番外編・乙女ゲームの行方
お久しぶりです。
書籍版2巻発売記念のSSです。
「ラゼ! いらっしゃい!! 待ってたわ! さぁ、入って!」
「お、お邪魔します……」
とある日の休日。
ラゼは片手に有名店の菓子折りやら、自分で調達して来た魔石が入った紙袋を持ち、服は手持ちの中で一番上等なものを選んで、その日を迎えていた。
今、彼女がいるのはモーテンス邸。
つまりはカーナの実家だった。
執事に案内されて大きな門をくぐり、シャンデリアが輝くエントランスに足を運べば、ドレス姿のカーナが満面の笑みで迎えてくれる。
(家でもドレスかぁ……)
一年前まではセントリオールで生活を共にしていたからかあまり感じなかったが、やっぱり住んでいる世界が違う。
ラゼはちらりと視線を下に落として、自分の姿を確認した。
ドレスは夜会用のものを持ってはいたが、流石に場違いなので今回はパンツスタイルだ。自分が軍人であることを知っている人たちを前にして、着飾るのもなんだか違う気がした。
「これ、お土産です。今日は招待していただき、ありがとうございます」
気を取り直して、ラゼは持っていた袋をカーナに渡す。
「そんな。手ぶらでよかったのに……」
「そうはいきませんよ。お菓子と、最近手に入れた魔石です」
「魔石!?」
カーナは受け取ったお菓子の紙袋を執事に渡しながら、魔石が入っていると言われた小さな紙袋を見て驚く。
友人を家に招待しただけなのに、そんなに高価なものを持ってくるとは考えてもみなかったのだ。
「あ、開けてみても?」
恐る恐るといった様子で、カーナはラゼに問う。
「はい。もうカーナ様の物なのでご自由に」
シンプルな白の紙袋から出てくるのは、黒のルースケース。
中には、カーナの瞳と同じ色の魔石が輝いていた。
「綺麗……」
感想がぽろりと溢れたのを聞いて、ラゼはホッとする。
(お菓子だけでいいかなと思ったけど……。ここにいる人は今日来るのが、狼牙だと知ってるはずだからな)
カーナの近くで待機している執事やメイドの驚いた反応を見て、彼女は安堵した。
貴族さま相手には、これくらいしなければ軍人としての面子が保てないというものだ。
「その魔石は花の蜜が固まってできたものなんです。気に入っていただけたようでよかった」
「それってもしかして、すごく珍しいものなんじゃ……?」
呆然とするカーナに、ラゼはにこりと笑うだけで肯定する。
「もう……。さすがラゼね。ありがとう。大切にさせてもらうわ」
「はい」
カーナたちがセントリオールを卒業して一ヶ月が経った。その間もラゼが元気に仕事をしていたことを悟って、彼女は苦笑する。
「さぁ。立ち話もここまでにして、今日はゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
ラゼはカーナに導かれ、まるで城のような豪邸の一室に通された。
ふかふかのソファに腰掛け、カーナが直々に淹れてくれたお茶でひと息吐く。
勧められたカーナ手製のお菓子をさっそく頬張っていれば、ふっと笑みが溢れる音が聞こえる。
「?」
ラゼは口をもぐもぐ動かしながら、口元に手を当てて上品に笑っているカーナを見つめた。
「ふふ。ラゼは変わりなく元気にしてたみたいね」
あまりにも優しい目でそう言われるので、なんだかくすぐったい。
こくんと飲み込むと、使用人たちが部屋を出て行くのを横目に、ラゼは肩の力を抜いた。
「カーナ様はまた一段と綺麗になられましたね」
手紙のやりとりをしていたが、カーナの卒業後の進路は花嫁修行。
未来の国母となるため、より一層力を入れて自分磨きをしている。
「ルベン様を支えられるような女性になりたいから。頑張っているわ」
カーナの前向きな答えに、ラゼは瞬きを繰り返す。
(学園にいた時は、破滅が怖くて殿下との将来なんて考えられないって感じだったのに。変わったな〜)
無事にシナリオを回避して、悪役令嬢としての役割は放棄することに成功したカーナ。
その眼差しは自信に満ち溢れていた。
「これからは、ゲームのシナリオなんていうレールはもうないから。しっかり自分で道を切り開いて行かないと。ね?」
「そうですね」
乙女ゲーム『ブルー・オーキッド』は、学園物の恋愛シミュレーションゲーム。
舞台となるセントリオール皇立魔法学園を卒業した今、その呪縛からは放たれた。
「結局、この世界にとって乙女ゲームとはなんだったのかしら……」
カーナは長いまつ毛を伏せて、手に持ったティーカップを見つめる。
今日、ここに呼ばれたのは、もちろん久しぶりに顔をみたかったこともある。が、ふたりきりで話したい本題はこれだった。
「乙女ゲームにある世界観を引き継いだパラレルワールド。と、理解するのが私の中では腑に落ちる答えかなと」
ここがゲームの世界だと確定できる要素は、舞台となったあの学園を中心にしたことにしかない。
ラゼの感覚的には、この広い世界で、あまりにも限定的な出来事だった。
「まあ、この世界の成り立ちなんて私たちが生きている間に解明されることはないですし、そういうものだったと飲み込むほうが賢明でしょうね」
「……そうなるわよね」
カーナは肩をすくめて苦笑する。
「ゲームを知らなかった私からすれば、転生者のカーナ様たちが予知能力を持っているというだけで、他はこれが当たり前の世界ですからね」
ぶっちゃけると、ラゼからすればこの世界がゲーム云々というのはどうでもよい話だった。
同じ前世の記憶を持つ者同士だが、ラゼはゲームを知らないし、前世の記憶の持ち方も曖昧。
地球でたとえると、いきなり入学した学園が実は乙女ゲームの舞台だったと言われるような感覚だ。自分が関係ないとなると、実感はいまいち湧かない。
「……ラゼからすると、そうなるのよね。今だからわかるけれど、ゲームに縛られすぎていた気がするわ」
「それは仕方ないですよ。自分の命がかかっているとなれば話は別です」
ゲームとは関係ないモブなので平然としていられたが、自分が関係者だった場合、ラゼもカーナと同じように怯えながら学生時代を過ごしていた可能性はある。
(間接的に私のクビがかかってたのは、参ったけどね……)
実際には、ゲームとは関係はなかったはずだのに、それなりに注意を払わねばならない立場だったわけだが。
この乙女ゲームの知識はなかったが、守るべき相手が言いたいことに理解があったことは、よかったかもしれない。
「……あら? 待って」
「はい?」
そこでふと何かに気がついたカーナが声音を変える。
「さっき、転生者のカーナ様“たち”って……?」
ラゼは眉を下げる。
「カーナ様以外にも、ゲームを知っている転生者はいたんですよ」
「えっ」
もう知っているかと思っていたが、どうやらカーナは気がついていなかったらしい。
「帝国にいた先読みの巫女。彼女も転生者ですよ」
「嘘!!」
衝撃の事実だったようでカーナが身を乗り出す姿に、ラゼは微笑む。
「あちらは知識を利用して、帝国に取り入ろうとしたんです。なかなかすごいことをしますよね」
はははと笑って話すラゼを見て、カーナは怪訝な表情だ。
「全然気が付かなかったわ……」
「私が軍人だから知り得た情報ですね」
ラゼはお偉いさまとの食事の時と同じように、優雅にお茶を飲んでそれをソーサーに戻す。
余裕のある彼女の所作に、カーナは少し頬を膨らませた。
「念のため、今は監獄にいる先読みの巫女さまにも乙女ゲームについて色々と聞いて来たんですよ。カーナ様が気になるだろうと思って」
「…………はぁ。ラゼには敵わないわ。聞かせてくれる?」
「もちろん。といっても、大した内容ではないですが」
驚きが重なって固まってしまったカーナに上目遣いでお願いされて、ラゼが答えないはずもない。
「ゲームの終わりについて聞いて来たんです。前世のカーナ様が亡くなられた後に追加の情報があったのかを中心に聞きました」
鉄格子の向こう側で、すっかりやつれてしまった先読みの巫女を思い浮かべる。
日本語で話しかければ、泣きつかれた。
同胞なら助けてくれと言われたが、罪を償うまではそれはできないと答えるしかなかった。
話を聞く前にやりとりはあったが、彼女はもう済んだ話だからと正直に答えてくれた。
「巫女さま曰く、後から隠しルートが解放されはするものの、学園内だけでゲームは完結するのでシナリオは終わっているそうです。気になることがあるとすれば、ファンディスクのことですが、悪役令嬢カーナは破滅を迎えた後なので出番なんてものはないそうです」
「……そ、そう言われると素直に喜んでいいのかよくわからないわね」
カーナは戸惑いつつも、自分がもうゲームに関係することはないと理解したのか、ソファに背中を任せる。
「そっか。もうわたくしがゲームに関わることはないのね」
「はい。あとは殿下と幸せになるだけです」
うんうん、とラゼが首を縦に振って同意すれば、カーナの顔が赤く染まった。
両手で熱くなったほっぺを挟み、彼女はラゼを見つめる。
「もしかしてだけど、か、からかってる?」
「とんでもない。本気ですよ。私のためにも、幸せになってください」
本音は、カーナが照れるのを見て楽しんでいるところがあるが、ラゼはにやにや笑うだけだ。
「もう。わたくしの知らないところで、本当に色んなことをしてるんだから」
「それが仕事なもので」
前までは隠していたが、自分の正体を知っても変わらず仲良くしてくれているカーナの前では、ラゼも自然体だった。
カーナは熱を冷ますように手を仰ぎ、話を切り替える。
「でも、ファンディスク……。少し気になるわね」
「巫女さまの話だと、後日談としてヒロインと結ばれなかった攻略対象者たちのストーリーが解放されたらしいです。これはそのメモです」
ラゼはいつの日にか、カーナが渡してくれたようなゲームについてまとめておいたノートを渡した。
「わたくしが知っているのはアディス様の話だけだったけれど、他のメンバーもハッピーエンドが待ってるのね。安心したわ……」
「それが本当に起こるかは、よくわかりませんよ。その話だとアディス様は卒業後、騎士団に入団したことになってますし」
「そういえばそうだったわ……」
ルベン以外はノーマークだったとは言わんばかりの返事だ。しみじみノートを見返しているカーナに、ラゼは目元が緩む。
「わたくしがゲームのシナリオの通り破滅しなかった時点で、これはもう当てにならないかも」
「そういうことです」
ラゼは知っている。
共に時間を過ごした同期の友人たちが、ゲームのシナリオくらい乗り越えていける心の強さを持っていることを。
「これはもういらないでしょう」
「ええ。そうね」
ラゼはカーナからノートを受け取ると、パチパチと薪が燃える暖炉にそれを入れる。
魔法でノートに火をつければ、あっという間に灰になった。
「ふふ。燃やしちゃってよかったの? もしかしたらまた、軍人さんの出番があったかも?」
ラゼはソファに座ったままのカーナを振り返る。
確かに知っていれば、何かできることはあるかもしれない。
しかし、不思議とノートを燃やしたことに後悔はなかった。
「もちろん、彼らが困っている時には力を貸しますよ。――次は、ひとりの友人として」
ラゼはその鳶色の瞳を細めて笑う。
彼女の屈託のない笑みを見て、カーナも嬉しそうに笑い返す。
「そうね。わたくしもそれがいいと思うわ」
まだほんの少しだけ冬の波が残る春の、とある一日の出来事だった――。
前書きの通りありがたいことに、本作の書籍版2巻の発売が決定しました!!
ひとえに読者のみなさまの応援のおかげです(泣)
感想なかなか返せず、すみません、、全部読んでます、、
2巻発売日は、12月2日!
活動報告にて書影や内容についても記載させていただきましたので、もしご興味のある方は是非!
今回も作者が唸りながら書いたので、至らない点は多々あるかと思いますが、web版ではスルーしていたところも含め、たくさん加筆させていただいております。素敵なイラストに、また本の形でラゼたちを拝む機会をありがとうございました。
漫画版も単行本の作業が進んでいるそうです!
これからも『軍人少女〜』をよろしくお願いします。
冬瀬




