番外編・おまけ
「番外編・とある休日」のおまけです。
「本当に持って帰るんですか……?」
「君が嫌なら、返すけど?」
ヘレンから写真を受け取ったアディスは、ちゃっかりそれを胸ポケットにしまったままだった。
食事を終えて雨が上がった外に出ると、うやむやにされたが忘れてはいないぞと、ラゼは彼に言う。
「……撒き散らしたり悪用されなければ、別に小さい時の写真くらいどうってことないんですが……」
「なら、もらっとくよ。絶対に母さんが見たがるから」
「ああ、ザース夫人が……」
「あの人、君のファンなんだ」
アディスの母親バネッサとは、ラゼも面識がある。ウェルラインが無理をしがちで、たまに昼食を持って参謀本部に現れるというのは軍人の中では有名な話だ。
(確かに、バネッサ様なら見たいって言うかも……)
彼女の性格を知っているラゼは、アディスの言葉に納得する。きっと今日、アディスがラゼと出会ったことはウェルラインから知らされるだろうし、その時何があったか聞かれれば、話の種くらいには役に立つのかもしれない。
ふたりは雨上がりで太陽の日差しがキラキラと輝く道を、行き先も決めずにのんびりと歩いた。
「二年生の学園祭準備中に言ったこと、まだ覚えてる?」
「……え?」
何のことだか思い当たらず、ラゼは頭を捻る。
つい一年ほど前のことなのだからすぐに思い出せそうなのに、その頃のことは全てが懐かしく感じた。本当に夢のような時間で、こうして学生の友人と出会うと自分が学生をやっていたことを実感するくらいには、現実味のない任務だった。
彼女がなかなか答えを出せないことを察したアディスは、苦笑する。
「冬休みに、うちに遊びに来いって話」
「――あ! そんな話がありましたね」
そういえば、ふたりで昼食を食べた時に言われた。あの時は確か、アディスはラーメンを食べていて、改めて乙女ゲームの世界観に感心したものだ。
鮮明に記憶が蘇り、ラゼはすっきりしてパッと顔を煌めかせる。
バネッサが会いたいから連れてこい、というきっかけでアディスに誘われ、彼女からのお呼び出しなら行くしかないと覚悟を決めたのだった。
「君が学校を辞めたから、結局あの話はなくなったんだ」
「そうでしたね……。すみません、色々と……」
しかし、アディスの話を無くしたのは、ラゼ自身。
マジェンダとの戦争が始まって学校を辞めたので、二年生の秋以降は思い出が切れた。
「ルカからラゼ・グラノーリは死んだって聞かされた時は、流石に驚いたよ」
「……その節は、ご心配をおかけしました……」
学校を辞めると決めた時には、もう彼らとは会わないつもりだった。
たとえ近い将来に仕事で顔を合わせることになっても、軍人として一線を引くことになるだろうと思っていたからだ。
任務とはいえ、身分を隠して嘘をつき続けた、人殺しの自分が彼らの友人としていられるとは考えられなかった。
「君が生きてて良かった」
アディスがさらりと告げて前を向く。
ラゼは彼の横顔を見つめた。
その表情は晴れ晴れとしていて、今日その言葉をそんな風に言うのはズルいな、と。彼女は思う。
「約束だから。今度、うちに来なよ。別に今日でもいい」
「えっ」
そして、突如投下された誘いにラゼはギョッとする。
「流石に今日は突然すぎて申し訳ないです! また今度、色々と整えてから伺わせてくださいッ」
慌てて断りを入れると、アディスは微笑んだ。
「わかったよ。きっと母さんも張り切るだろうし、君が色々整えてくるのも楽しみにしてる」
「…………」
もしかすると、何か答え方を間違えてしまっただろうか。
ラゼはぐっと口をつぐむ。
「……あのさ。よかったら俺にも連絡先、教えてくれる?」
「あ、はい。そうですよね……。わかりました」
ラゼは魔法で手帳とペンを取り出して、住所を書き出す。
知ろうと思えばウェルラインからでも聞けばいいのに、そういうところが律儀な人だ。
ラゼは書き終えると、ページを切ってアディスに渡した。
「ありがとう。手紙送るよ」
彼は大切そうに、それも胸ポケットにしまう。
「安否確認だから、短くていいから返事をくれると嬉しいかな」
「流石、『青の貴公子』は言うことが違いますね……」
「…………」
純粋に距離の縮め方に感心して言うと、アディスはちょっと言葉を詰まらせる。
「君以外に、こんなことしないよ……」
「まあ、普通の御令嬢には安否確認なんていらないでしょうからね」
「…………ハァ」
「…………?」
アディスの溜息の意味は届かず、ラゼには疑問符が浮かぶだけだった。
そして数日後、ラゼの家にお菓子の入った小包と一緒に手紙が届くのは、また別のお話――。




