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溺愛し過ぎる悪役魔王に恋する耳年増令嬢  作者: 千魚
(「推し」に目覚めた耳年増)
12/36

耳年増は「沼」にハマった。

推しへの愛が暴走して、ちょっと長くなってしまいました……。

 中庭にいる姿が回廊から見えたからつい可愛い息子に会いに来てしまった──。


 ソッコー濁したけれど、魔王はそう言っていた。というか、その言葉を飲み込んでいた。

 うん、絶対。心密かに確信したリーズは、本日のお役目、社交ダンスの指導も中庭で行うと宣言した。


「ホールの方がイイのではないですか?」


「ディニムー様の仰ることにも一理ございますが、殿下はダンスの基礎ができていらっしゃいますもの。広いホールよりも、中庭で彫像や木々を他の招待客に見立て、避けながら踊る練習をなさるのがよろしいかと」


「確かに……。しかし、そんな実践的な練習をするにはいささか、殿下とリーズ様では身長差が厳しいのではありませんか?」


「本日のギードタリス殿下のお相手はアンジュが致します。彼女は小柄ですから。わたくしは指導者としてステップのお一つお一つを見極めさせていただきますわ」


「ううぅ……アンジュ、ダンスはあんまり……」


「ディニムー様は本日も席を外されますか?」


「そうですね……。用事を済ませてしまえるならありがたいです。あ、ではリーズ様。これを。音楽を流す魔術具です」


 うふふふ、布陣は完璧。これで、うまくいけば臨時開催予定期間限定魔王様鑑賞会の鑑賞に集中できる。


 きっと魔王は釣れる……と思う。わざわざ回廊から見易い位置取りをするのだし、不在だという噂も聞かない。これで釣れなければ……いや、むしろ釣れるまでレッスンを続けよう。付け焼き刃のアンジュが不安要素だが、ここは一つ、頑張ってもらうしかない。


「さぁ、では音楽をかけますわね」


 空は生憎の曇り模様。しかし、真夏の太陽に照りつけられるよりはずっとマシだ。ダンス日和と言ってしまってもイイだろう。

 ライシーンの王宮に比べ、魔王国の城は北方な上に標高も高い。冬は想像するだに恐ろしいが、夏場は随分と過ごしやすい印象だった。


 リーズが魔術具の蓋を開けると、初心者向けにリズムを取りやすいよう編曲された弦楽四重奏曲が中庭に流れ始めた。オルゴールに比べると、音質や音量が圧倒的だ。

 「なぜオレ様が……リーズがイイのに……」と何やら不満げなギードタリスと、珍しくスカート姿のアンジュを組ませ、ステップに合わせたカウントを取る。


 下働きあがりのアンジュだが、魔王国への随伴者に選ばれた時点でライシーンの女官として、必要最低限の教育を受けて来た。運動神経は悪くないし、ギードタリスが練習する程度の曲なら踊れるはずだ。

 問題は小柄なアンジュをしても戸惑わずにはいられない身長差。ギードタリスは愛用の練習専用厚底魔術靴を着用しているが、それでようやく身長差がゼロになった程度で、動きはどことなくぎこちない。リーズなら技術でカバーできるレベルだが、アンジュでは役者不足だ。


「アンジュ、顔を上げて。殿下、わずかながら遅れておられます」


 それでも、二人は彫像や植え込みをなんとか避けて一曲を踊りきった。

 ゼィハァと粗い息をついて座り込む二人に、


「反復練習あるのみですわね……」


 ボソリと呟く。

 筋はイイ。ただ、今まで真面目にダンスの練習をしてこなかったギードタリスと初心者感の残るアンジュだ。圧倒的に曲との親和性が足りない。ベースとなるリズムを体にしっかりと染み込ませれば、もっとスムーズに動けるだろう。


 サアァっと青ざめて顔を見合わせる二人には気付かぬまま、リーズは再度曲を流す。

 例え魔王を釣るためのレッスンだって、やるからには妥協できない。


 疲労で動きの鈍ったアンジュが植え込みにボスボス突き刺さるようになった頃、


「ほぉ。真面目にやっているようだ」


 待ちに待った美声が中庭に響いた。

 動き回っていたリーズの横手、ギードタリスの正面だ。


「……はい、父上」


「次期魔王として当然だがな」


 優雅に跪いたリーズと、倒れるように跪いたアンジュ。その間に立つギードタリスは前回のように駆け出さず、その場で息を整えている。厳しい物言いの父親との距離を計りかねているのか、単に疲労困憊なのか。……まぁ、どっちでもイイ。


 長い上着の翻る音と安定の美声にうっとりしつつ、リーズはこっそりと様子を窺う。既に脳内はお祭り騒ぎだ。だってまた! 溺愛系ツンデレ魔王がツンツンしてる! コレきっと後で、「なぜもっと優しい言葉をかけてやれなかった」とか一人で悶々とするパターンでしょっ!?

 あぁもう、妄想が捗りますわっ。


「先程から見ておればギードタリスよ。これは多数の中で踊るための訓練に相違ないか?」


「……そうです」


「であればステップが間違えている」


 もはやデフォな愛情誤解モードに入っている息子相手に、魔王は失敗を重ねて行く。

 普段ならフォローしてあげなくもないリーズだが……


「見ておれ」


 推しの超絶優雅なステップ! 眼福です! ご馳走様ですっ!

 しかも「先程から見て」たとか、無自覚で白状してるしっ!


 障害物を避けるための足の位置を、ギードタリスはどうしても一歩分間違えてしまう。魔王はそれを実践で教えるべく、軽い動きで手本を見せた。


 ふわりと広がる黒の上着と銀色の髪。華麗な所作にはなんと、


「この時だ。ここにパートナーの足があると想定せよ。さすれば、次に動ける場所はこちらのみだ」


 美声による解説まで付いている。


 ふぉおおおおっ!!

 何この至福の空間!! 中庭開催にしたわたくし、グッジョブ!


「……こう、ですか? アンジュ、立て。ここがこうなるから…………」


「違うな」


「……えっと……こう、で……」


「ふむ…………」


 無事に臨時開催されている期間限定魔王様鑑賞会。全力で鑑賞することに忙しいリーズは、着実に落ち込みつつある主へのフォローを捨てた。それどころじゃない。


 冷淡魔王のギャップにがっつり萌えを覚えた結果、リーズはドップリと魔王沼にハマってしまった。平常時の凍えるような眼差しだっていずれ垣間見せるギャップへの伏線。むしろ、冷たければ冷たい程、期待が高まる。

ちょっと変態くさい自覚はあるが、もう、魔王の存在自体が萌え。萌えの塊、神降臨。


 魔王領に来て長らくの抑圧から解き放たれたリーズは、初めて痛感した「最推しラブ!」という感情の暴走を止められなかった。

 というか、推しの鑑賞めちゃくちゃ楽しい。後宮女官達が貴公子相手にキャーキャー言ってたノリが今ならわかる。魔王様限定だけど、なんというか、推せば推すほど、世界が輝く。光が差す。まさに神。


「そこの娘」


 だから、神が指し示された「娘」が自分のことだとは思わなかった。


「リーズ。呼ばれているぞ……?」


「え? は、はい! 何用にございましょうか」


 ギードタリスの呼びかけに、「あ、わたくし、神と同じ次元にいたの!? え、イイの!?」と瞬間、不審な挙動を見せてしまった。

 しかし、芯まで染み付いた後宮教育。受けてて良かった後宮教育。どこでどう役に立つかわからないよ後宮教育! 世界の首脳陣から絶賛された麗しの微笑みを瞬時に浮かべて、リーズは控えめに小首を傾げる。


……良かった。アンジュが「さすが姫様メチャカワユイ」とか呟いてる。無事セルフリカバーできたようだ。


「ギードタリスに手本を見せる。相手せよ」


「っ……かしこまりました」


 うっそ! うそでしょ!? え、これ夢!? あ、ご褒美!? このレベルのご褒美って……わたくし死んだの!?


 何気なく差し出された魔王の手。

 あらやだ意外と男らしい……じゃなくて!


 磨き整えられた漆黒の爪に、節の目立つ長い指。リーズは淑女らしく優雅に立つと、そっと、差し出された魅惑のゴッドズハンドに己の手を重ねた。

 ……唾を飲む音、聞こえたりしてない? 大丈夫?


「先程の足捌きだが……娘、右足をこちらに」


 やばいやばいやばいやばいやばい……っ!!


 重ねた手はひんやりとしていた。それでこそ魔王様!! と思わせる低体温だ。

 その上、腰に響く素晴らしい魅了呪文ヴォイスがリーズの耳のすぐ上から流れ込んで来る。

 ……あ、なんだろう……腰骨の奥がキュンとする。マズい……膝の力が抜けちゃいそう……っ!


「この足を避けると……こうなる」


「あ、わかりました父上! アンジュ……こうだからこっちに……」


「いや、逆だ。こっちだな」


「……そうか……ええっと……」


 受けてて良かった後宮教育!! 何度目になるかわからないが、この状況に何度でもそう思う。


 いや、だって……急に推しと急接近とか急過ぎて思考が停止するに決まってる!!

 ヤバい、幸せ、耳ゾワゾワする、ヤバい、魔王様超カッコイい、ヤバい、幸せ、ヤバい、手とか超意識するし、ヤバいもう片手が何気に腰に……っ!


 はぁぁぁぁ……これが……めくるめく官能の世界、なのね…………。


 女官達が言っていた。「脳が溶ける」と。「昇天する」と。まさにソレ。

 わたくし、ついに知ってしまったわ……。


 今がダンスレッスンで良かった。もったいなくもパートナーの役を仰せつかった以上、至近距離からガン見できる。パートナーの顔を見るのは普通ですものっ!

 今までエスコートしてくれた人間は全員、リーズのことをガン見して来た。だから、普通。穴が空きそうで嫌だわ……と思って来たけど、それが普通なんだから仕方ない。仕方なく、仕事だから仕方なく、心置きなく御尊顔を凝視する。


「こう……ですか?」


「…………そうだ……っ」


 …………キュウウウウウゥゥゥゥンっ!!!!!


 キタキタキタキタ、コレ!!!!

 コンマ数秒の甘い微笑み!!!!!


 魔王の顔しか見ていないリーズにはわからなかったが、ついにギードタリスがステップを成功させたようだ。


 嬉しそうに目を細め、愛おしげに息子を見る優しい眼差し。

 ごく一瞬、ほんのりと上がった口角。


 ふぐわぁぁぁぁぁっ!!

 何コレ、物理的殺傷能力あるんじゃない!?

 吹っ飛びそうな理性を総動員して必死に耐える。


 そう、コレが見たかった。でもこんな近くで見たら失神する! キュンキュンキュンキュン全身うるさい!!

ハア…………ヤバ尊い。

 なんだってこの魔王陛下、こんなにも激しいギャップを隠し持つのか。気合いで耐えたけど……萌え死にそうだ。あ、そうか、わたくしを殺すつもりか……萌えを堪能し尽くすまで絶対死なないけど……萌え殺される……え、何のために??


「できぬはずがないのだ。今後も励め」


 スッと添えていた手が外された。

 きっと魔王の中で満足する何かがあったのだろう。来た時同様のさり気なさで、魔王は執務へと戻って行った。


「…………ハァ」


 溜め息は三者三様、同時に漏れた。

 ドサリ、と地面に崩れる音も。


 一人は相変わらずの悪態混じり複雑な感情と疲労のせいで。

 一人は緊張と疲労で立っていられず。

 もう一人は魂を抜かれて。


「父上は厳し過ぎる……リーズ……アンジュもご苦労だったな」


「ふはぁ、もうダメ、疲れたですぅ……。……うぁぁ、姫様さすが、やっぱりアンジュとは違うですね。ダンスでお顔が真っ赤になってるのに微笑みを絶やさないとか……カワイイすごい」


「………………」


 ………………天国!!



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