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溺愛し過ぎる悪役魔王に恋する耳年増令嬢  作者: 千魚
(「推し」に目覚めた耳年増)
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耳年増は「萌え」を理解した。

 王侯貴族の教養として読み書き礼儀作法はもとより、美術、音楽、舞踏が必須なのは、人間も魔族も同じらしい。

 今日のリーズは、ギードタリスの絵画の教師として王城の中庭に出ていた。


「良い天気だな」


「左様でございますね」


 ニコニコニコニコ。


「こんな天気の日は害獣狩りに……」


 ニコニコニコニコ。


「…………わかったわかった! さっさと仕上げれば良いんだろう!?」


「さすが殿下。物わかりが大変およろしいですわ」


 ディニムーから「人物画のバランスの取り方を教えてください」と言われたため、今回のモデルは中庭にポツリポツリと置かれた彫像にした。どれも歴代魔王の姿を模した作品で、各時代随一の芸術家が堂々たる偉容に仕上げている。


 その彫像群の中から、リーズは現魔王の像を課題に選んだ。

 いずれ劣らぬ素晴らしい彫像達の中で、現魔王の像は一際繊細な技法が用いられている。写生するには難度が高いが、絵画があまり得意ではないらしいギードタリスの興味感心を優先した。実際に知る人物の方が、雰囲気を掴みやすい分、心理的なハードルは下がるだろう。


「この像はあくまでヒントに過ぎません。ヒントを元に、本物のお父上をくつもりでえがかれてみてくださいませ」


 リーズは残念ながら、初対面以降、魔王陛下と顔を合わせる機会に恵まれていなかった。しかし、あの研ぎ澄まされた、暗い美しさは忘れようもない。

 彫像になり、眼差しの鋭さはだいぶ失われてしまっているが、それでも美丈夫と言うに相応しい威厳があった。


「殿下は細かなパーツを先にお描きになるため、全体のパースが少々取りにくくなってしまうのではないかと存じます。瞳を大切になさって初めにお描きになるのは素敵な感性でございますが……」


 リーズのたおやかな指先が、ギードタリスの持つ紙の端をすっと指差す。


「こちら側。このままでは陛下の肩口が描ききれなくなってしまう可能性がございます。紙を足す、という手法もございましょうが、わたくしはこのように……」


 自分の持っていた紙に輪郭だけの粗いデッサンをさっと描き、リーズは主に見やすいように向きを変えた。


「まずは大雑把に全体を捉え、それから細部を書き込んで行くことをお勧め致します」


「ほぉ……流石だな」


 実は9歳ほど年上だと知ったが、それでもリーズにとってギードタリスは可愛い弟のような存在だ。普通の侍女仕事は禁じられているものの、主を立派な成人に育てあげるのも侍女の仕事。自分の持てる技能を伝えるのに否やはなかった。


「ハァ。……そうだ! リーズはお手本としてオレの絵を描け! 未来の魔王だぞ、光栄だろ!?」


 重い溜め息をつきながら新しい紙を用意していたギードタリスが、ふいに「イイことを思いついた」とばかりに顔を輝かせる。


「それならオレももう少し頑張ってみよう! どうせ絵のモデルになっている間はロクに動けんからな」


「ふふっ。光栄でございます」


 自分で自分の首を絞めたことに気付かない可愛らしい提案に、リーズは嬉々としてノった。

 主の絵姿など、許可ナシに描けるものではない。実は、前々からこの愛らしい外見の少年を描ける機会を狙っていたのだ。


「どっちが上手く描けるか勝負だ!」


「かしこまりました」


 ふんっ! と鼻息荒く画材を手にするギードタリスを微笑ましく見ながら、リーズは早速手を動かす。


 子どもは元々嫌いではない。退屈な日常にあって、子どもほど行動を読めない、破天荒な存在はなかった。

 けれど、どんなにやんちゃな子どもも、自分の宮を持つ頃にはすっかり躾られ、面白みがなくなってしまう。その点、ギードタリスはずっと子どものままでいてくれるのだ。なかなかに理想的な主だと思う。


「……精進しておるようだな。ギードタリス」


 その声は前触れもナシに降ってきた。

 一度聞いたら忘れられない、脳髄を溶かすかのような美声。


 ゾクリと腰のあたりがザワつく。わたくし、声フェチだったのかしら……。うっとりとそんなことを思ったリーズは、次の瞬間ハタと我に返り、咄嗟に恭順の意を示して跪いた。


「父上!」


 子どもらしい、愛情と緊張の滲んだ声がパタパタと魔王の方に走って行く。いいなぁ、あの超キレイな顔、生で見られて。


「お仕事は良いのですか?」


「うむ。回廊から其方の姿が見えてな。……逃げ回ってディニムーに迷惑をかけておらぬかと……」


 ……ん? せっかくイイ親発言だったのに、魔王様、今、なんだか余計なことを慌てて付け加えたような……。


「……今日はリーズと絵画の練習をしてたのです。リーズ、オレは逃げ回ったりしてないよな!?」


 あぁほら、余計なこと言うからご子息、ご機嫌斜めですよ。


「熱心に練習していらっしゃいました」


「あ……いや、別にそういうわけでは……ゴホン」


「父上。オレのリーズはとても絵が上手なのです。リーズ、父上に今描いた絵をお見せしろ」


「かしこまりました」


 殿下ナイス! これで堂々と魔王様のご尊顔が拝める。


 しずしずと絵を捧げ持って魔族の王族父子に近づきながら、リーズは「鑑賞される側だったわたくしが、殿方を鑑賞する日が来るとはびっくりよね」と内心独り言ちた。

 なんと言うかこの父子おやこ、創作意欲を刺激する。


 息子と異なり、父親の方は長いプラチナブロンドに紫の瞳。魔性の美とはまさにこの事だと思わせる、陰のある冴えた美形だ。

 ちなみに父子仲良くお揃いの角は漆黒で、他の魔族達より造型が繊細かつ艶やかだった。


「ほぉ、ギードタリスの絵か」


 差し出された用紙を手に取り、魔王がしみじみと「上手いな」と呟いた。


 …………え?


 その瞬間、伏し目がちにしながらも魔王の美貌を凝視していたリーズは、目を疑って息を呑んだ。


 魔王の瞳が……氷のごとく冷たく鋭い魔王の瞳が、リーズの描いた我が子の絵を見て、ゆるりと溶けて微笑んだのだ。


 あまりに一瞬過ぎて、幻かと思うほどの奇跡だったが、リーズはしかと目撃した。後宮教育が骨の髄まで染み込んだリーズだ、ヒトの表情を見誤るはずがない。


「この絵……いや、何でもない」


 あまりの落差に動揺しまくりつつ、なんとか、礼儀作法にのっとった笑顔を保つ。


「オレは父上の絵を描きました!」


 リーズがドタバタの内心を押し隠しつつ目を離せないでいると、どうだ見てみろ、とばかりにギードタリスが自分の描いた絵を魔王の前に突きつけた。

 しかし身長差の関係で、振り上げた紙は頑張っても腰のあたりまでしか届かない。ちょっとほのぼの……と現実逃避気味に思ったリーズは、またしても目を疑う。


 絵を重ね持った魔王が、眉間にぐっとシワを寄せ、静かに素早く口元をもう片方の手で覆った。


「そ……そんな険しい顔をしなくても…………オレも今に上手くなります! リーズが教えてくれるんだから……だろ!?」


「……左様でございますね」


 小さなギードタリスには見えなかったのだろう。リーズはしっかりくっきりこの目で見た。

 手で覆われる直前、魔王の口元がニヨッと嬉しそうに歪んだのを。


「……励め」


「…………クソっ」


 サッと素早く立ち去って行った魔王の背中に、王子は小さく悪態をつく。


「父上はいつだってあぁだ」


「『あぁ』、とは……?」


「……オレのコト、嫌いなんだ」


「え? ぇ……そうは感じられませんでしたが……」


 てかアレ、絶対息子大好きでしょ。

 立場上だかなんだか自制している理由は知らないが、絶対あの態度は表向きだ。間違いない。


 思い返せば、最初の謁見の時だって魔王はひたすら息子の方を見てたし、今もずっとそうだった。

 息子の肖像画が可愛く描かれていたからつい微笑んだ。息子の描いた「パパの顔」が嬉しくてつい、笑ってしまう──。


 普段の姿からは想像できないほどに愛情の滲んだ魔王の表情かお。柔らかで優しい……。


 ……ふわわわぁぁぁっまさか……コレが噂の「ギャップ萌え」!?

 いやぁ魔王様、めちゃくちゃ可愛いんですけどっ!! ツンデレって言うか、全然隠せてなくてマジ可愛い!!  あれで隠してるつもりとか、もはやあざとい!!

 ……え、アレぞ紛うことなき氷の微笑!? それとも雪解けの春の訪れ!? すご……胸の辺りがキュンキュンする! これが「萌え」!! すごいぞ「萌え」!! あぁもう、今すぐ奇声を発しつつ転がり回りたい!


 さり気なく二枚の絵を持ち去っているあたりが、リーズの予想の確かさを裏付けている。きっと、自室で大切に保管するのだろう。


 ……ふぉぉぉぉぉおっ! あの魔王、あんな顔して息子ラブだ。たぶん、溺愛レベルで!!


 はぁぁぁぁんっもう一回拝ませて!!


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