80、学園祭⑤
運営委員としてクラスを見回ったラゼとアディスは、時間になったので自分のクラスのシフトに入っていた。
「いらっしゃ」
そして今、ひつじがモチーフの水色のメイド服を着たラゼは、次に案内すべき客人たちを見て言葉を止める。
「お久しぶりです」
「こんちわ」
「あ、え、えっと、その。来ちゃいました!」
クロスとハルルが軽く会釈し、最後に何故か挙動不審でそう言い切ったビクターを見て、彼女はあっけに取られて目を瞬かせた。
心のどこかで来てくれるだろう、なんて考えていたことは確かにあった。認めよう。
もちろん、軍の仲間たちが来てくれたことは、本当に嬉しいし、ありがたいことだ。
しかし、そうは思いつつも、今日は警戒度が高い彼女は、喜びよりも先にこの状況に困惑していた。
(……私、二枚しか招待券送ってないよな??)
想定していた人数より、一人多いのではなかろうか。
いや、確かにゼルヒデに出会ってしまった時点で、入り口の広さに不安を覚えてはいたのだが、限りのある招待券をわざわざ入手して部下が会いにくるなど考えても見なかった。
「びっくりしましたー?」
その驚きが伝わったのだろう。
ビクターの後ろについたハルルが、したり顔でラゼを覗く。
ちなみにビクターを一番最初に教室に押し込もうと、先頭に立たせたのはハルルである。結局、ビクターの挨拶は一番最後になったのだが。
「えっと。色々、びっくりしてますね……。でも、とりあえずいらっしゃいませ。来てくれてありがとうございます」
しかし、ラゼには何故三人も来てくれたのか、理由はわからない。
部隊に馴染んでいて忘れがちだが、ビクター・オクス・テリアは数少ない貴族出身。
もしかすると、知り合いに会いに来たついでかもしれない。
一瞬で冷静になったラゼは、来てくれた三人を笑顔で迎える。
「うぐっ」
その反応にひとりだけ喉を詰まらせるような声を上げたビクターを横目に、クロスとハルルはラゼの後ろを着いていった。
「すごい凝ってますね」
教室の中をみたクロスは、魔法でぷかぷか宙に浮かぶ雲のような椅子を見て呟く。
「すごいでしょう。さすがセントリオールって感じで」
ラゼは笑いながら、彼らを座らせメニューを渡した。
「まさかビクターさんまで来てくれるとは思ってなかった。今日は楽しんで行ってくださいね」
一番気になっていたことを言うも、今まで「テリア伍長」としか呼ばれたことがなかったビクターはすぐに応えることができない。
「ビクターさん?」
「あーあ。こりゃ、しばらくダメだな」
完全に固まってしまった彼にラゼは首を傾げ、ハルルが安否を確認する。
「学生のラゼさんに会うのを、すごく楽しみにしてたんですよ、コイツ」
「ハーバーマス殿から招待券を譲ってもらったときは、めちゃくちゃ喜んでたよな」
クロスが苦笑しながら、ビクターの手に招待券が渡った経緯を話すのを聞いて、ラゼは今更ながらメイド服を着て生徒たちに紛れ込む自分が恥ずかしくなってくる。
クラスの皆がやることだし、こういう衣装だと思っていたので何とも思わず、カチューシャやら可愛すぎる服を着ている訳だったが、軍での立場を思い出して理性がミシミシ音を立てて軋む。
「やっぱり、ラゼさんは何でも似合いますね」
そして、ゼルヒデとは異なり、純粋なクロスの感想に彼女のポーカーフェイスもとうとう崩れ去った。
「……褒めても何も出ませんよ……。ちなみにオススメはこれです」
ラゼは照れ隠しに、メニューにある男性三人が囲うにしては大分可愛いすぎるパフェを指さす。
「それをください!!」
そしてそれに元気よく即答したのは、我に返ったビクターだった。
*
ビクターがパフェをぺろりと完食して、カフェで一息ついた部下三人組は席を立つ。
ラゼもそれを見て、彼らを見送る。
「ごちそうさまでした」
「はい。この後は?」
「学園祭が終わるまで、ぶらぶらしようかと」
「そっか。今日はありがとう」
次会うのは、また先になる。
来てくれた彼らに礼を言い、ラゼは廊下まで出て手を振った。
「よかったね」
すると、同じくシフトに入っていたアディスに話しかけられる。
「もしかして、気がついてたんですか?」
「まぁ。あれだけ見られてたら……」
まさかアディスが彼らのことを認知していたとは思わず、ラゼは少し驚く。
「すみません。たぶん宰相閣下とそっくりなお顔だから、変な気を回してたのかもしれないです」
「いや。違うと思うけど」
「?」
微妙に話が噛み合わないので、アディスは話題を逸らす。
「結構、知り合い来てるみたいだね」
「そうですね。私もびっくりしてます」
あと一時間半もすれば祭りは終わり。
諜報活動をしていたころに覚えた貴族の大人たちの姿を見て疲労感があったので、久しぶりに軍のメンバーに会えて心が和む。
(セルジオさんに招待券譲ってもらったって言ってたけど……)
彼のことなら、もしこの学園にいたら声をかけてくれそうなのだがと考える。
(リストバンドの開発者だし、監督で忙しいのかもな。……何も不具合はなさそうだけど)
ラゼはぼんやりと廊下を歩く人々を視界に入れた。
(まあ、今回の警備は騎士団の管轄で、軍が手を出すことではないからな)
今回に限らず、基本的にラゼが学園において表で動くことになるのは最後の手段になる。
そもそも彼女がわかっていないだけで、本来この学園を守るべきなのは教師と騎士たちであって、ラゼひとりの負担ではない。
「ちなみになんだけど」
「はい」
「あの人も君の知り合い?」
徐に窓枠の外に視線を飛ばしたアディスに、ラゼもそちらを向く。
そして、息を止めた。
『ハァ〜イ♡』
相手の顔など、知らなかった。
しかし、ラゼはそれが誰かわかってしまう。
あれはいつかの大会で、生徒を操っていた帝国側の人間。
女は艶めかしい表情で、片手をゆるりとこちらに振っていた。
『平和ボケは良くないわよ。わんこちゃん』
一瞬で身の毛はよだち、ラゼの眼からは光が消える。
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