47、熱りの冷めたあと
目を覚ましたラゼは、朝から隣に女神のご尊顔を見て目を細めた。
すやすや寝ているカーナは、普段よりもあどけなさがあって可愛らしい。
(もうちょっとゴロゴロしていてもいっか)
一昨日までは飛び起きて準備をし、仕事に明け暮れていたのだが、こんな日があってもいいだろう。
目をつぶっても眠気はやってこないので、ぼーっとベッドで天井を仰いだ。
しばらくするとメイドが起こしに来たのでラゼは軽く会釈する。
「こちら、グラノーリ様のお洋服です」
「用意してくださったんですか?」
「はい。クロード様が」
「ありがとうございます」
今日着る予定だった服をぐちゃぐちゃにしてしまったので助かった。害獣の血はなかなか落ちないのだ。
「ん、……ラゼ?」
「おはようございます。カーナ様」
「おはよう」
「気分はいかがですか?」
「ええ。ラゼがいてくれたから、ぐっすり寝られたわ。今日も準備、頑張りましょう!」
カーナも目を覚ましたところで、ふたりはベッドから降りて着替える。
ラゼに用意されたのは可愛らしいワンピースで一瞬着るのに戸惑うが、無下には出来ないので袖を通した。
髪をいつものように編み込み、軽く化粧をしたら支度は終わり。
メイドさんに整えてもらっているカーナは、ルベンとお出かけだからか気合いが入っているように見える。
「お待たせ。朝食に行きましょう」
「はい」
昨日襲われたことは、そんなに響いてないようでラゼは安心した微笑みを浮かべた。
「えっ。昨日の夜、そんなことが?!」
宮で熟睡していたフォリアが、夜の出来事について聞かされ驚きの声を上げる。
(結構、騒いでたんだけどな)
ラゼはフォリアがあの騒ぎの中で目を覚さなかったことの方に驚くが、彼女にはガーデルセン教会での事件の経験もあるので、何も知らない方がいいのかもしれない。
「ああ。今、騎士団が詳しい調査を進めているが、スタンピードで間違いない。
あんなことがあった後だ。今日は皇都に戻ってゆっくりしても」
「えっ」
買い物に行く気満々だったカーナが声を漏らし、殿下が目を丸くする。
一番、心配していた相手が残念そうな顔をするのだから、意外だっただろう。
「……。カーナがいいなら、準備を進めてもいいが。平気か?」
「はい! ラゼがいてくれて、ぐっすり眠れましたし。その、ルベン様がお守りくださったので……」
「「……」」
朝から糖分高めで、数人の目が悟ったものになる。
当のご本人方は、ふたりだけの空間にトリップしてしまった。
ラゼはコーヒーをごくりと飲み込んだ。
「ラゼちゃん、カーナ様と一緒に寝てたの?」
「え? うん」
フォリアが気になるのはそこらしい。
ラゼが頷くと、彼女は目を見開いた。
「ええっ。いいなぁ! 今日はわたしも一緒に寝ていい?」
「フォリアがいいなら、別にいいけど……」
「やったぁ!」
昨日の夜とのギャップで、フォリアが眩し過ぎて目を細める。
勢いに任せて、フォリアには覚醒してもらうなんて口から滑り出てしまったものだから、何とかしなくてはならない。
(〈浄化〉の力か……)
それは選ばれた治癒師にのみ使うことができる力。
魔を払い、聖なる恩恵を与えるとされている。
何百年もその存在は現れず、伝説のような扱いにもなっているのだが、カーナが言うのだからフォリアにはその力があるに違いない。
流石ヒロインクオリティ。
しかし、真剣な話、この力は国の護衛対象だ。
今まで通りの生活を保障することはできない。
果たしてそれがフォリアにとって良いことなのか。ラゼが独断するには荷が重かった。
(もし、フォリアがシナリオ通り殿下の寵愛を受けることになっていれば、こんな事を考える必要は無かったのか?)
そう考えた自分に気がつき、ラゼは表情を固まらせた。
なんて自己中心的で、友の心を思わない、酷い考えなのだと頭を振るう。
ただでさえ、前回の夏の大会で侵入者があったために騎士が何人か配置されているのだ。これ以上生徒たちに縛りを与えるのが良いとは思わないし、そのために自分が潜入している。
(……モルディール卿に話すべきか)
難しい顔をして料理と向き合う彼女を、不思議そうにフォリアが覗く。
「どうかしたの?」
いつも幸せそうに食べるラゼには珍しかった。
「ちょっと考え事」
彼女はすぐに微笑し、食事を口に運んだ。
食事が終わると、集合場所と時間を決めてそれぞれの班が動き出す。
せっかく翡翠の宮に来たのに、一日でお別れとは残念だが、次に泊まる場所も殿下が用意しただけあって豪華なところ。
魔法開発組は先にそちらに移動し、紙とキャンドルを見つけてくる組たちはそれぞれ目当ての店へ。
「では、行ってきます」
「気をつけるのよ? ラゼも女の子なんだから、困ったらちゃんとクロードとアディス様を頼るの。いい?」
「買い物をするだけですから」と出そうになった言葉をラゼはぐっと飲み込む。
彼女たちは、それすらも護衛がいる生活をしていることを忘れてはいけない。
貴族も大変なのだ。
「わかりました。カーナ様もお気をつけて」
「ええ」
カーナとルベンは馬車で移動する。勿論、護衛の騎士もたくさん付いていく。
市井に混じるために変装はしているが、隠しきれないキラキラオーラ。いいところのお坊ちゃんとお嬢様が狙われないことを祈る。
見送りに挨拶すると、ラゼは同じ班のクロードとアディスを振り返った。
このメンバーでも、宰相の息子であるアディスには護衛を付けるべきなのだろうが、彼のダンジョンでの活躍と、暗殺業を営むクロードがついているので免除されている。
何より、ラゼというこの国一を争う実力者がいるので護衛など足手纏いにしかならない。
まあ、その事実を知っている者はここにはいないのだが。
「じゃあ、行きますよ?」
「はい」
「どうぞ」
ラゼはクロードとアディスの肩に手を置く。
足元に魔法陣が浮き上がったかと思った次の瞬間には、室内から木陰に転移していた。
「着きました。ビーハムです」
「……。実感がありませんね」
数秒で違う場所に来て、クロードは宮の裏庭なのでは無いかと不安になる。
「先にハピリフに行きましょう。時間が余ったら、ちょっとだけ街を見て歩きませんか? せっかくですからお土産も買って帰りましょう」
「そうだね。どうやら、ここはちゃんとビーハムみたいだし」
先を確認したアディスがそう答えた。
目下には、〈水の都〉と呼ばれる白と青の建物が並ぶビーハムの町と煌めく海が広がっている——。




