番外編・とある休日
小説③巻発売記念です。
「代表こんにち――って。あれ? いない?」
昼頃。休みになってラゼの執務室に勢いよく入ったビクターは、いつもの長机に主がいないことを知る。
「何の用だ? ビクター」
「今日は代表、休みだぞー」
部屋にいたのは彼女の副官クロスと、ハルル。
「や、休みって? まさか体調でも悪いとか?」
戦利品の入った紙袋を片手に握ったビクターはハルルから帰ってきた答えに慌てふためく。
「あの代表が遠征帰りでもないのに、体調不良になんてなるわけねーだろ。なったとしてもすぐ治せるだろうし」
昨日までピンピンしていて、本当に大きなイレギュラーでもない限り体調不良で休むことなんて滅多にないラゼだ。お前は代表が身体壊して休んだところなんて見たことないだろ、と。ハルルは肩をすくめた。
「そ、そうですよね……。あの代表ですもんね」
ビクターも納得して、冷静になった。
何か予定でもあったのだろう。
セントリオール皇立魔法学園に通ってから、ラゼには歳の近い友人が増えた。休日には定期的に顔を合わせているようで、話を振れば楽しそうにその時あった出来事を聞かせてくれる。
軍にいると男の武人ばかりなので、仕事とは関係なく気を許せる誰かと一緒に弾けることができるのは良いことだ。
自分の知らないラゼのもう一面が増えていくのは寂しい気持ちにもなるのだが、今まで年頃の少女が立派に軍人をやって血生臭い仕事に明け暮れていたほうが異常だった。任務とはいえ学生に混じっていた彼女は、その裏の顔さえ知らなければ、どこにでもいそうな少女。
学園祭の時を思い出して、今日はまた外務大臣の令嬢や浄化魔法の使い手と会っているのかもしれないと、ビクターは思考を巡らせた。
「で? その手に持ってる袋を渡しに来たのか?」
ラゼが使うものと近くに、もうひとつ置かれた机で作業するクロスはビクターが持っている袋に目をやる。
「そうなんです! 数量限定でいつ発売されるかもわからない、高級レストランのパティシエが作った幻の気まぐれケーキが運良く手に入ったので、是非代表にと思ったんですが」
「代表が好きそうだな」
「ですよね!」
軍では一番ラゼの近くにいる副官にお墨付きをもらえて、ビクターは嬉しそうだ。
「本当は今日渡したかったんですが……。代表、明日は出勤ですか?」
「ああ。それは冷蔵庫に入れておけよ」
「そうします!」
きっとラゼの驚く顔が見れるぞと、彼の表情は緩みまくり。
「今日は代表、ご友人と外出でもしてるんですかね〜? 明日会ったら、またお話しを聞きたいです」
呑気な後輩の姿を見て、ハルルは小さく息を吐いた。
「ビクター。お前、今日が何の日かわかってるのか?」
「……?」
何の日か。そう問われて、ビクターは考える。
仕事でいえば、特別な任務はなかったはずだ。
パッと思い付かず、その場に沈黙が漂うと、ハルルが言葉を続ける。
「代表の故郷フォーラスが壊滅した日だ」
「――あ」
やっと何故ラゼが今日休んでいるのか知って、ビクターは顔色を失った。
「……ご家族の、命日……」
一気に覇気を失った声が部屋に響く。
「そういうことだ。お前まで暗くなる必要はないが、弁えておけよ」
「き、肝に銘じます。ご指摘ありがとう、ございました……。僕、気が緩みすぎていたみたいです」
「わかればいーっての」
クロスが最後に締めくくり、ビクターはブンブン首を縦に振って同意した。
「……その。代表って親戚の方もいないんですか……?」
少し躊躇いがちに彼は尋ねる。
家族を失った日に、もしかしてあの人はたったひとりで過ごしているのだろうか。
そう考えたら、尋ねずにはいられなかった。
「そういや、オレも聞いたことがねーな」
「……父方の祖母と叔母がいるが、軍人になることを反対されてからはそれっきりだと聞いてる」
クロスから語られる初めて聞く話に、彼らは顔を見合わせた。
「今でも十分若いのに、あれよりチビだった時に、保護者になってくれそーな人の反対を押し切って軍人になったってことか?」
「……代表、波瀾万丈すぎません……?」
「ずっと昔からすごい人なんだよ。あの人は」
三人は、空になった長机を見る。
その後ろにある窓には薄暗い雲が立ち込め、ポツポツと小さな音を立てて雨が降り出す――。
◆
「……雨……。せっかく久しぶりに会いに来たのに、晴れなかったか……」
頬に雨が触れて、墓標の前に立ち止まったラゼは空を見上げる。
故郷だったフォーラス領の端っこにある墓地を、彼女はひとりで訪れていた。軍服ではなく白いシャツと紺色のスカートの組み合わせで、珍しくパンツスタイルではないのは、それが友人に選んでもらった服だから。髪の毛も適当にひとつに結ぶのではなく、前髪を編み込んで誕生日にプレゼントしてもらった髪留めをつけていた。
降ってくる小雨をものともせず、抱えていた母親と弟が好きだった青い花を供えて、ラゼは墓石に触れる。
「こっちは変わりなく元気にやってるよ。母さん。リド。それと父さんも」
ふたりと離れ離れになってから、今生きているのが不思議なくらい本当に色んなことがあった。
軍人になってからはここに来ると哀しい気持ちになるばかりだったが、学園に入学した後は少し前向きになった気がする。弟が出来なかった分まで、こんなことがあったと報告するのは、仕事の近況を報告するより気持ちは軽い。
それに――。
(私やカーナ様みたいな転生者もいるし、きっとどこかで次こそ幸せな人生を歩んでるよね……)
カーナや先読みの巫女のような転生者のことを知ったら、ここで眠ったふたりと殉職した父親もこの人生を糧にしてどこか違う世界で楽しくやっているかもしれないと思えた。
「……マジェンダとの戦争もやっと一区切りついて落ち着いたから、これからはまたのんびり暮らすよ。結構、お金も溜まってるし、もう少し軍で働いたらどこか旅にでも出てみようかな」
さああっと雨が次第に強くなって、ラゼは服が濡れないように魔法で雨を弾きながら、ひとりで近況報告を続ける。
「そうそう。私がこんな若い見た目だからか、『狼牙』だってこと信じられないらしくて。普通に街を歩いていても、不思議なくらいバレないの。もともと目立つタイプじゃないしね、私。顔見知りでも人に紛れたら、見つけるのが大変かも」
ラゼは淡い笑みをこぼした。
きっとこんな影の薄さ、目立たなさでは、天国の三人も自分を見守るのは大変だろう。せめて余計な心配をかけないように、騒ぎは起こさない程度にしなければ。
そんなことを頭の中で告げながら、ラゼはじっと濡れて色が変わった墓石を眺めていた。
「――傘もささないで、風邪ひくよ。ラゼ」
――だから、他の墓参りに来た客だと思って無視していた気配が自分の隣に立ち止まり、声をかけて来たことに驚いた。
「――ぅえ!? あ、アディス様? な、何故ここに……!?」
上を見上げれば、傘を差し出すその人物がアディスで、さらに驚く。
鳶色の目をまんまるに見開き、また少し身長が伸びた気がするその美男子に疑問をぶつけた。
「父さんの付き添い。当時フォーラスで仕事をしてた学生時代の同期が亡くなってて、俺もよくしてもらってたから……」
ラゼはゆっくり立ち上がり、未だに信じられない気持ちで目を瞬く。まさかこんなところで会うとは思うまい。
「……君も来てるかもしれないとは思ってたけど、まさか本当に会うとは思わなかった」
「そ、そうなんですね……」
驚いているのは、どうやら自分だけではないらしい。
「君の家族のお墓?」
「母と弟です。父は軍人で殉職してて遺体が見つからなかったので、名前だけ」
「そっか……」
アディスはラゼに傘を持たせると、その場にしゃがんだ。墓石に刻まれた文字を銀の眼が追う。
西洋風の墓だが、この世界では火葬が一般的であり、墓石は家族ひとつにまとめられることが多い。
だからこの墓には、三人分の名前が刻まれていた。
ラゼは慌てて自分の傘を取り寄せた。アディスの傘は彼に向けて、自分は自分で傘を差す。
アディスはその間、少しの間だけ目をつぶって、挨拶してくれたらしくラゼは目元を緩ませる。
「ありがとうございます。私にいい友人ができたのが、家族にもちゃんと分かってもらえたと思います」
彼が目を開けたタイミングで礼を言った。
「……俺も挨拶できてよかった」
アディスは立ち上がると、ラゼから傘を受け取ってじっと彼女を見つめる。
「ここにはひとりで……?」
「はい」
いつもこの墓にはひとりでくる。
国の外れにあるこの領まで、誰かを付き合わせようとは考えたこともなかった。
「いつもひとりで来るので、こうして友人を紹介するのはアディス様が初めてです」
「へぇ。……友人をね」
アディスは銀色の目を細める。
何か物言いたげな含みがあったが、気にしない。
「それにしても、よく私だってわかりましたね?」
そんなことよりも、しゃがんでいたのによく気がついたなと、ラゼが思ったことを口にすれば。
「ひと目見て、君だと思った」
アディスは即答した。
「……勘だけでわざわざ確認しに? 人違いじゃなくてよかったですね。そんなに私と話したかったんですか?」
「そうだよ」
「――へ?」
雨降る墓地の前だが明るい話をと思ってラゼは笑って告げたのに、返ってきたのはツッコミではなく肯定の言葉。
「君と話したかったから来た。久しぶりに顔が見れてよかった」
学生の時より素直だと感じるのは、きっと気のせいではない。ラゼは唖然とした。
「この後はどうするの?」
「え。あ、予定は開けてあるので、ゆっくりしようかと……」
「そっか。もしよかったら、一緒に食事でもする?」
「い、いえ……! 閣下もいらっしゃいますし、私は――」
考えてみれば、プライベートの時間に学園の知人とこうして外でばったり出会うのは初めてだ。
そのまま食事でもしようなんて流れになったこともなかったので、ラゼには想定外。あの学園潜入生活で、ずいぶん仲良くなっていたのだなと今更実感する。
それでも、ウェルラインの付き添いで彼がここにいるなら、遠慮したくなる。
こちらに歩いてくる上司の姿が見えていたので、ラゼは首を横に振った。
「ふたりで行ってくればいい」
しかし、挨拶をするよりも何よりも早く、ウェルラインが言った。
「お久しぶりです、閣下」
「ああ。オーファンくんも元気そうで何よりだ。こちらは気にしなくていいから、若いふたりで過ごすといい」
彼はそれだけ言うと、長居はせずにその場を後にしていった。ウェルラインも忙しい人だ。
「えっと……。どうしましょうか? 私、どこでも飛べますが」
「それは俺とふたりで食事に行ってもいいってこと?」
「……? そ、そうですが……?」
それ以外ないのに確認されてラゼの頭には疑問符が浮かぶが、アディスはそんな彼女を見てくすりと笑う。
「雨も強くなって来たしね。早く行こうか。……せっかくここまで来たから、フォーラスの郷土料理が食べたいかな」
「それならいいお店を知ってます!」
ラゼはパッと顔を輝かせる。
そして彼女の転移魔法で着いたのは、トルコランプのような色とりどりのガラスが使われたランプが目印のレストラン。
「いらしゃいませ――って、ラゼじゃない!」
「こんにちは。ヘレンさん。ふたりなんですが席は空いてますか?」
中に入ると丁度入り口近くにいた三十代後半ほどの女性が元気な声で出迎える。
「空いてるわよ! さあさ、早く中に入って! って、後ろの子は――彼氏が出来たのかい!?」
「うぇ!?」
とんでもないことを言われて、ラゼから奇声があがった。
「違いますよ!」
「なるほどね!」
「な、何がですか!?」
「分かってるわ。こんな大切な日に連れてくる人なんてねぇ……。まさかこんな美形を捕まえるなんて!」
どうやら否定しても逆に勘繰られると分かって、ラゼはぐっと黙った。
横にいるアディスはいつもの人当たり良さそうな表情でその様子を見守っていた。
「あの人は?」
個室の席に案内されると、彼は尋ねる。
「昔の家の、お隣さんです。母子家庭だったので小さい頃から気をかけてもらっていて」
ヘレンはラゼがまだ幸せにフォーラスで暮らしていた時の隣の家に住んでいた人だ。
弟のリドもヘレンおばさんと彼女を呼んで、とても懐いていた。
「たまに食事もご馳走になっていたので、私にとっては第二のお袋の味ってやつなんです」
ラゼはそう言うとメニューを開く。
フォーラスで有名なのは、ジビエ料理。
「どれがオススメ?」
「私は、鴨型の害獣を処理したローストが好きです」
臭みの少ない草食動物の肉を使った料理がおすすめで、ラゼはアディスに引き出されるまま、料理を注文した。
はりきったヘレンがサービスだと言って、頼んでいない料理まで机いっぱいに並んで、豪華な昼食になっていた。
乙女ゲームキャストの男子組がどうしているか。
ラゼはどんな仕事をしているのか。
アディスは今、何をしているのか。
思っていたより話題に困らず、始終和やかな雰囲気で食事は進んだ。
「すみません。ちょっとお手洗いに」
「うん」
ひと段落すると、ラゼは一度席を離れた。
「あら? ラゼがいない。ちょうどいいわ!」
「……?」
アディスがひとりで待っていると、ヘレンが食器を片付けに来る。
彼女は手早くカートに済んだ食器を乗せると、大きなポケットから何かを取り出す。
「えっと、お名前は?」
「アディスです」
「そう、アディスくんね。覚えたわ! あたしはヘレンよ。あの子、絶対恥ずかしがるから今のうちに渡しちゃうわ」
「これは……。――ッ!」
差し出されたカードのようなものをアディスは受け取って、目が釘付けになった。
「写真よ。小さい時のラゼが写ってる」
それはラゼの幼少期に撮られた写真で。
初めて見る彼女のあどけない姿に、アディスの心臓が何か音を立てる。
「可愛いでしょう?」
「…………ハイ……」
彼は口元に手を置いて、こくりと頷く。
「ふふ。どうやら、あなたはラゼのことを大切に思ってくれてるみたいね」
その反応を見透かして、ヘレンはニヤニヤと口角を上げる。
「――ヘレンさん? 何話してって!? そ、それは!!」
そこで席に戻ってきたラゼが、写真に気がついてギョッとした。
「どうしたんですか、これ。私の小さい時なんか見たって、何も楽しくないですよ!?」
「あたしは楽しいわ。いつかラゼが友だちを連れてきたら、絶対これを出して盛り上がってもらおうと思ってたのよ」
ヘレンは満面の笑みだ。
アディスも、写真を捲る手を止めない。
「君の綺麗な目は、お父さん譲りなんだな」
そして、言われた言葉にラゼはピシリと固まった。
どうしてかは分からないが、熱い。
みるみるうちに耳が赤くなっていた。
「あら。照れてるわ」
「え?」
「この子、照れると隠したがるけど、耳が赤くなるから分かりやすいのよね」
「ヘレンさんっ」
これ以上はやめてくれと、ラゼはヘレンを呼ぶ。
ヘレンの隣に立ったままの彼女は、たじたじだ。
「昔から責任感が強くて、弟のリドくんの面倒を見ながら冒険者として働いてたしっかり者のおねぇちゃんなの。甘えるのがすごく下手くそかもしれないけど、ラゼのことよろしくね。アディスくん」
「……はい」
アディスがしっかり頷くのを見て、ヘレンは首肯する。
「じゃあ、それはあたしからのプレゼント! ばっちり複製してあるから持って帰って!」
「え!? いや、私の写真なんてゴミになるだけ――」
「ありがとうございます」
「なんでポケットにしまうんですか!?」
母と弟の九回目の命日。
いつもこの日はひとりで墓参りをし、昔のことを思い出しながら、どこか物寂しい気持ちに蓋をして静かに過ごしていた。
それが今回は、一度潰えた故郷にいながら、こんなに賑やかな時間が経っていて。
ラゼの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
この度、『軍人少女〜』第3巻が10月4日に発売となりました!!
皆様の応援のおかげです。本当にいつもありがとうございます。
2巻に引き続き、3巻も新しいエピソードを加筆修正しておりますので、ラゼの更なる活躍をご覧になりたい方は是非書籍もよろしくお願いします。
また、コミカライズも連載中です!
何卒よろしくお願いします。
冬瀬




