8、彼女の役目
「そろそろ寮に行くぞ」
ヒューガンが呆れた声で、小さな集団に向けて声をかける。
するとお嬢様方は切り替えも早く、早く寮に戻ってパーティに向けて準備をしなくてはいけないからと解散していく。
ラゼはその様子に軽く驚いた。
(なんか、流石だな。貴族の学校……)
ちなみに殿下と執事長の息子さんは、死神閣下の息子の餌食にはならなかったらしい。
「カーナ嬢。君もよかったら次の土曜日、商店街でお茶でもどうかな? 君が来てくれれば、殿下も来てくれると思うんだけど」
歩いていると、輪の中心にいたアディスがいつの間にかカーナの隣に来ていた。
カーナは眉をしかめる。
「先約があるの。それに、わたくしが行っても、殿下が来てくださるとは限らないわ」
「そうかな? 残念。でもカーナ嬢せっかく学園に入ったんだから、たまには婚約者殿とデートでもしたら?」
「デ、デート?!」
顔を真っ赤にさせてあたふたするカーナに、アディスがフッと笑みを溢す。
フォリアは目を丸くしてそんなカーナを見ていたので、どうやらルベン殿下とカーナお嬢様が婚約していることを知らなかったみたいだ。
(この様子だと、カーナ様は殿下が好きなんだろうな〜)
ラゼは心の中でほくそ笑む。
これは良いものを見た。
わかりやすく耳を真っ赤にするカーナはとても可愛い。
身分を考慮して結ばれた婚約だとしても、庶民の自分に初めて声をかけてくれた心優しいカーナの恋愛は上手くいって欲しいと彼女は思う。
「カーナ様、これからたくさん機会はありますし、私たちとはまた違う日に遊びに行けばいいと思いますよ? ね、フォリア」
「うん。わたしもそう思います」
頬に手を当てて恥ずかしがっていたカーナは、ハッとしてフォリアのほうを見たかと思えば視線を逸らす。
そして先ほどまで恋する乙女モードだったのが嘘のように、悲しい顔をして呟いた。
「……いいえ、いいの。彼にはわたくしなんかより相応しい人がいるから」
「え?」
驚いてラゼは表情を険しくする。
幼い時の婚約とはいえ、カーナは確実に殿下を想っている。それなのに、今の言葉は聞き捨てならない。
どういうことだ、とチラリと閣下の息子を見たが、彼も目を丸くしているだけ。何かを知っているようには思えなかった。
「い、今のは忘れて頂戴。何でも無いの。殿下は何も悪くなくて、わたくしが至らないから……」
これ以上は何も聞かないでくれと、困ったように微笑まれ、ラゼはそれを受け入れた。
まだ出会って数時間。
悩みを打ち明けてもらうには、あまりにも絆が浅い。
「じゃあ、やっぱり私たちと一緒に商店街に行きましょう! これでも色々お店は知っているので、きっと案内できますよ」
「そうなの? わたくし町に降りたことがあまりなくて」
「では、楽しみにしていてください。私もバッチリ予習しておきますから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
代わりに商店街に遊びに行く話をすれば、彼女の笑顔も戻ってくる。ラゼはホッとして話を続けた。
「カーナ様は甘いものはお好きですか? フォリアも」
「ええ。好きよ」
「わたしも大好き!」
「それは良かった。私も食べることが好きで、特に甘いものには目がないんです。パンケーキとか食べたいですね」
「いいと思うわ」
可愛い女の子たちと一緒におしゃべりをして、甘いお菓子を食べる——。
これぞ、彼女が学園に求めていたことのひとつ。
夢見た学生の当たり前の日常に手が届くことが、ラゼはとても嬉しかった。
「なんだか変わった組み合わせに見えるけれど、君たちいつの間に仲良くなったの? 確か治癒魔法のフォリアさんと、特待生の………」
やはりフォリアは治癒魔法ということで、ちゃんと覚えられているみたいだ。
「グラノーリです」とラゼは仕方なく名乗ると、
「ああ、ごめんね。グラノーリさん。一緒に遊びに行く子の名前を覚えるので精一杯で」
アディスは腹立つ理由をかましてきた。
どうやら彼とは馬が合わなそうだと、ラゼはここで直感する。
元々、死神閣下と同じお顔でいらっしゃるので、あまり関わりたくない人物だったが、初日で苦手な人物No. 1にランクインした。
おめでとう、とでも言っておこう。
「いえ。お気になさらず。ザース様のお陰でカーナ様がお声をかけてくださり、早速遊びに行くことになりました。ありがとうございます」
ラゼも閣下の笑みを真似して、アディスに対抗した。
〈影の目〉の仲間から「その笑い方、閣下そっくり!(笑)(笑)」と評判なので、彼女の笑顔もなかなか仕上がっている。
一瞬彼の表情が崩れた気がしたが、些細な変化だったので、ラゼは気に留めなかった。
「アディス様は相変わらずですわね。いつまでもそんなことでは、本当に好きな人ができた時に苦労いたしますよ?」
「ご忠告ありがとう。肝に銘じておくよ」
じゃあ、と軽く手を振って、アディスは前にいた殿下とクロードの元へ。
何を考えているのだか、いまいち読めない人だ。
閣下は上司と部下という関係があるので、ある程度話を読むことができるのだが、その息子さんとなるとタチが悪い……。
「あ、あの。カーナ様はルベン殿下とご婚約を? わ、わたしそういった話は良く知らなくて……」
フォリアが申し訳なさそうにカーナに尋ねる。
カーナは一度口を開いてまた閉じたが、すぐに笑顔を作ってフォリアに答える。
「昔ね……」
ラゼはこの様子を見て、やはりカーナの殿下に対する気持ちが気になる。
(どういうことなんだろう? カーナ様は殿下を好いているようにしか見えないのに。
…………まさか、殿下が他の人を?)
彼女の胸に何かがつっかえる。
何かを思い出せない時に感じる、焦りにも似た感覚がじわじわ広がった。
(何だ? 私、似たようなことを何処かで……)
この感覚になる時は大抵の場合、自分自身が何かを見落としているか、前世の記憶にあることを思い出せずにいるかだ。
寮に案内される間、ラゼはずっと考えていたのだが、なかなかピンとくる答えが出ない。
こうなると何も出てこないので、ラゼはモヤモヤを抱えたまま自然に答えが思い出されることを待つことにした。
(とりあえず、殿下の周囲は要注意だな。皇族のスキャンダルとか、下手したら国が崩れる)
そう胸中呟いて、はたと足を止めた。
「ラゼちゃん?」
「ラゼさん、どうかしました?」
いきなり立ち止まったラゼを呼ぶ声は遠く。
彼女は自分の言葉に顔を青くする。
(え? それって不味くないか? 私がついていながら殿下に黒い歴史を作らせてしまうようなことがあれば、さすがに「お前、何してたんだ?」ってなるよな?!)
とんでもない事に気がついてしまった。
殿下に何かあれば、それは国を揺るがしかねない事件になるかもしれない。
それはやんごとなき事態であるからして、自分の出番である。
(そうか……。閣下はこういった事を危惧されて、私を学園に送り込んだのか)
「円満な人間関係の構築」という言葉がラゼの脳裏を過ぎる。
どうやら呑気に学園生活を送れる訳では無さそうだ。
殿下以外にも、国を動かすビッグパワーをお持ちのご子息、御令嬢がセントリオールにはいらっしゃる……。
(くっそぉー! また閣下に嵌められた!!!)
美味しい話には裏があるとは、つまりはこういう事。
ラゼは「嗚呼ー!」と、頭を抱える。
「だ、大丈夫? ラゼちゃん」
「忘れ物でもしましたの?」
「う、ううん。何でもないんです。ちょっと面倒な事を思い出してしまっただけで」
彼女はやるせない気持ちをグッと腹の底に押し込んで、こうなったら意地でも学園生活を楽しんでやると決意を改めたのだった。
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