55、長期休みの締めくくり
【前回までのあらすじ】
外野(軍のサブキャラ)勢が、ラゼの破壊前提婚約申し込みを知り、酒場でひと暴れしちゃいました。
「代表〜。明日から学校ですね」
「そうだね〜」
執務室で書面と向き合うラゼに声をかけたのは、ハルル・ディカード中尉だった。普段、ラゼの副官として働いているクロス・ボナールト大尉の姿はそこにはなく、書類が少しづつ溜まっていく机はどこかもの寂しい。
ハルルはクロスの仕事机に軽く腰掛け、徐に書類を手に取ると、ぱらりとめくって視線を落とす。
「クロスへの引き継ぎは、大丈夫そーですか?」
「うん。大丈夫だよ。最近、私の仕事がまともな量に減ったから、引継ぎ書を書く時間はたっぷりあったんだ」
「それは良かった。まあ、代表は日頃からもっとオレたちに仕事回してくれてもいいんですけどね?」
ハルルの悪戯な笑みをみて、ラゼは微笑する。
「言われずとも頼りにしています。留守をよろしく。本当は、ボナールト大尉が回復してからここを離れたかったんだけど……」
「あの怪我じゃ、復帰はちょうど明後日ですかね」
「……なんか、ほんと、申し訳ない……」
ラゼは一昨日の出来事を思い出し、頭を抱えた。
「代表のせいじゃないですよ。クロスは邪神と化したセルジオ・ハーバーマスから代表の未来と酒場を守った英雄です。それに腕の一本や、二本、軍人だったら捨てる覚悟じゃないと」
そう言うハルルは、ニタニタ笑ったままだ。
今、ここにいるべきはずのクロス・ボナールト大尉は、現在 皇国病院で療養中である。
というのも、「死神の玩具屋」と呼ばれる男との戦闘により、彼は両腕を複雑骨折していた。鬼才(頭のネジが一本、いや二本ほど外れた変人)相手に、酒場やあたりの建物を壊さないように戦うことは至難の技であり、ボナールト大尉の腕が犠牲になったことは最小の被害とも言えた。
傷自体は、皇国病院の治癒師にすぐ治してもらえたが、破損した肉体が治ったと脳が認知するまでにはタイムラグが生じてしまう。この時間には個人差があるが、大きな損傷ほど時間は長くなるものだ。
ラゼも一年生のバトルフェスタで致命傷に近い傷を負わされすぐに治癒されていたが、彼女の場合、それまでの経験から脳の順応が早まり、体を動かすことが可能だった。そこまで順応率を上げるには、それなりの痛みの代償が必要となる。
クロスの完全回復に5日ほどかかるのは、決して遅い期間ではないわけだ。
「……まさか、私が婚約しようとしただけで、あんな騒ぎになるとは思わなかったんだよ……」
ラゼは酒場の椅子で目を覚ました時のありさまを脳裏に浮かべる。
何やら周囲が騒がしいと思って目を開けてみれば、炎や水、風の魔法が飛び交い、敵襲に遭っているのだと本気で驚いた。飛び起きて戦闘態勢に入ってみれば、前世でいうところの八岐大蛇、男のメデューサ、とでも表現すべきような、鎖の蛇を操るセルジオと仲間が交戦中。
それを見て彼女が最初に思った一言は、「意味がわからん」。一体、何をどうすればこんな事になってしまうのか、ラゼには心当たりなど微塵もなかったのだ。実際のところ、彼女が破棄前提でジュリアス・ハーレイに婚約を申し込もうとしたことが引き起こした問題だったのだが……。
訳もわからぬまま、両腕をだらりとぶら下げたクロス・ボナールト大尉が視界に入った瞬間、ラゼは一瞬でセルジオの背後を取り、動きを封じた。その後、落ち着いて話を聞いてみれば、自分のせいでセルジオが暴れることになったことが分かり、ラゼは言葉を失うことになった。
ちなみに、犠牲となったクロスは仲間たちに「よく頑張った!」「お前は英雄だ、クロス!」「さすがです、大尉」「よッ。炎の守護神!」と労われながら、病院へと搬送された。
彼には自分以上に苦労をさせてしまっていると、ラゼは心から申し訳なく思っているところである。
「大尉が復帰したら、これを渡しておいてくれるかな?」
ラゼは用意しておいた袋をハルルに差し出す。
「これは?」
「お酒。年代物らしいよ。飲みたかったら、大尉にお願いしてね」
仲の良いクロスとハルル。ラゼはニコッとハルルに笑いかけた。彼もつられて笑うと、頷いて袋を受け取る。
「学校、始まったらバトルフェスタ?が始まるんでしたっけ?」
「そうだよ。今年はバトルフェスタが終わったら、学園祭もあるから忙しくなりそう。まあ、騎士団が警備についてくれるらしいから、私は大人しくしているつもりだけどね」
「学園サイ? 何スか、それ?」
この世界では学園祭というものは珍しい。ハルルは聴き慣れない単語に目を丸くする。
「お祭りだよ。学園の祭り。生徒がクラス単位で出し物をするんだ。食べ物を出したり、演劇をしたり。流石貴族の学校だけあって、かなりレベルが高い出し物になりそうだよ」
「へぇ〜。いいですね! 楽しそう。オレも混ざりたいなぁー、なんて」
「でしょう? 外務大臣の娘さんの意向で、祭りの間は招待券があれば、一般の人も学園に入れるようにする予定なんだ。今は理事長と騎士団代表数名と、警備システムについて色々検討中」
きっと面倒で大変な作業のはずだが、そう語るラゼはどこか楽しそうだ。彼女の年相応な反応にハルルは目を細める。
「あ、あのさ……」
「はい?」
そこで少し目を泳がせながらラゼが口籠り、彼は小首を傾げる。何でもハキハキ喋るラゼには珍しかった。
「その。もし、もしもだよ? 私が招待状を渡したら、ディカード中尉や、ボナールト大尉はどう思う、かな……?」
不安そうにチラリと見上げた彼女に、ハルルは目を瞬かせる。
そしてラゼが言いたいことを理解した彼は、みるみるうちに満面の笑みを浮かべ、答えた。
「そりゃあ、嬉しいに決まってますよ!」
その屈託のない返事に、ラゼの瞳がきらりと輝く。
「なんなら、任務より優先して行きます!!」
勢い余って前のめりになるハルルに、彼女は思わず笑った。
「ハハッ。それはちょっと、困っちゃうなぁ」
口では困ったと言っても、ラゼの目は優しく弧を描いていた。
*
ラゼとハルルが某軍施設で会話をした時より、時間は少しだけ遡り。
そこは皇国病院のとある一室。
窓際のベッドで小さなボールを持ち、指を動かすリハビリをしていたのは、クロス・ボナールト大尉であった。
「まさか、腕を折られるとは……。“鬼才三本柱”の名は伊達じゃないということか……」
回復が遅い左手からボールを離し、彼はため息を漏らす。
「鬼才三本柱」とは皇国軍の中で使われる言葉だ。クロスの腕の骨をボロボロにしたセルジオと、「白衣を着た悪魔」ことヨル、そして彼の上司でもある生きて「狼牙」の称号を得たラゼの三人のことを指している。
「……セルジオさんは専門が技術職だから、戦闘となると、力加減を忘れるんだな」
彼はあの時を振り返りながら、体を倒してベッドに背を埋める。その病室には他にもベッドは並んでいたが、使用しているのは彼だけである。
徐に、いい天気だなと思いながら窓の外を眺めていると、視界の端に人影が映り込む。
そして顕になったその人物に彼は息を飲んだ。
「かっ!?」
そこには居るはずがない人に、仰天したクロスの言葉は途中で止まる。
そんな彼の驚きを他所に、窓の隙間に手をかけてカラカラと開けて「やぁ。元気そうだね」と声を発したのは、死神宰相ーーウェルライン・ラグ・ザースであった。
「ああ、ただの散歩中だから。楽にしてくれて構わない。むしろ、こんなところから突然すまないね」
「い、いえ!」
クロスは慌ててベッドから降りて立ち上がろうとするが、ウェルラインはヒョイと窓から中に入って、彼を座らせた。
「実は執務室を抜け出して来ていてね。わたしがここに来たことは内緒にしてくれるかい?」
微笑を浮かべる死神宰相は、男でも肝を冷やすくらい綺麗な顔をしている。クロスは今起きていることの理解に苦しみながらも、大人しく上官の命令に従った。
「その、わたしに何か……?」
「君が怪我を負うことになった経緯が個人的に気になっていてね。決して罰しに来た訳ではないことは了承してくれ。あ、これはお見舞いだよ」
「……あ、ありがとうございます」
フルーツの盛り合わせを受け取ったところで、クロスの肩にこもった力が抜ける。それを見てからウェルラインは話に入った。
「ついさっき、オーファンくんの副官である君が入院したと耳にしてね。昇級を渋っているような優秀な大尉が町で怪我なんて不思議だと思ったんだ。話を聞けば、セルジオ・ハーバーマスくんがひと暴れしたそうじゃないか。彼の相手は大変だっただろう?」
「そう、ですね……。この通りです」
「はは。君まで本気を出したら、町が大変なことになってしまうからね。感謝するよ。それは名誉の傷なわけだ」
ふと、ウェルラインの背後に穏やかな風が吹き込み、彼の滑らかな御髪が揺れた。
つくづく絵になる人だなぁ、とクロスは内心ため息を吐きながら、困ったように相槌を返す。
「それで、その理由を是非聞いてみたくてね。ここは参謀本部から近いから、直接来させてもらった」
用件を理解したクロスは宰相ともある人がわざわざそんな話を聞きに来たとは、にわかに信じられなかったが、隠すこともないだろう。
「セルジオさんが暴れた理由ですか。端的に言えば、オーファン中佐殿の婚約を阻止するため、ですね」
クロスはすぐにそう答えた。
「ん?」
ウェルラインはクロスの言葉をすぐに咀嚼することが出来なかったようで、眉を潜めて首を傾げる。
「……すまない、今、婚約と聞こえた気がしたが?」
「ハイ。ラゼ・オーファン中佐とジュリアス・ハーレイ少佐の婚約を妨げるため、セルジオ殿がハーレイ少佐とそっくりな機械人形を作成しようとなさった為、酒場に居た我々がそれを止めることになりました」
ウェルラインの表情はみるみる変化する。クロスが二度目の説明を終えると、彼は目を見開いた。
「オーファンくんが、婚約だと?!」
どこか見覚えのあるような、ないような、驚き方に、クロスはびくりと肩を竦ませる。
「そ、そう来たか。まさか、軍人を選ぶとは。彼女の性格上、仕事場とプライベートを混合できるようなタイプではないと踏んでいたんだが」
ウェルラインは口元に手を当て、ぶつぶつと呟く。どこか慌てた様子の宰相の姿を、クロスは目を丸くして見守った。
「いや、待て。大尉、君は今、ハーレイ少佐と言ったかい?」
「ハイ」
再び視線が自分に飛んできて、クロスはドキリとしながら返事をした。
「ど、どういうことだ……。彼は確か……」
「そうですね。カノジョと表現するような方です。わたしも、男性が好みだと聞いていました」
「そう、だよな」
「……代表から婚約を申し込んだそうです。本人もそう言っています。詳しくはわたしも聞いていませんが、贈り物もしているそうですし、本気なんですかね……。後でジュリア少佐が心変わり、なんてことにならないと良いのですが」
ウェルラインは衝撃的な事実に、思わず額に手を置いて唸る。
狼牙には、何としてでも国にとどまって欲しいものだ。学園潜入を通じて、あわよくば皇国貴族のパートナーを見つけてくれれば、とウェルラインは考えていた……。いや、そんな下心は横に置いといたとしてもーー
「アディスのやつ、全く意識されてないじゃないか……」
「え?」
ウェルラインの呟きを拾えなかったクロスが聞き返すが、「なんでもないよ、こちらの話だ」と答えて端正な顔に笑顔を貼り付ける。
「興味深い話をどうもありがとう。やることが出来てしまったから、ここでお暇させてもらうよ。早く良くなることを祈っているよ。天の導きがあらんことを」
「は、ハイ。天の導きがあらんことを」
窓から退室していくウェルラインを見送り、クロスはフウと息を吐く。
「……今のは、結局なんだったんだ?」
ウェルラインが来たことを証明する籠からは、甘く熟れた旬の果物たちが顔を覗かせていた。
【お知らせ】
いつも『軍人少女〜』をお読みいただき、ありがとうございます。
活動報告では既にお知らせさせていただきましたが、ご縁に恵まれまして本作が書籍化することが決まりました!! 本当にありがとうございます!
これからも応援よろしくお願い致します。
(作者はとにかく改稿と更新を頑張ります…!汗)




