終末の終焉
ーーーーーー学生街・展望公園ーーーーーー
閑散とした自然公園。
僕はベンチに腰掛けていた。
ここは塔の淵にあるから抜群に見晴らしがいい。教室からの景色に勝るとも劣らない。一歩踏み外すと投身自殺まっしぐらだけれど、まあ結界があるから問題ない。RPGの見えない壁みたいなものだ。
とってもいいスポットなんだけど、ほとんど人はおらず寂しげだ。
いや、公園だけじゃないか。今となっては学生街・白の塔・ひいては統合都市全体が活気を失っている。
黄昏の空、揚々と空を駆けていた魔女たちはどこかへと去った。
いつも騒がしい塔下の街も、今は息を潜めている。
遠方にあった竜の巨影は姿を消し、そこにはもう誰もいない。
学校は休校になり、それなりの学生達が故郷へと帰った。
無論、僕みたいにこの都市に残留することを決めた人も多い。これは両親とも話して決めたことだ。
とはいえ実感もイマイチ沸かないんだ。
もしかしたら今日が最後の日になるかもしれない。なんで、好きな景色を見てたんだけども。なんて言うんだろこの状況。あれだ、黄昏ているって言うとちょっとかっこよくていいかも。
「いい景色だろう天理くん」
不意に話しかけられた。
振り向くとそこにいたのは白衣の男だった。白人でまさに金髪碧眼といった感じ。白衣だから、と言うワケじゃないけどそこはかとなく知性を感じさせる。
ってそんなことはいい。
この人なんだって僕の名前知ってんだろ。ま、まさかストーカー?いやこんな冴えない男にそりゃないわ。
怪しいな、この男。
「あの──」
こっちの言葉に耳を貸さずに彼は続ける。
「ここは限りない人類の発展を実感できるからね、いつきても清々しい」
「そう、ですか」
「けれど、それもここまでのようだ」
どうやらこの人も巨竜による終末を憂いているらしい。それは仕方ないことだ、僕だって死ぬのは怖いし。今僕が割と落ち着いてるのだって、『滅び』というものが漠然とし過ぎて実感が湧かないからだし。
「ま、まだわからないですよ。あの竜が人に仇なすとも限りませんし」
「いいや、このままゆけば滅びは免れないだろう早ければ明日にでも。私たちにできることなんて祈る事くらいさ」
随分と強い口調だ。そこまで熱烈に終末論を信仰してるのもどうなんすかね。
そんなことを思っていると「フフッ」と男はいきなり吹き出した。
「冗談さ」
「は?」
やべ、つい本音が漏れてしまった。
ところがどっこい男の方はまるで気にしていないみたいだ。
「いや、冗談でもないか。このままでは終末論者大喜びな結末を迎えかねない。しかし私がそれに甘んじる道理もない」
「はあ、なるほど?(なんか怖、この人)」
男はスッと人差し指で天を指した。
「ここの上空5000メートル──オゾン層には衛星型殲滅兵器ティタノマキアが配備されている。そこから放たれる威力は統合都市を守る13層の魔法障壁を難なく貫通し、都市及びその外縁およそ5kmに風穴を空ける」
「……何を言ってるんです?」
「基本的には秘匿されているからね、知らなくて当然さ。この兵器が作動する条件は三つ。
1、この都市が壊滅的被害を被った際の自滅機構として
2、壊滅的被害の可能性を高い場合、それへの迎撃手段として
3、神域クラスの災害の迎撃
今回はまあ2と3だね。1の可能性もあるっちゃあるけどそれは最悪なんでノーカンで」
この人、飄々としてこそいるけど嘘を宣っているとも思えない。というか嘘を言う理由がない。終末論に乗じた新手の詐欺、と言うのはなくもないけど。
でも、そもそもこの男が何を指し示したいのかが分からない。僕に何を伝えたいんだ。
「まもなく竜は来るだろう。可愛らしくも歩いてね。
私たちはそれを討つ。竜王殺しは過去に例がないけれど、まぁ1割弱くらいは成功するだろう。成功したところでこの都市は二次被害で沈んじゃうかもね。
まあ失敗よりはマシさ。失敗すれば日本は終焉を迎えるからね。世界的には、、、まあ、冬の女王やら砂の竜骸やらヤバいのは他にも色々いるししばらくは大丈夫かな。焦土と化すのは免れ得ないけど」
「わ、割と終末ですね……」
「ああ。だが、ここだけの話。我々人類には未だ最強にして最高の手が残っている」
なんだよ〜〜勿体ぶりやがって。内心結構ビビっちゃったんだが。
「それは『対話』さ」
彼はこともなげにそう言った。
「は?」と僕は思わず声を出した。
だって今更対話って。むしろ試してなかったん?判断遅すぎん?
「フフッ、ファーストコンタクトは大切だからね。送り出す相手は慎重に選ぶ必要があったのさ」
「ムム、そう言うものですか。じゃあ誰が選ばれたんです?」
「キミだよ、天理くん」
「はい?」
「『底なしの瞳孔』を持つキミに、私はこの仕事を託したい。
ま、該当者キミしかいないしね」
え!?この人僕の眼のことまで知ってるのか。いよいよ胡散臭くなってきた。ほんとに詐欺師か何かか?どうする、さっさと逃げるべきか?
こちらの感情を知ってか知らずか彼はちょうど懐から名刺を取り出した。
総合統合都市管理局・局長ノーヴィス=デルタロック。
僕は思わず目を見張った。
この組織の名前は知ってる。
有名な都市伝説だ。統合都市を表立って操っているのは日本政府。しかしその実態は都市管理局なる組織が操っている、と。裏でとんでもない反社勢力と繋がっているとか非人道的な実験を繰り返しているともよく囁かれたものだ。てっきり架空の組織かと思っていたけれど。
うーむ、この名刺ホンモノかなぁ?
ノーヴィスと名乗った男は軽く視線を逸らして苦笑した。
「正直なところ、悪い噂ばかり先行しているから色々疑うところもあるだろうね。
明日がリミットゆえに信頼を勝ち取る時間がないのが惜しいところだが。どうか信じて欲しい。
それに、こちらの依頼を呑んでもらえるならキミが望むあらゆる報酬を用意しよう」
彼は真摯だった。その瞳はどこまでも真っ直ぐで、ただ本当のことをいっているように思えた。詐欺師なら大した腕だ、俳優に転向した方がいい。
──……まもなく終末が訪れるのなら、この先僕がどんな行動を起こしても大差はない。ならノーヴィスと名乗ると男の言葉に耳を貸すのも一興なのかもしれない。
もちろん、この人の発言全てが真実であればだけれど。
安易に信じてみるべきじゃない。それは分かってる。
──けれど。けれど、やはり世界が明日終わるかもしれないのならば手を貸してみようと僕は思った。