59、二度目のバトルフェスタ②
「な、なんだ今の?」
「誰か、何が起こったのか分かる人いる?!」
「あの子誰だよ! 初っ端から大番狂わせだ!」
観客はルカの敗北に騒めく。優れた魔法起動で有名なあのルカ・フェン・ストレインジが負けたのだ。生徒だけでなく、保護者席でも声が上がる。
「何だ今のは?」
「まさか不正をしているのではありませんの?」
ラゼが何をしたか分からなかった者たちは、真っ先に彼女の不正を訝しんだ。
まあ、その真意はただ単に速く移動してラリアットをかましただけである。それも本気のスピードではなく、彼女にとっては軽くこなせるレベルの魔法起動でしかない。
「まあ、わたしはこうなることは予想していたよ」
そんな混乱の渦中にいる彼女を貴賓席から嬉しそうに見下ろすのは、ウェルライン・ラグ・ザースである。楽しそうに笑っている彼を隣で見ていた理事長ハーレンスは苦笑した。
「自分の強さをここまで人に悟らせないとは。流石生きる伝説ということか……」
「悟らせないというより、悟られないと言ったほうが正しいかもしれないね。得意型が移動系っていうのが、そもそも性質上分かりづらい。炎や水の魔法なんかは派手で分かりやすいのに。まあ、彼女の場合『移動』っていう範疇を超えてる気がするけど」
ハーレンスは、こんなに楽しそうな友人を見るのは久々だった。前々から思っていたが、ラゼのことを相当気に入っているようである。
「まさか学生の行事に『死神の玩具屋』が手を貸してくれるとはな。噂だと彼は気分屋だと聞いたんだが?」
「あれもうちの牙に惚れ込んでいるんだよ。彼女のためだと言えば、徹夜で仕上げてくれたらしい」
先ほどから美麗なかんばせが色んな笑みをみせるものだから、ハーレンスは落ち着かない。
「……随分と楽しそうだな」
「そうかな?」
「そうよ。ちゃんと息子のことも応援して欲しいわ」
ウェルラインの隣で観戦していた妻バネッサが、肯定する。
「あなた、アディスが試合に出る時より嬉しそうな顔してる」
「え」
妻に指摘され、ウェルラインは言葉を詰まらせた。息子のことは勿論大事に思っているが、今回のこれは話が別というか……。何と答えれば彼女の機嫌を損ねないのか、思考を巡らす。
そんなウェルラインの様子に、バネッサは吹き出した。
「もう。仕方ない人ね……。狼牙ちゃんは特別よ。わたしも彼女のことは、なんだか娘のように思ってるの。勝ち上がっていくのが楽しみね」
「ああ。今回はわたし直属の部下の晴れ舞台だからね」
バネッサの言葉を聞いて、ウェルラインは安心した面持ちで答えたのだが……。
「ええ、そうよ! 晴れ舞台なのよ!? なのになんでみんな彼女の凄さが分からないのよ! 不正なんてするわけないじゃない。お前らの目は節穴ですか?!っての」
「お、落ち着いて。バネッサ」
彼女が感情を昂らせるので、ウェルラインが慌てて宥める。
「言ったろう? わたしはこうなることを予想していたって」
「え?」
彼は悪戯な笑みをハーレンスに向ける。
「宰相殿の言う通りに、ちゃんと準備させてもらったさ」
目があったハーレンスは、肩を竦めて見せるのであった。
◆
(殿下とは反対の山にいるからな……。まだまだ勝ち進まないといけないのか)
驚きから疑惑へと雲行きが悪くなる中、ラゼは退場しようとする。
「ラゼ・グラノーリ。少し待て」
が、審判からそれを止められる。
(不正なんてしてないんですけどぉ……)
これ以上手を抜けと言われても、困ってしまう。真っ当に剣術や体術で勝負を仕掛けて勝ってしまうと、今まで手を抜きまくっていたことがバレバレだ。
前もって準備してきた「先手必勝、一撃必殺の技を生み出したんですぅ〜」という言い訳を早速一試合目から発動するべきなのか……。
ラゼは自分が何をやったか説明して、無実をアピールしてみようかと口を開こうとする。
『皆さまこんにちは。バトルフェスタ運営からお知らせいたします。今大会より、セントリオール皇立魔法学園では魔導ディスプレイを導入いたしました。大きな画面で試合の見どころをリプレイでお送りいたします!』
すると、元気の良いアナウンスが会場に響くのと同時に、ドーム型の結界に覆われたフィールドに複数のスクリーンが浮かび上がった。
「え。聞いてないんですけど」
そんなことは打ち合わせで聞いていないぞ、とラゼは怪訝な顔に変わる。現れたスクリーンには、ファンタジーを通り越して、SFチックだなという感想を抱く。
「あ! あれ見ろ!」
「さっきの〈甲の間〉の試合だ!」
(うわっ)
大画面に自分の姿が映し出され、ラゼは顔を引きつらせる。
『甲の間で行われた試合は、スロー再生をさせていただきます』
非常にゆーっくり再生される動画に、一同が注目していた。
審判の教師がゴングに合わせて腕を振り下ろした後。背景は全く変わらず、ルカの動きにも変化はない。
ーーが、
「「あっ!!」」
ルカに向かって真っ直ぐ動き出したラゼを見て、会場のどこかから声が上がる。
スロー再生にも関わらず動き出した姿は、まるで彼女だけが違う世界で普通に走っているようだった。全く動かない人形のように無防備なルカに形だけの軽ーいラリアットをくらわせた彼女は、体勢をずらして倒れる彼を自分の腿に乗せるようにして膝をつく。
「「……」」
ラゼ・グラノーリがあの一瞬で何をしたのか理解した観客たちは沈黙した。
「試合開始直後に走ってって、ただ技をかけただけ?」
そう。観客の誰かが呟いた通り。
ラゼは優しいラリアットでルカを押し倒しただけだ。ただそれを、高速でやっているだけで。
「「……オオオッ!!」」
静寂に包まれた会場は、一気に沸き起こる。
「まじかよ!」
「移動系って、こんな戦い方できるのか!」
「まさしく先手必勝って感じの戦法だな」
「すごいね!!」
あっちこっちから賛美の声が上がり、ラゼは居た堪れない。不正をしていないことが証明されたことはいいが、こんな沢山の人目に晒されるのは好きではなかった。どんな表情でいれば良いか分からないラゼの眉は八の字だ。
(もしかして理事長、こうなることを分かってスクリーンを? いや、そんなまさかね……)
観客席に視線を移すと、貴賓席にその人の姿を見つける。同じ空間にはウェルラインとバネッサもいて、ラゼは目を見張る。
こちらが見つめていることに気がついたようで、ウェルラインが軽く手を上げた。その様子から何となく、このスクリーンを彼が用意したものではないのかと思い至る。こんな高性能な魔法道具を作れそうな人は、セルジオくらいしか思い浮かばなかった。
(……宰相殿の差し金か。まあ、不正が無いことが証明されたのは良かったのかな……)
「よし。退場していいぞ」
審判から許可が出ると、自分に集まる視線から逃れるように彼女はフィールドを後にする。
「ラゼ・グラノーリ」
「……はい?」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには先ほど負かしたルカが苦渋の表情でこちらを見ていた。
「…………」
「あの、何か?」
中々次の言葉を発しないルカに尋ねると、彼は目を泳がせた後、観念したのか口を開く。
「魔法起動がここまで速い奴を初めて見た。庶民だけど、そこは認める……」
意外な言葉をかけられて、ラゼは豆鉄砲でも食らったような顔になった。
「なんだよ」
「あ、いや。さっき私のこと嫌いだって言ってたのになぁーと思って」
「……魔法は努力を裏切らない。あそこまで無駄なく魔石の力を引き出せるようになるには、かなりの訓練が必要になる。それが分からないほど僕は馬鹿じゃない」
「は、はぁ……。お褒めに預かり光栄です……?」
何故こんな状況になったのかいまいち流れが掴めなかった彼女は、小首を傾げる。そんなラゼに、ルカは苛立った様子で言った。
「もう。何なんだよ! 悔しいけど、君とは何回やっても勝てる気がしない。僕だって体術を補う分、自分なりに魔法を磨いて来たんだ。だから、その若さでそこまでの域に達するには血が滲むような努力が必要になることが嫌でも分かるんだよッ。貴族だろうが庶民だろうがそんな努力をして来た人に、敬意を払うどころか蔑ろにしていた自分がどうしようもないクズに思える! 君のせいだぞ!?」
荒ぶった感情をぶつけられたラゼは、ポカンと口を開ける。悪口を直接言われたのかと思ったのだが、遠回りに褒めちぎられてはいないか?
(え。ルカ様、すごくいい人じゃん……)
フォリアに振り向いてもらえなくとも、乙女ゲームの攻略対象者のお一人ということらしい。
デレはなくツンツンしっぱなしだが、言っている内容は可愛らしいものだ。
「それは、その。ごめんなさい?」
「違う、何で君が謝ってるんだよ。謝るのは僕のほうで……」
思ったことが溢れるようにして口から出てしまい、ルカは言ってしまった後から、むぐっと口をつぐむ。フォリアのことを思い出してしまったラゼは、彼の意外な面白い一面に好感が持ててしまい少しだけ胸が痛む。
「……。ごめん。グラノーリ。今まで嫌な思いをさせたこと、謝らせてくれ……」
(うっ。謝らないでくれっ)
いや。こんなに真摯な性格だとは、かなり見直した。人間、間違いや失敗をする生き物で、やってしまった後に、ちゃんと謝れるかどうかはかなり大事だ。人間性が出るところだと、ラゼは個人的に思っている。それからすると、今のルカの行動は非常にポイントが高い。
フォリアが好きだったろうに、攻略対象者ですらないモルディール卿に先を越されて、同情せずにはいられなかった。
「すまなかった」と頭を下げられてしまい、ラゼはギョッとする。
「謝罪は受け取りました! もう気にしなくていいですよ」
「君は気にしなくても、僕が気にするんだよ」
ルカはふてくされたように、ぼそりと呟く。
「僕は、お金だろうが武力だろうが、力を持つ者はそれを正しく使って民を導かなければならないと教わって来た。言い方を変えれば、力は隠すものではなく、みんなの導となるように掲げられるものだと思ってる。……だから、グラノーリが今まで力を隠していたことは、正直良いことだとは思えない」
ラゼが相槌を返すのを見て、彼は続ける。
「優れた能力は、ちゃんと評価されるべきだ」
ルカの瞳は真っ直ぐラゼを捉えていた。そこに先ほどまでの苛立ちはもうない。言葉には、彼の信念を感じた気がした。
「負けるなよ」
「……はい。今回は負けません」
ぐっと背中を押された気分だった。
ラゼは強く頷いて、試合で勝ち進むことを心で誓うのである。




