64、二度目のバトルフェスタ⑦
やっと来ました。ラゼvsアディス回です。
不覚にも任務の手柄を掻っ攫われたラゼ。
「そんなに私と戦いたかったんですか、もう。それならそうと早く言ってくださいよ〜」
彼女は今までになくご機嫌斜めだった。
「……君、性格違くない?」
会場で対面したアディスは、あからさまな作り笑いに頬を引きつらせる。
「そんなことないですよ! 私からすれば、アディス様がルベン殿下を押さえてまで勝ち上がってくる方が驚きです〜」
よくも私の努力を水の泡にしてくれたな、と。彼女は腹黒い笑みでニコニコと喋った。
「今回は遠慮しませんよ?」
ラゼは試合用の短剣をくるりと回して右手に掴んでみせる。
審判から確実にクリティカルと判定してもらうために、この試合では武器を持った。
それが何を意味しているかといえば、つまりはまあ、ヤる気満々である。
*
「おッ。代表、勝つ気だ!」
ラゼの挑発を見て、喜びの声を上げたのは部下のハルルだった。
「目的達成したから、負ける気なのかと思ったけどやったな!」
彼は嬉しそうに隣にいるクロスに話しかける。
「……あの笑い方、キレてる時に似てるけどな……」
クロスは苦笑いで答えた。
「理由は何だっていいんだよ。やっちまえ、代表! オレたちが将来尻に敷かれるかもしれない奴らなんて、ぶっ潰してやれ!」
「お前なぁ。防音してるからって、それはないだろ」
遠慮なく「やっちまえ」「ぶっ潰せ」なんて言う相棒に、クロスは呆れた表情だ。
彼女はその相手を護衛するために、この学園に潜入中であるというのに、何ともおかしな光景である。
「ああ……」
そこでクロスはやっと気がついた。
「代表が相手を傷つけないで降参させるのって、学生は護衛対象だと思っているからか」
「お前、今頃気付いたのかよ? どう考えてもそうだろ。オレたちを訓練する時の代表を思い出してもみろよ」
ハルルはギョッとしてクロスを指摘し、訓練時を思い出して顔を青くする。
「遠慮なんてあったもんじゃねぇ……」
ハルルがうんとひとつ頷いてそう呟くのに、クロスは苦笑した。
彼女の訓練は下手をすると、実戦よりも痛い目に遭わされる。怪我をしても治癒師に治してもらえるし、回復効率も上がるから大丈夫だ!と笑顔で言われる。今のうちに酷い目に遭っておけば、実戦も問題なくこなせるなんて言われた時には、暴論だと思った。
実際には、ラゼの言うことは全て間違っていないため、「シアンの百鬼夜行」なんて呼ばれる部隊が仕上がっている訳なのだが。
「あの人、寸止めじゃなくて、軽傷を負わせることが手加減だと思ってそうだろ? だから今回の大会を見て、オレは安心した」
ハルルの話に、クロスは思わず吹き出す。
「確かになっ! でも、そうなるとやっぱり代表は、俺たちにわざと厳しくしてるってことになるな」
「そーだな。まあ、こっちは練習の試合とはお話が違うからな。厳しくても仕方ない」
「もう始まるぞ」とハルルはそこで会話を止めた。
一組だけになった試合会場。
観客全員から注目を浴びるラゼ・グラノーリとアディス・ラグ・ザース。
最早、ラゼの勝利をまぐれだというものも居なくなり、どちらが勝つのかは予想がつかない状況だったが、数人はラゼ・グラノーリの勝利を確信していた。
「うちの息子、あとどれくらいしたら狼牙ちゃんに勝てるようになるかしら?」
「……バネッサ。まだ試合は始まっていないよ……」
貴賓席で息子の試合を観戦中の宰相殿とその夫人もそのうちのひとりで。
ウェルラインは妻の言葉を聞き、息子のためにそっとフォローを入れる。
しかし、
「え。あなた、アディスが勝てると思っているの?」
と、正気を疑うような顔をして問い返されて撃沈した。
「もうこうなったら、シフトチェンジかしらね。狼牙ちゃんを囲えるだけの知能と権力をつけていくしかないわ。そういうことはあなたの担当よ。うちに帰ったら一緒に作戦会議ね」
「いや、わたしは……」
「なに?」
「……何でもないよ。すぐに仕事を片付けてくるから、一緒に話し合おう……」
仕事が溜まっているので、もう成人になった息子の指導方針など会議したくなかったのだが、「なに?」の威圧にウェルラインは負ける。
ここでアディスが勝ってくれればな、と思うのだが、今大会初めて武器を握って登場したラゼに望みは薄れた。
そうして、カーンと最後のゴングが鳴る。
注目の初手。
ラゼ・グラノーリに視線が集まる。
いつも通り高速移動でアディスを倒しに行くかと予想されたが、ラゼはその場で自然体をキープ。
来ないと思ったアディスは、全身に風の鎧を纏わせ、彼女と間合いを詰める。
キン!!と、模擬剣がぶつかる音がして、ラゼは短剣でアディスの長剣を受け止めた。
「来ないのかッ!」
アディスはラゼに叫び、連続して剣技をぶつける。
彼女は短い剣だけで難なく彼の剣を躱し、体術混じりの剣筋をみせた。
見るものが見れば、訓練されたものの動きだということはすぐに分かる。
ただ、ここは将来の進路には騎士団に入団することが最高のステータスにみられる貴族の学校。軍人らしいラゼの動きは異質で、獰猛さを感じさせた。
「ッ、」
ヌッと自分の懐に入り込んで来たラゼに、アディスは息を呑む。
「――いいね」
彼女の口元はゆるりと弧を描いていた。
風をまとって能力を底上げしているアディスに、肉体操作だけをして対抗するラゼ。
完全にスイッチが入っている。
これは、狩る者の目だ。
今まで感じたことのないプレッシャーに、アディスの肌が粟立つ。
警戒した彼はラゼから距離を取り、遠距離攻撃に移行した。
風の斬撃を飛ばす。
この技だけでも、審判によってはすぐに試合の中止を下そうかと構えるレベルだ。
逃げ場のない攻撃をどうかわすのか。
会場に緊張が走る。
しかし、
「なんであの子、普通に立っていられるの?」
観客席からは、唖然とした言葉が漏れた。
風の刃に襲われているはずなのに、ラゼは無抵抗で直立しているのだ。
全く意味がわからない。
「ル、ルカくん。あれって?」
ふたりを見守っていたフォリアは、魔法に詳しいルカに問う。
「……これは……」
彼が呆然としていると、カーナから「ああ!」と声が上がった。
「ラゼ。やってくれたのね!」
フフフッと笑うカーナに、側にいたメンバーはキョトンとする。
「瞬間移動といったら、これよね」
「カーナ。どういうことだ?」
ルベンが聞くと、カーナは笑って答えた。
「あれが『残像よ!』っていうやつですわ!」
「「……」」
話が見えない乙女ゲームメンバーは、揃って首を傾げる。
「一度見てみたいって言っていたの。まさかこんな大舞台でやってくれるなんて」
「……カーナ嬢。話はちょっと分からなかったが、とにかくラゼさんはあれを避けているってことで合ってるか?」
イアンの質問にカーナは頷く。
「そう。今見えているのは、残像なのよ」
つまりはそういう事で。
ラゼはカーナの希望を叶えるべく、高度な魔法の無駄遣いをしていた。
(……そろそろ潮時かな―)
アディスの攻撃を避け続けたラゼ。
会場の雰囲気が、段々と悪くなっていた。
「なんで動かないのかしら?」
「どうしたんだ? 何か策が?」
「もう何もできないんじゃないか」
観客には、彼女がずっと何もしないで立っているように見えるので、痺れを切らしているのだ。
(ふむ……)
ラゼはこれはやり過ぎたか、と思いながらアディスに視線を合わせる。
アディスはハッとして、近接戦に備え剣を構え直す。
(まあ、私が行くと思うよね)
彼女はフッと笑う。
「そっちが来なよ」
アディスがあっと思う間もなく。
彼の体は、ラゼ・グラノーリの間合い。
それも彼女が短剣を構えた先だった。
「は?」
アディスの口からは気の抜けた声が出る。
「そこまで!!」
試合の終了が決まり、勝者の名がスクリーンに映った。
「勝者ラゼ・グラノーリ!」
後にこの試合は、歴代で一番衝撃的な決勝戦として、映像がいつまでも再生されることになる。
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