風にあたりたいお気持ちは、わたくしにもわかります」
「うーん……まぁ、それくらいでしたら……。では殿下、お召し替え致しましょう。泥が跳ねると困ります」
王子の部屋は居間、食堂、学習室、寝室の四部屋に分かれている。なお、食堂には厨房へと繋がる通路が、寝室にはクローゼットへのドアが付いており、さらにあちこちに従者が出入りするためのドアもある。
「では行こうか」
着替えを終えたギードタリスと共に中庭に出れば、この日はそこで、思いがけない出会いがあった。
「おや。泣き虫王子殿じゃないか」
見たことのない少年が、従者を連れて歩いていたのだ。
外見はリーズと同い歳くらい。整ってはいるがどことなく気障ったらしい、鼻持ちならない雰囲気を感じさせる魔族だった。
「アッシュウス様、さすがにその言い方は失礼ではありませんか?」
庇うように前に出たディニムーに、
「本当のことを言って何が悪い?」
ふふん、と鼻を鳴らして少年は絶妙な感じの悪さで嘲笑する。
「ティワード家に生まれなくて良かったな泣き虫王子殿。幽閉されても文句は言えんぞ?」
なんか偉そう。誰、このヒト。
「……ほぉ、これが噂の人間か? ふむ……確かに美しいな。貰ってやっても良いぞ? どうだ娘。赤ん坊の世話は大変であろう」
「……わたくしはギードタリス殿下に大恩ある身。誠心誠意お仕えするのみでございます」
とりあえず上位の魔族っぽいから無難にヒラリとかわしておく。
「ふん、つまらん。……まぁ、泣き虫王子殿にはひ弱な人間がお似合いだ。なぁ、甘えん坊のギーディーちゃん?」
「アッシュウス様!」
こういう嫌味なヤツってやっぱり魔族にもいるんだ……なんかがっかり。マウント大好きぃ、みたいな下らない人種、ホント嫌い。
……あ、そっか。人間とか魔族とか超えて、理性の弱い「マウント族」って生物だから仕方ないのか。あはは、納得。
絵に描いたような愚か者っぷりに、リーズは思わず感心した。
「ディニムー、良い」
ずっと黙ったままだったギードタリスがおもむろに口を開く。気まずそうに伏せられていた瞳が今はしっかりと相手を見据えていることに気付いて、リーズは軽く目を見張った。
わたし、ショタじゃないけど……少年が一皮剥ける姿って、なんかなんか……すごく萌える! さすが萌え神の愛息子様。今までで一番輝いてるよ!
「勝った」とばかりに見下ろす相手に、
「アッシュウス殿の時計の針も進むことを祈っている」
特に気負うでもなくそう告げて、ギードタリスは歩き出す。
「な……っ!!」
取り残されたマウント族が怒りに顔を染めたけれど、もう遅い。羽化しかけの少年はスタスタと歩き去った後だった。
「殿下……」
後を追うディニムーは感慨ひとしおのようで、言葉を詰まらせている。一緒に歩くリーズも同意見だ。
付き合いの浅いリーズでも、あの展開ならプライドの高いギードタリスは間違いなく食ってかかるだろうと思っていた。なのに、「おまえもさっさと大人になれよ」と言ってのけたのだ。しかも、体格差から察するに、かなり年上だろう相手に対して。
……なんだコレ。めっちゃエモい。
「!!」
そしてリーズは見てしまった。さらに尊い特別な現実を。
それはほんの一瞬のことだった。けれど、リーズの脳裏にばっちりがっつり焼き付いた。まさにお宝映像。生きてて良かった!
何の気なしにマウント族の少年を振り返った先、建物の高い窓。そこに魔王陛下の姿があった。
離れた場所だし、すぐに背を向けて部屋の奥へと消えてしまった。でも、見間違いなんかじゃ絶対ない。
魔王様も! 息子の成長に打ち震えてた! ディニムーレベルで!
リーズは見た。魔王が感極まったとばかりに、片手を口にあてているのを。
うはぁ…………もう、もうもうもうっ!
遠くから見守ってるとか……心配でハラハラ見てるとか……あげく感動しちゃうとか……っ。冷血魔王の無表情神話が崩壊しちゃってるんですけど!?
ハァ……好き。好き過ぎてツラい。
なんだろう……魔王様に付け入る隙を見つけるべく観察記録をつけようと思ったのに……わたしの忍耐力が試されてる? 推しが推し過ぎて激推さないと気が済まない。なんて深い魔王沼……。
「殿下、よく我慢しましたね。素晴らしい対応でした。アッシュウス殿が道化に見えましたよ」
「そうか? ……というか、アッシュウスはあれほど幼稚だったか?」
「まったくもっていつも通りのアッシュウス殿でした。殿下が成長なさったんです。……しかしあの顔は見物でしたね」
あはは、と陽気に笑い出したディニムーだが、ギードタリスは怪訝な表情を崩さない。
「成長、か」
なぜかこちらを見る王子と目があった。反射でにっこり笑っておく。
「早く成長したいものだ……」
四日目。早くもリーズは自身の浅はかさを思い知らされていた。
連日のように萌え過ぎて、なんと、ついに知恵熱を出したのだ。
「わたくしは大丈夫よ……?」
今日も今日とて萌えの神の恵みを感謝していただかねばならない。多少頭が痛くて、顔が赤いくらいなんだというのか。
「ダメです! 姫様の一大事です! 王子様達にはアンジュから伝えるですから、姫様はちゃんと寝ててください!!」
フラフラする体では力が足りず、アンジュに易々とベッドに向かって押し戻された。
「ううぅ……」
「そんな可愛い顔してもダメです! 姫様は何したって可愛いから、ほだされないです! アンジュは姫様の健康第一で考えるですっ!」
理屈はよくわからないが、思ったよりアンジュは頑固だった。リーズは顔をしかめ、回らない頭で考える。
……そうだ、後でこっそり抜け出せばイイ。
「………………姫様、お夕飯は食べれそうです?」
……ハッ!! え、お夕飯?
リーズ一生の不覚。うっかり、丸一日爆睡してしまったらしい。外はとっぷり暮れていた。
くうぅ……っ!
せめて今日は特別な萌え魔王が降臨していませんように! 大事なシーンを見逃してたら…………泣くっ!!
ブクマ、評価、ありがとうございます。
萌えの同士がいらして嬉しいです( ´艸`)