58、二度目のバトルフェスタ①
準備期間、何かと理由をつけてイアンの誘いをかわし切ったラゼ。大会を迎える前に気疲れしてしまったが、真夏のバトルフェスタはついに明日だ。今日はフォリアが就寝したのを見計らって、ハーレンスと最後の確認をする予定である。
「ラゼちゃんの相手はルカくんかぁ」
既に可愛らしいパジャマに着替えた早寝早起きのフォリアが、寮のベッドの上に座ってそうラゼに呟く。毎日欠かさず書いている日記から視線をあげて、ラゼはちらりとそちらをみた。
「フォリアは三年生とだっけ?」
「うん。三年B組、男子の先輩なの」
「そっか。三年生は気合いが違うからなぁー。お互い苦戦しそうだね」
「そうだね……」
枕を抱きしめるフォリアを見かねてラゼは明るく笑い返す。
「大丈夫だよ。どんな結果でも、努力した過程が大切なんだから」
「そ、そうだよね!」
自分が言えたことではないなと心では思いつつ、ラゼは日記帳を閉じるとそれをしまった。
フォリアもそれを合図に枕を置く。
「明日、頑張ろうね。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
挨拶すると部屋を仕切るカーテンを引き、フォリアはベッドに横になる。しばらくして、彼女が夢の中へと誘われたのを確認すると、ラゼはハーレンスの部屋へと飛んだ。
「来たな」
「お待たせいたしました」
ガウン姿のハーレンスに若干目のやり場に困るが、自分も寝巻きなので気にしないことにする。監督官と寝巻き姿で密会などおかしな状況だが、彼に会うのはいつもこうした夜なので気にならなくなっていた。
資料だらけのローテーブルの前にあるソファに座ると、ふたりは話を始める。
「今日は、お忙しかったようですね。姿を見ませんでしたが」
「ちょっと厄介なことがあってな。その対応についてウェルラインと会議をしていて、部屋を出れなかった」
ハーレンスはよく生徒たちの様子を見に訓練場や武道場を訪れるのだが、今日は姿が見えなかった。ウェルラインというラゼ直属の上司の名を聞き、ラゼは訝しむ。
「オーファン中佐。今回の試合……勝ち上がってくれないか」
思ってもみないことを言われキョトンとする彼女だが、ハーレンスの表情は真剣だ。
「外で何かあったのですか」
「ああ。厄介なことがな」
彼はため息混じりに、置かれていた資料を差し出す。ラゼは受け取るとすぐに目を通した。
「先読みの巫女、ですか……」
ラゼは眉間にしわを寄せる。面倒くさそうな、嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
そこにはマジェンダ帝国が保護している預言者「先読みの巫女」が、一方的にシアンに預言をもたらしたことが書かれていた。
それも、今後シアンに起こるであろう大事件を預言する前に、信用に足る情報か判別するため、セントリオール皇立魔法学園で行われるバトルフェスタの優勝者を当てると言っているのだ。
(わざわざ学園内で起こることを当てようとするなんて、「先読みの巫女」とやらは乙女ゲームを知ってる転生者の可能性がかなり高いな)
何故、冷戦状態にあるマジェンダが、今こんなことを言い出したのか。こちらの領土を欲しているのは長年にも渡る攻防で分かってはいるが、今更歩み寄るような情報提供をしてくるのは訳が分からない。
(「先読みの巫女」を持ち上げて、士気を高めようとでもしているのか?)
今は情報が少ないため、確かなことは判断できない。ラゼは取り敢えず、シアンはその預言を信じる気がないことを理解する。
「ちなみに、誰を優勝させなければいいんでしょうか?」
「……二年A組。ルベン・アンク・ローズベリ」
殿下相手に逆八百長もどきか。あまり気は乗らないが、彼女は実力を発揮するだけで、不正をする訳ではない。ラゼは困ったような表情で、資料を置いた。
「よろしいんですか? 私なんかが勝って?」
「ウェルラインも了承済みだ。注目は集めることになるかもしれないが、それは『ラゼ・グラノーリ』にだ。身元の偽装は整っているから、調べられても問題はない。そういう心配はしなくていい」
ハーレンスは苦笑する。
「本当はそんな預言など気にせず、生徒たちには全力を尽くして欲しいんだ。それは君も含めて。……勿論、勝った結果、君に面倒なことが起こるだろうってこともわかるんだけどな」
「私のことは問題ありません。それが仕事ですから」
「……そうか」
ラゼは至って当然のことを述べたつもりだったが、ハーレンスの顔は曇った。彼女は根っからの仕事人間なんだなと、常々思う。
年頃の娘が人より勝る力を持って学園に入ることになれば、すぐに力の片鱗などバレて正体を怪しまれるようなことになるかもしれないとハーレンスはラゼの入学当初そう思っていた。今までもラゼまでとは言えないが、実力のある学生たちがこの学園に入学し、そしていつかはその力を発揮していたのだ。だが、彼の経験による予測というのは外れ、ラゼ・オーファンが特待生という学力面以外において学園で注目を集めることは二年経った今もなかった。
「明日からの警備は人員を増やすことになった。君は試合に集中するといい」
「かしこまりました」
パジャマ姿で首肯するラゼ。ハーレンスは未だに彼女が戦場で指揮官を討ってきた「首切りの亡霊」と呼ばれる軍人だということに慣れはしなかった。
◆
翌日。
保護者やスカウトに来た大人たちに見守られる中、全学年で行われる夏のトーナメント戦。バトルフェスタが幕開ける。
「ラゼさんとルカの試合ですか。楽しみですね」
「特待生のことだから、いつも通り最初のうちに負けるんじゃない?」
「いや。オレ、さっきラゼさんを見たけど、いつもと雰囲気が違った。今回はすごい試合が見られるかもしれない」
クロードとアディス、そしてイアンはフィールドに出てきたラゼとルカを見下ろしていた。その隣では、ルベンとカーナのセットとフォリアが一緒に観戦をしている。
「イアンはこの前の大会から特待生のこと、一目置いてるよな」
「ラゼさんがオレに槍のこと教えてくれたんだ。あの人、すごいよ。剣で一戦やってもらったんだけど、あれはかなり鍛えてるぞ?」
「思い返せば、翡翠の宮でも害獣相手に軽々捌いていました。冒険者業、長いんですかね。ゼーゼマン様とも知り合いのようですし、結構な実力者なのでは?」
クロードの推測を聞くと、アディスはため息を吐く。
「俺もそう思ってギルドでちょっと調べてみたけど、表立った情報は無かった。今回はそうでも無かったけど、長期休みの度に休むどころかクマできるほど働くし。何やってんだか……」
アディスの呟きに、クロードとイアンは目を丸くする。
「なんだ。アディスはラゼさんのこと嫌いなのかと思ってたけど、そんな風に気にするほど好きだったのか!」
嫌いの反対は好き。そんな単純なイアンの他意なきコメント。
「はっ?!」
しかし、アディスは思ってもみないことを言われて分かりやすくうろたえた。取り乱す姿は珍しく、クロードは「おや」と思う。
「気になったから調べただけだよ。別に特待生のことがどうとかそういうのじゃ……」
「あ! 始まるみたいだよ! ふたりとも頑張れー!」
運良くフォリアの応援が話を遮り、アディスは口をつぐむ。彼の耳がほんのり赤くなっていたことは、クロードしか気がついていなかった。
フィールドを見下ろすと、ラゼとルカが対面し礼をしているところだった。
「あら? ラゼ、武器を持っていないわ」
「本当だ! いつも模擬剣を持ってるのに。手で戦うのかな? わたし、ラゼちゃんが組み手してるところなんて見たことないです」
カーナの指摘にフォリアも興味津々である。
「そういえばグラノーリは、ルカの魔法起動を弾いてたな」
「……この試合。もしかすると、もしかするかもしれませんね」
カーナはルベンに答える。
ルカの実力は皆知っているから、ここにいるものの多くは彼が勝つと思っているだろう。だが、今回のラゼ・グラノーリは一味違う。
ひとつ大きくゴングが鳴り響き、波乱の試合が始まった。
「「「え?」」」
一瞬だ。ゴングが鳴り終わった次の一瞬。
「そ、そこまで!! 勝者ラゼ・グラノーリ!」
試合は最速で終わりを告げる。
首元に片腕でラリアットを入れられたような形で倒れ込んだ体は、ラゼの膝の上に受け止められているルカ。何が起こったか分からない顔で空を見つめる。勝負の開始とともに魔法を起動しようと思えば、体に衝撃が走り、気がつけば仰向けに倒されていた。
「すみません。今回は負けられなくて」
そんな呟きとともに上半身を起こされ、彼はやっと自分が負けたことを理解する。
タイムラグがほぼ無い魔法起動。一流の芸当だ。気がついてはいたが、彼女はやはりただものではない。
「やっぱり、僕は君が嫌いだ」
ルカの言葉に、ラゼは困ったように笑うだけだった。




