2、新しい顔
「お初にお目にかかります! この度、聖女様の視察団に荷運び役として同行することになりました。リッカ・バウメルと申します!」
コンセプトは、一見印象には残らないけれど、報酬よりも内容で仕事を選び、リスクを上手く避けて地味に中堅の位置にいるタイプの冒険者の娘――だ。
少し緊張で肩身が張っている感じを出しつつ、声はいつもより高めで女子らしく。素直でやる気がある前向きさを、声音と表情で表現する。
「「…………」」
上司と依頼人に挨拶をしたのだが、なかなか反応がないふたりに耐えかねて、ラゼは素に戻った。
「……あ、あの。いけますかね。これ……」
ちらりと横を向き、棚の上の壁に備え付けられた鏡に映った自分を見て告げる。
そこに映っているのは、胸まで伸ばした茶色の長い髪に、深い青色の瞳をした娘だ。
久しぶりに前髪を作っていて、印象付けのためにわざと用意された青いスカーフのヘアバンドは、普段の自分では選ばないものである。
ガラリと変わった女子らしい容姿は、自分でも見慣れない。
変装を手伝ってくれた諜報部の面子と、話を聞きつけてきた同僚のジュリアス・ハーレイ少佐が仕上がりを見て、ばっちりだと太鼓判を押してくれたのだが、ラゼには一抹の不安があった。
何というか、顔の造り自体をあまりいじっていないのだが、髪を伸ばして目の色を変えただけで変装になっているのだろうか。
そして、その不安を煽るが如く男性陣が黙り込んでしまうのだから、ラゼは何か反応をしてくれと眼差しを向けた。
「……驚いたな。きっと誰も、その姿の君が『狼牙』とは気が付かない」
「良くも悪くも存在自体が目立たないですからね。たとえ勘づいても信じないでしょう。――上出来だ」
すると、しばらくの沈黙の後、返ってきたのは賞賛の声。
「…………恐れ入ります」
全くもって褒め言葉には聞こえないが、ラゼは頬を引き攣らせてテーブルに座って待っていた美麗な男性ふたりに返事をした。
ひとりは死神宰相こと、ラゼの上官ウェルライン・ラグ・ザース。
そしてもうひとりいらっしゃるのは、法衣をまとった親友の後見人。ゼール・イレ・モルディール枢機卿さまだ。
聖女ことフォリアの視察に同行することになったラゼは、急遽、変装のお披露目をしていた。
ちょうど諜報部で今回の変装を決め終えたところで、ウェルラインとゼールがお茶をしているとの情報が入ったので、いきなりジュリアスが予定を捩じ込んでラゼを部屋に投入したのだ。
なんの話も聞かされていなかった男性陣が、突然現れた人当たりの良さそうな娘に黙り込んだのは、純粋に理解が遅れたから。
そして、彼女が何者かを理解し、呆気に取られて更に沈黙が長引いた。
普段、軍服を着て、邪魔にならないように髪をひとつに束ねただけのラゼ・シェス・オーファンが、まさかこんな乙女に化けるとは――。
部屋に入ってきた時、冒険者の娘にしか見えなかった。
背丈は小さいが、年相応に洒落気にも気を遣っている、パーティなら後衛職であろう自立した女性。
そんな印象を、故意に抱かせられたのだ。
よく見れば、ラゼの顔は変わっていないし、髪の色だってそのままのようなのだが、素を見せてもらっても本人なのかと疑ってしまうのだから不思議だった。
「ゼーゼマン殿から諜報部時代の話は聞いていたけれど、まさかここまでとは。人を見る目には自信があったんだが、最初は本当に大佐だと分からなかった」
ウェルラインはしみじみとラゼを見つめる。
「初めは、もっと顔を変えようと思っていたんですが、隠すと見抜かれた時に逆に怪しまれるので、素をベースに仕上げてもらいました。長期の任務になりそうでしたので」
一体、ゼーゼマンからどんな話を聞かされているのかと、気になるところだが怖くて聞けない。
何となく説明を求められている気がして、ラゼは簡単に変装について答えた。
こうして宰相のウェルラインに、変装した姿をわざわざ見せるのは初めてだったのだ。
「その瞳は魔法薬か?」
「はい。今つけているのは一日だけの効能ですが、任務に入る時には一ヶ月保つものを使う予定です。色んな色があって面白いですよ」
ゼールから質問が飛んできたので、ラゼは頷く。
諜報部で着せ替え人形になっていた時には、眼鏡をかける案もあったが、伊達眼鏡は純粋に邪魔になりそうなので無しになった。
「……色は、大佐が選んだのかい?」
「いえ。ジェリア少佐に、染めるなら絶対この色しかないと言われまして。国旗の色に近いからでしょうか……?」
ジュリアスから何故か、すごくこの色を推された。
特にこだわりもないので、ラゼは言われるまま青い目になったのだが、特別な色だったのだろうか。
ウェルラインからも色の指摘をされるので、首を傾げる。
「なかなか手強いようですね。ウェルライン閣下?」
「……それは、私に言われても困るかな……」
「…………?」
何やらラゼには分からない会話をされてしまうが、分からない者は分からないなりに、彼らの邪魔にならないよう、大人しく口を閉じておく。
「こちらが、諜報部から預かって来た書類になります。休憩中に失礼いたしました」
ここに来るための口実に持たされた書類をウェルラインに差し出すと、ラゼは退室しようと一歩足を引いた。
しかし――。
「大佐、少し時間はあるかな」
「――ハイ」
ウェルラインに呼び止められ、ラゼは変装を解いて自分の仕事場に戻ることは許されなかった。
軍側の人間としてウェルラインの隣に座り、ゼールと向き合う。
「……何か問題が?」
空気が変わったのを肌身に感じ、恐る恐る口を開く。
そして、彼女の隣の美麗な上司は、少し困ったように眉尻を下げて告げた。
「聖女の視察に関してマジェンダ共和国から良き国交のためにと、護衛を派遣したいと打診があったんだ」
現地の案内人は必要だと思っていたし、自国のことならば護衛を付けるくらいは当然の成り行きだ。
(なんだ。それだけか……。身構えて損しちゃったな)
思ったより深刻な話ではなくて安堵したが、同行する立場としては、面倒くさそうな展開ではある。
まあ、フォリアを守るということは揺らがないのだから、それくらいのことでラゼ・シェス・オーファンが動じる訳もなかった。
「承知いたしました。護衛となると戦場ですれ違った武人と一緒になる可能性がありますね。リスクを完全に排除するならば、『狼牙』の私は外すべきかと」
彼女は淡々と任務について語る。
ウェルラインが自分を呼び止めてこの話題を振った理由は、それくらいしか思いつかない。
やる気満々で登場してしまったのが若干恥ずかしいところだが、仕事だと思えば何ともなかった。
「――そのリスクを取ってでも、俺はお前に任せたい。グラノーリ」
ただ、彼女にこの仕事を依頼したゼールの意思は固かった。お熱いアプローチで火傷してしまいそうだ。
懐かしい名には、フォリアと共にいた学生のラゼがいる。
彼の信用が何処にあるかを理解して、彼女は口を閉じた。
(向こうだって大切な聖女にシアンの戦闘に優れた人間が護衛に付くことくらい分かっていて、言ってるはず。それが『狼牙』なのは、ちょっと配慮が足りていないけれど、軍人が混ざっていても国交問題にはならない……かな……?)
要は、自分が『狼牙』だとバレなければいい。
戦闘能力を証明できなければ、こんな容姿をしたラゼが『狼牙』だとは断定できないだろう。
万が一、正体が明るみになりそうだったら、甘んじて処罰を受けて無能のフリをするしかない。
自分のミスは自分で尻拭いをする覚悟くらいは、とうの昔に出来ていた。
この職場では、命懸けではない仕事の方が珍しい。
ラゼはちらりと横のウェルラインを見た。
彼からは何も言う気がないようで、こちらの意見を待っている。
あくまで、マジェンダは自国民のクーデターによって政権交代しているので、シアンが力で押さえつけるようなことはできない。
戦争で勝っていたのであれば、ラゼの正体がバレようがなんだろうが有無を言わさず同行させれただろうが、そうは行かないのが今の隣国との関係性だ。
宰相閣下も、なかなか骨が折れる立場なことだろう。
「私は与えられた任務を遂行するだけです。任せていただけるのならば、自分の最善を尽くします」
ラゼは青い瞳を真っ直ぐに、本心から言葉を紡ぐ。
「――っ」
その海よりも深く青い眼差しに、ゼールは息を呑んだ。
彼は自分が無意識に、彼女の肩書きと実績という上辺しか見ていないことを、思い知らされた感覚に苛まれる。
フォリアのためならば、どんな手段でも使ってやるという気概で、この国一の軍人でありフォリアのことも大切にしてくれるだろうとラゼに依頼をしたが、彼女のことをちゃんと見ていなかったのだ。
だから、リッカ・ハウゼンと名乗った娘がラゼだと気がつくまでには、かなり時間がかかったし、今も彼女の覚悟を見て気圧された。
「……流石、フォリアが親友と認めるだけはある」
ゼールは、ハッと笑いをこぼす。
フォリアと同じ年のはずなのに、底がしれない娘だ。
だからこそ、彼女以外に任せられる人材などいない――。
「今朝、視察のルートと日時について連携が来た。――フォリアのことを頼む」
「ハイ。必ず、お守りいたします」
変装姿で見た目の印象とは、ちぐはぐな返事だったが、これ以上頼もしい答えも他になかった。




