57、気付いた事実
数週間の休みを挟んで学園に戻って来た生徒たちだが、バトルフェスタの準備期間——言い換えると調整期間が始まり、授業は実技のみになる。ほぼ自習のような形態だ。
剣を振るう者、魔法を極める者虎視眈々と想い人に差し入れをしようと狙っている者など、各自思い思いに時間を過ごしている。
昨年の今頃ラゼはいわゆる筋トレをしていたのだが、今回彼女の姿は訓練場に見当たらない。
「ラゼさーん! ラゼししょーう!」
その代わり、ラゼの名前を大声で呼びながら赤髪の学生が訓練場を走り回っていた。
彼こそは、この間の冬の学年別トーナメント戦で優勝を収めている、イアン・マッセ・ドルーアである。得物を剣から槍に変えての戦いぶりは、まだ記憶に新しい。
「ど、どうしてこうなった……」
名前を呼ばれている本人ラゼ・グラノーリは、訓練場側の校舎の影で、在学中一番の困惑顔をしていた。
*
はてさて。どうして赤髪の彼はあんな無邪気に、恥ずかし気もなく、人探しをしているのだろうか。
あんな風に名前を呼びながら探しものなど、迷子になった子供を探す親か、ペットを探す子供、もしくは本気で窮地に陥った状況でしかラゼは見たことがない。
「ラゼ師匠ー! いたら返事をしてくださーい!」
こうして隠れている間にも、イアンは自分の名前を呼びながら訓練場やら武道場を駆け回っている。
下手に目立ちたくないラゼからすると不味い状態だ。
前回あんな立ち回りをしたイアンが「師匠」と呼ぶ人物とは一体何者なのか。将来の進路にも関わる試合ということもあり、特に騎士団に入団したい生徒たちは、こっそりと彼の行動を目で追っている。
ちょっと図書館に寄って、訓練場に顔を出してみればこれだ。完全に出て行くタイミングは逃している。
「ああ。なんでこんなことに。…………自分のせいか……」
自問自答し、ラゼはがっくり項垂れた。
遠くにはイアンが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「師匠って呼ばないでくださいって言ったのになぁ」
冬の大会では、ちょっとアドバイスをしたつもりだったのだが、まさかこんな厄介なことになるとは。
たいしたことはしていないはずなのだが、何故かイアンは自分を探している。彼の性格からすると、ひと試合してくれとでも言われそうだ。
うまく手を抜いて負ければ、とラゼは考えたが一度勝ってしまっているし、よく言えば一途、悪く言えば頑固なイアンが手を抜いて納得してくれるのかも危うい。ああいう、野性の勘が働きそうなタイプは警戒しなくてはならない。
ラゼは極限まで自分の気配を消したまま、その場で対策を考える。
(既に冒険者をしてたっていうフェイクの肩書は、バレてるんだよね)
冒険者の登録をしている学生なんて、優秀な人材が集まるこの学園であればそう珍しくもないだろう。さすが貴族の学園だけあって、教育に力を注いでいる家はほとんど。中には勿論、危険なことはさせたくない、という方針の家庭もある。が、男子の場合は得てして文武両道が目指すべき姿とされている。ここに集まった生徒たちは、幼い頃から実績ある家庭教師たちから指導を受けてきたものが大半に違いなかった。
(ちょっとくらい力を出しても平気か? いや、でも相手はイアンくんだしな……)
学年一番に輝いたイアンと良い勝負なんてしてみろ……と想像し、ラゼは唸る。
(…………そもそも私が力を出したところで、狼牙だって気がつかれるものかな?)
現実逃避に入った彼女の思考は、根本へと立ち返った。
乙女ゲームのキャストの皆さんは、揃いも揃ってハイスペック。何より、容姿がいいので何をしてもとにかく目を引く。
庶民ラゼ・グラノーリが移動系の魔法を使ってみたところで、パッとしないだろう。
何せ、彼女は他国から「首切りの亡霊」と呼ばれているのだ。空間を自由に移動し、姿も見せないうちに敵を倒す戦闘スタイルだからこそ、他国どころか自国の軍人たちにすらラゼの顔は割れていない。
味方でも初めて会った人には、何故子供が軍服を着ている? なんて怪訝な顔をされるのだ。
それでちょっかいを出されることはザラだ。
軍服を着て、第五三七特攻大隊の隊長だと、つまりは狼牙だと名乗っているにも関わらず、その見た目からすぐに信じてもらえない。
——そうであれば、尚更……
(あれ? 別に私がここで本気を出したとしても、正体なんてバレなくないか?)
本気でやれば自分の姿すら人に見せないで任務をこなせる……。その技術が、彼女には確かにある。何せ、ラゼ・オーファンは生きて「狼牙」の称号を得た初めての存在。唯一無二の生きる伝説なのだから。
ラゼは愕然とした。
どうしてこんな簡単なことに、今まで気がつかなかったのか。
特待生として学園に入学し、「冒険者だ」と偽の告白をした時点で、自分は勉学に優れていても当たり前だし、武術が出来てもおかしい事はない。
「ハハ……」
こんなことにも気が付けないくらい必死に素性を隠そうとしていた自分に、気が抜けたラゼは思わず自嘲を溢す。
学園に入学し、彼女には大事な友ができた。
カーナとフォリアと、ラゼ・グラノーリとして接する間は、自分が軍人だとバレたくなかった。
たとえ「狼牙」のラゼ・オーファンであろうとも怖いものはある。
単純な話。ラゼは自分が軍人だとバレて、彼女たちとの今の関係が壊れることが怖かった。
自分に初めて出来た、心を通わせることのできる友達。偽装工作のように、作ろうとして作れるものではない存在は、ラゼにとってはどんな高価な魔石より特別なものだった。
気が付かないうちに、随分とここを気に入っている自分がいた。
自分が国を守るとは言え、滅多なことで、戦いで武功を上げた狼牙だと露呈することはない。
そう思い直すと少し身体が軽くなった気がする。
「うん。頑張ろう。てか、あれ? なんでこんな考えに至ったんだっけ?」
見守り役としてこれからも頑張っていこう、と真面目に前向きになったところで、ラゼは小首を傾げる。
「ラゼさーん!」
「あっ、」
そこで自分を呼ぶ声が耳に戻って来て、彼女は現状を思い出す。こっそり視線を訓練場に戻すと、イアンはフォリアを見つけて彼女に話しかけている。
話が脱線しすぎた。全力を出しても狼牙だとバレないとは思ったが、それはあくまで軍人として動く場合だ。学生たち相手に全力を出すわけにはいかないし、イアンを負かしてしまうとスカウトに来る大人の目が面倒だ。
「……今回は取り敢えず、気がつかなかったフリをしよう」
ここは知らなかったフリをして、やり過ごすべきだが、果たして準備期間中逃げ続けることはできるのか……。
そう考えながら踵を返したときだった。
「特待生みっけ。こんなところで何してんの? イアンが探してるけど」
振り向くとそこにいた男子生徒に、ラゼはびくりと肩を震わせる。
こちらに近づいてくる気配は察知していたが、無視されると思っていたのに、まさか声をかけられるとは思っていなかった。
上司の息子であるアディス・ラグ・ザースの姿を間近に見て、ラゼは内心非常に驚いていた。
(私の気配は消していたはず……)
気配を消しすぎると逆に不自然なので、上手く空気に馴染ませていたはずなのだが、手を抜いていたとはいえ学生に見つかるとは。
「その……私がここにいたことはナイショということで……」
ラゼはその場を流して立ち去ろうとした。
「待って」
「はい?」
そこでアディスに引き止められる。
気配を探知してまで自分を探したのだ。何か用があったのかもしれないと、ラゼはじっと彼の言葉を待つ。
「えっと、その、君さ……」
いつも嫌み混じりに話す彼が珍しく歯切れの悪い様子に、彼女は不思議そうに首を傾げる。
彼はちょっとだけ口籠ったが、覚悟を決めたようで、真っ直ぐラゼを見つめた。
「変なこと聞くけど」
「……はい」
「君、誰かと婚約したり、とかした?」
「へ?」
思わぬことを訊かれ、ラゼの口からは変な声が出た。それをアディスは否定的に捉えたのか、すぐに言葉を継ぐ。
「いや。気のせいならいいんだ。今のは忘れ——」
「な、なぜそのことを」
「は?」
(まさか閣下が私のことを話した?!)
軍人たちしか知らないはずの情報に、ラゼはものすごく気が動転した。
もしかするとアディスはウェルラインから自分のことを聞かされたのではないか、と瞬時にそう誤解する。
今の会話で驚いたのはラゼだけではなく……。
アディスはみるみるうちに大きな瞳を見開き、ラゼの両肩を掴む。
「何それ。君、どこのどいつと結婚するつもりなわけ? まさかお金のために結婚するなんて言わないよね?」
これまた珍しく真剣な眼差しに射抜かれて、彼女は直立不動。
「い、いいえ! 婚約を申し込みましたが、結局のところ周りから『落ち着いて考えてくれ』と説得され、婚約の話はなくなってしまいました!」
あんな思考をしたばかりなのに、つい軍人みたいな報告をしてしまうラゼ。
ジュリアスとの婚約は、仲間たちから「お願いだからもう一度考え直してくれ」と頼み込まれてしまったため、実行に移せていなかった。
「じゃあ、実際は婚約してないってこと?」
「はい」
首肯するのを見て、アディスの手から力が抜ける。
「……ん? ちょっと待って。今、『婚約を申し込んだ』って言った?」
「はい」
真面目に返事をしっかりしたラゼ。
アディスはまるで信じられないものを見るような目に変わる。
「君、好きな人なんていたの?!」
「いえ。訳あって私が婚約したかっただけなので。もちろん、カノジョのことは好きですけど、恋愛対象とはまた違った感情ですかね」
「かのじょ?!」
「身体的には男性ですけど、心は女性なんですよ。正直、女子力高すぎて、前々からお嫁さんに欲しいとは思ってたんです」
「嫁……」
「カノジョ以外、私と婚約してくれそうな人がいなかったんですよ」
「……」
こればかりは、ラゼの説明の仕方がよろしくなかった。アディスはかなり混乱した様子で、何とか会話の内容を咀嚼する。
「つまり君は何かしらの事情で、そのカノジョとやらに婚約を申し込もうとしたが、結局話はなくなったということかな?」
「その通りです」
「ちなみに、その婚約しようと思った理由は?」
ラゼは答えるか一瞬だけ迷ったが、アディスも予言の書を知っているので話しても良いかと口を開く。念のため防音装置も作動させる。
「カーナ様が婚約破棄に怯えていらっしゃるので、先に私がやってしまおうかと思いまして」
「……」
アディスはじーっとラゼの目を見た。
「……本気で言ってるね」
「はい。本気で言ってます」
彼はハァとため息をもらす。
「なんで君はいつもそう、自分のことを大事にしないかな……」
「?」
声色から心配されているような感じは伝わってきたが、どこにそんな要素があったのか分からず、ラゼは疑問符を浮かべる。
前世の記憶でも、婚約破棄どころか離婚なんて珍しいものではないし、破棄するつもりで婚約するのだから心も痛まない。
キョトンとしているラゼに、アディスは頭をかいた。
つい先日、ウェルラインから「庶民で学園に通う子は、市井に戻ればたくさん婚約を申し込まれそうだよね」と意味深な発言をされ、同席していたバネッサにも驚いた様子で「もしかして」と呟きながら一瞥されたのがやけに印象に残っていたアディス。
それは、なかなか行動を起こさない息子を後押しするために、ウェルラインが仕掛けたトリガーだった。
アディスが庶民の女子に負けたと知っているバネッサが反応したのだ。思い当たる人物はラゼくらいしかいない。
そんなまさかと思っていたが、まんまと父親の思惑にはまって一向に胸のモヤが晴れない彼は思い切って聞いてみれば結果はこれだ。
尋ねてよかったと思えたが、彼女の危うさには落ち着かない。
「自分一人でなんとかしようと思うなよ。彼女に気を使わせたくないけど、殿下にも言い辛いなら俺に言えばいい。それくらい協力する」
「え、あ、はい……」
思いがけず優しい言葉をもらえたので、ラゼは面食らった。
「じゃあ。俺はもう行くから」
アディスは物陰から光の当たる場所に出ると「イアン!」と声を張る。
(な!)
ラゼは居場所をバラされると思い、顔をしかめたが、それも一瞬で。
「打ち合いしない? 相手を探してて」
「お! いいぞ!」
戦う相手を見つけて、イアンはラゼを呼ぶのをやめた。
動ける場所へと移動する間、アディスがちらりとこちらを見るのが分かる。
(助けてくれたのか……)
彼女は慌てて頭を下げる。
その日、ラゼは初めてアディスがいいやつかもしれないと思うのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
(身バレについて怪しい雰囲気になって参りましたが、こうなったらとことん最強ラゼさんと向き合って意地でも身バレをしたい所存であります。逆に燃えてます)




