9、学生寮
「ここが学生寮だ。女子が左側、男子が右側。真ん中には食堂に大浴場。門限は二十二時。それを越えるようなら、前もって寮母さんに連絡をすること」
デデン、とコの字型に構えるのがセントリオールの学生寮。
全校生徒四五〇人に対して、やけに大きな建物に見えるが、貴族クオリティということでラゼは全てを受け入れる。
いちいち突っ込んでいては身がもたないのだ。
「今から中に入ったら、名前を言って寮母さんたちから直接鍵をもらえ。荷物は部屋に転移させてある。ふたり部屋だから、相手と仲良くやれよー」
ヒューガンはそういうと、エントランスに向かって再び歩き出す。
思ったよりも、寮から校舎までが遠いので寝坊は要注意だ。
何個も並んだ扉をくぐれば、最初に飛び込んでくるのはシャンデリア。
黒を基調とした室内は、高級ホテルのような雰囲気が漂い、ラゼは大きく数回瞬きを繰り返す。
(サービス精神旺盛だな)
貴族サマにすればどうって事ないのかもしれないが、庶民からすると目が点。
参謀本部に通い慣れたラゼは免疫があるが、フォリアは隣でそわそわと落ち着きがない。
「さっきの大会場で六時半から歓迎会だ。各自正装してから、迷子にならないように余裕を持って来るんだぞー。それまでは自由にしていいから。俺は一応、寮のロビーにいてやるから何かあったら来い。では解散」
解散の指示が出て、生徒たちは男女に分かれて寮母さんたちから鍵を受け取る。
ラゼも列に並び、丸い眼鏡をかけた寮母さんと対面した。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます。ラゼ・グラノーリです」
「はい、どうぞ」
「三年間お世話になります」
「こちらこそ。応援してるわ」
とっても気さくな寮母さんに、しおりの様な形の鍵をもらう。上の方に書かれた番号は、2103だった。
先に受付を済ませたカーナ、フォリアと合流すると、驚いたことにラゼはフォリアと同室だった。
「やったぁ。ラゼちゃんと一緒なの嬉しい!」
「うん。私もフォリアと一緒で良かったよ」
「いいわね。わたくしのルームメイトはどんな子かしら? ドキドキするわ」
カーナは3116号室。
かなり部屋が離れてしまった。
「カーナ様なら、きっとすぐに仲良くなれますよ」
「そうかしら?」
「ええ」
ラゼはカーナを励ます。
彼女は庶民にも声をかけてくれる器の広い人だ。
ルームメイトとも上手くいくだろう。
「では、次は会場で会いましょう」
「はい」
階段でカーナと別れてラゼとフォリアは二階を進む。
すぐに自分たちの部屋は見つかり、うきうきしているフォリアに鍵を開けてもらって中に入る。
「わぁ〜! 素敵!」
その部屋はラゼの自宅よりも広く、ベッドや机、クローゼットが完備されている。
想像していたより派手さは無く、とても落ち着いた内装だ。ここでなら三年間寝泊まりしても息苦しくは無さそうだ。
真ん中でカーテンを閉めたとしても、圧迫感を与えず十分な広さがある。
「荷物を先に片付けないとね」
「うん!」
それぞれベッドの近くに置かれている荷物を棚に片付け始めた。
ラゼの荷物は、服と文房具、生活必需品など最低限のものしか用意していないので、すぐに片付いた。
が、
「こ、こんなに高価なもの、いりませんって言ったのに!」
隣ではフォリアが、包みから出した服や化粧品に小さな悲鳴をあげていた。
この部屋に置いてあった荷物の大半が彼女のものなのに、どうやら自分で用意した訳ではないらしい。
ラゼは不思議に思いつつ、落ちていたハンカチを拾い上げた。
(こ、この紋章は!!)
刺繍されていた紋章に、目玉が飛び出そうになる。
鷹と三本の矢、その上部に3つの星が並んだデザイン。
星はこの世界で、物凄く神聖なものとされていて、気軽に使えるようなものではない。ましてや、紋章に星を使うなんて、ただ者にはできないことだ。
(モルディール家の紋章だよ、これ。この子、もしかして枢機卿がバックについてるわけ?!!)
諜報部にいたのだ。
この国のVIPくらい全て把握している。
それはどこからどーみても、モルディール卿の存在を示していた。
「………。はい、これ。もしかしてフォリアは教会に通ってたり?」
ハンカチをフォリアに渡しながら、彼女はやんわりモルディール卿との関わりを探る。
「あ、ありがとう! 通っていたというか、教会に住んでいて……。
その、わたし、晴蘭の年の孤児なの。
あ、でも、赤ちゃんの時に捨てられちゃったから両親の顔も知らなくて。とっても優しくて綺麗なマザーに育ててもらえたから、全然辛いことなんて無かったよ?
わたしにとってのお母さんはマザーなの!
学園の入学も、マザーの知り合いの方から支援していただいて。色んな方に支えてもらってここまで来たんだ……。
こんなに高そうなものも、わたしなんかの為に用意してくださって……。ちょっとびっくりしちゃった」
フォリアは苦笑い。
ラゼはフォリアが教会育ちということに納得するのと一緒に、彼女が孤児だということに驚きが隠せなかった。
「そうなんだ……。話してくれてありがとう。私も家族、事故で死んじゃったから同じだね」
「え、そ、そうなの?」
「うん。でもフォリアと一緒で、私にも本当の家族みたいな人たちがいるから平気だよ」
ラゼは無意識にピアスを触る。
軍の仲間を思い出して、ちょっぴり寂しくなったことは秘密だ。
「ラゼちゃんっ。わたし、ラゼちゃんとお友達になれてよかった!」
感極まった表情で、フォリアはがばりとラゼに抱きついた。
彼女も肩身が狭い思いをし、ここに来るのも不安でいっぱいだったのだろう。
ぎゅーっと抱きしめられて、ラゼの心もぽかぽかする。
「私もだよ、フォリア。これから三年間、一緒に頑張ろうね」
「うん!」
(そうか、軍に足りないものは癒しだったのか……)
ラゼは天使フォリアの腕の中で、そう確信した。
それにしても、フォリアの後ろ盾は恐ろしい。
「平民とは何か」という疑問が浮かんだが、ひとつここでわかったことは、やはりこの学園にはいわゆる一般庶民は入学はほぼ不可能ということ。
探せば本当にド庶民の出の子がいるかもしれないが、支援してくれる人がいなければここに入ることは困難を極める。
フォリアもラゼも、生まれは平民だけれど、結局のところ、他の平民と比べたらそれなりの力を持っているのだ。
そうでもなければ、セントリオールの敷居をまたぐことはできない。
まぁ、この学園に入ると、育ちからして貴族と平民という階級の差がはっきりするので、平民は平民だ。線引はされてしまう。
「素敵な人たちに巡り会えたんだね。贈ってもらったからには、ちゃんと使って無駄にしないようにしたほうがいいと思うよ」
「……そうだよね。ありがとう、ラゼちゃん」
「い〜え」
任務の一貫としてこの学園に入学したラゼは、必要なものは経費で落とせるのだが、だからこそ無駄なものは頼めない。
自腹で補わなければいけないところもあるので、フォリアのように枢機卿が手厚く面倒を見てくれるのは羨ましい限りだ。
もしかすると、この学園で一番貧乏人なのは私なのかもしれないと疑問が浮かんだが、使うあてもなく溜まっていたお金は三年ここで過ごす分くらいある。
「わっ! これっ!」
荷物をしまおうとしてクローゼットを開けたフォリアが声を上げる。
何事かとそちらを覗くと、そこにあったのは、10着近くのドレス。
どう見ても、平民が持てるような品ではない。
「やりすぎですよ、ゼール様……」
これにはラゼも、何も言うことができなかった。
どうやらゼール・イレ・モルディール枢機卿はフォリアがかなーーりのお気に入りらしい。
もし彼女を困らせるようなことがあれば、日の目をみることができなくなりそうだ。
魔物よりも恐ろしい……。クワバラクワバラ…….。
「私のクローゼット空いてるから、使う?」
クローゼットに入りきらない服に、フォリアが困り果てていたので、ラゼは助けを出すことにした。
危ない物や、怪しい物は学園に持ち込めないので、クローゼットを探られて困ることはない。
「いいの?」
「うん。困った時は助け合わなきゃね。これから、三年、同じ部屋なんだし」
「ありがとう! ラゼちゃん!」
フォリアは感激して、キラキラした目でラゼを見つめる。
(可愛いです。癒しです。こちらこそ、ありがとうございます)
ラゼはここに来て初めて、軍の男が肉食系な理由が身をもってわかった気がした。
(これからは、部下たちにも少し配慮をしてあげよう………)
*
コンコンコンと扉を叩く音がして、片付けを終えていたラゼが出る。
「はい」
「あ! こんにちは!」
そこにいたのは、私服姿の先輩らしき女性がふたり。
説明するので中に入れてくれと言われ、ラゼは彼女たちを通した。
「あたしは二年のアリサ・フェーバー。こっちはマリー・ウィンストン。あたしたち、向かい側の2203号室なの。ここでは二年生がお向かいの部屋にいる一年生の面倒を見ることになってるから、何かわからないことがあったら、遠慮せずに扉を叩いてね!」
赤髪を三つ編みにしたアリサは、とてもフレンドリー。
「初めは慣れないことばかりで、大変だろうけれど、慣れたら都だから。心配しなくていいよ」
マリーは黒髪ストレートに眼鏡をしたいかにも優等生というオーラを漂わせる落ち着いた人で、頼りになりそうだ。
ラゼとフォリアも挨拶を済ませ、とりあえずフォリアが片付けを終える。
そのあとは、先輩ふたりに浴場や食堂について使い方を教わることに。
「ここが大浴場ね! お風呂はいつでも入れるの。天然の温泉だから、お肌がプルプルになるよ!」
「お、温泉?」
フォリアが目を丸くする。
「うん、そうだよ。凄いよね〜! 中まで入ってみ!」
アリサに続いて中に入ると、広ーいロッカールームが現れる。
ロッカーは胸より下の位置に並び、その上部にはずっと向こうまで鏡が続く。
その前では入学早々、歓迎会の前にお風呂に入っている女子生徒たちが念入りに美容液らしきものを体に塗りたくっている。
なるほど。鏡が数個では足りないだろうから、お嬢様たちの美意識に沿ったロッカーだ。
「左に見えるのはシャワールーム。正面が浴場だから。注意事項には気をつけて使ってね」
「「はい」」
浴場を後にして、次に覗いたのは食堂。
寮の中央の二、三階が食堂になっていて、二階はビュッフェ形式。三階はメニューから好きなものを注文することができる。
「あそこの席は、『真上座』って呼ばれてて、貴族の中でも偉い人が座るところだから、空いてるからって間違って座らないようにね。それ以外は気をつけることはないから」
「そ、そうなんですか? 忘れないようにしないと……」
「はは、大丈夫だよ。席がひとつも空いてないってことは滅多に無いから!」
心配そうなフォリアに、アリサがフォローを入れる。
「そろそろ時間よ。歓迎会の準備をしないと。ふたりともドレスの準備は平気?」
マリーが時計を見てそう尋ねる。
「はい。正装ってドレスだとは思わなくて、危うく用意するのを忘れるところでした」
「そうだよね〜! あたしもびっくりしたの、よく覚えてるよ!」
アリサが同感してくれて、ラゼはほっとする。
自分の感覚は間違いでは無かったのだ。
「学生の正装なんだから、制服でいいのにね。貴族の皆さんの目を気にしたら負けよ。胸を張って堂々とするの。いい?」
マリーの目が鋭いので、ラゼとフォリアは無言でこくこく頷く。
「将来、偉くなって社交の場に出た時に恥をかかないよう、今のうちに勉強すると思えばいいわ」
拳を握り、眼鏡の奥の瞳にはメラメラと炎が燃えている。
どうやら過去に何かあったらしいが、とても尋ねる気にはなれなかった。
「案内、ありがとうございました」
「また分からないことがあったら、聞きに行ってもいいですか?」
「勿論! 本当に遠慮なんていらないからね!」
「ええ。数少ない同志ですもの。これから一緒に頑張りましょう。入学おめでとう。これは歓迎会の時にどこか見えるところにつけてね」
マリーに渡されたのは花のコサージュ。
ラゼとフォリアは顔を見合わせ、ふたり揃って「ありがとうございます」と元気よく返事した。
本当にセントリオールに入学したのだと、改めて実感する。
そして四人は部屋に戻り、歓迎会に向けて支度を始めた。




