46、覚醒しないと
クロードに連れられて、ラゼは使用人用の裏口から宮に入るとすぐに風呂場に連行される。
服は貸してもらえるし、こんな夜中に湯船に浸からせてもらえるのでハッピーだ。
風の魔法で髪を乾かし、気を遣ってくれたメイドさんに温かい飲み物を恵んでもらうと、クロードも同じく着替えて風呂から出てきた。
「騎士団の方と執事長が仕切ってくれているので、後は気にしなくていいですよ」
「わかりました。お疲れ様です」
ラゼはぺこりと頭を下げる。
「あ。腕とか、傷がありましたよね? 治しました?」
服に引っ掻かれたような跡があったことを思い出すと、彼女は椅子から降りてクロードの袖をまくって傷を見る。
「うわ。結構深いじゃないですか」
「あら、やだ。包帯持ってくる?」
メイド長のマーサが救急箱を取ろうとするが、ラゼは首を振る。
「これくらいなら、私でも塞げます」
彼女はクロードの傷に集中する。
あまり治癒の魔法は得意ではないのだが、職業柄鍛えてはいるので、体力と時間さえあれば傷を塞ぐことくらいはできる。
じんわりと傷口が温かくなったかと思えば、みるみるうちに塞がっていく。
クロードは目を丸くした。
「ふぅ。他に酷いところはありませんか?」
「無いです……。ありがとうございます」
「いーえ」
ルカより魔法が勝るとバレてしまった以上、力を隠している必要性も感じない。
(これでよし……)
彼の怪我は己のミスでもあるので、彼女はその証拠を隠滅した。
マーサがクロードにも飲み物を勧め、彼は少し迷ったあと椅子に座った。
「それにしても。こんなに小さくて可愛い子が、あんなに血塗れになるなんて。怖かったでしょう?」
「大丈夫ですよ。逆に驚かせてしまって、すみません」
「そんなことないわ!」
少し大きな寝間着を着て、ちょこんと椅子に座り、両手でマグカップを持っているラゼをよしよしと撫でるマーサ。
この数分で大分慕われている。
「平民の子が来るっていうから、どんな子かと思っていたの。本当にいい子で、うちの子に欲しいくらいだわ」
「マーサさんがお母さんだなんて、とっても素敵ですね」
「まあ!」
柔和な雰囲気に、クロードは先ほどまでの出来事が嘘のように思えた。
「クロードくん。明日はどうなりそうですか」
「原因が解明するまで、この宮にはいられませんから、明日はまた違う場所が手配されるでしょう。学園祭の準備については殿下とカーナ嬢次第でしょうね」
「そうですよね。私のお休みは明後日までなので、少しでも用意して置きたいのですが……」
ラゼはミルクと蜂蜜入り紅茶をこくりと飲む。
自分には時間が限られているのだが、だからと言ってひとりで駆け足していても仕方ない。
「それならわたしも付き合いますよ」
「え、ありがとう! 頼りにしてます」
つい軍にいるときのような話し方になっている。クロードとの距離が縮まったので、これを機にもっと仲良くなりたかった。味方は多いにこしたことはない。(将来のためにも)
「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたんだ」
そこに現れたのはアディスで、どうやらふたりを探していたようだ。
「どうかしたんですか」
「君たちの無事を確認しに来ただけ。
カーナ嬢、かなり心配してた。行ってあげてよ」
「え。殿下がいらっしゃいますよね?」
その提案は飲めないなとラゼは語るが、アディスが眉を寄せる。
「それでも。君になら話せることもあるんじゃない?」
「……わかりました」
ラゼは意味深なアディスの言葉に腰を上げた。
「こんな格好でいいと思います?」
「何か羽織っていった方がいいかもね。ちょっと待ってな」
マーサから上着をもらい、色々と世話になった礼を言う。クロードもひとりであれだけの害獣を相手して、疲れているだろう。
「魔石の使い過ぎには、寝るのが一番です。無理しないようにしてください。カーナ様には私から言っときますから」
クロードは一瞬キョトンとして、まじまじとラゼを見返す。
執事として、ポーカーフェイスを心がけているのをこうも簡単に見破られるとは思ってもみなかった。
「……お願いします」
彼は驚きを抑えてラゼの後ろ姿を見送る。
彼女はアディスの後ろについて、カーナの元へ。
「もしかして、予言についてのことですか」
その途中、ラゼは尋ねる。
「わからないけれど、多分そうだと俺は思う。今は落ち着いているけれど、かなりショックな出来事だったみたいだ」
ラゼはそれを聞いて一気に不安になった。
事細かにイベントについて書かれている予言の書には、今回の事件に近い記述は全く無いはず。
(まさか、何か大事なイベントだったのか?)
その考えは的中する。
カーナの部屋に行くと、彼女は泣いたのか目が赤くなっていた。
「ラゼ……」
「どうしたんですか。もう怖い敵はいませんよ。ちゃんと殿下やみなさんが排除してくださいました」
ラゼは殿下に軽く会釈して、ベッドに座っているカーナの手を握る。
彼女はふるふると頭を横に振り、ラゼを見つめた。
「これは、フォリアの覚醒イベントのはずだったの」
「……でも、ノートには何も」
「ええ。こんなに大事なイベントを、わたくしは忘れたままだったの。小規模なスタンピードでルベン様やクロード、みんなが傷つき、フォリアが浄化の力に目覚める。これは、そういうイベントだったのよ」
(何て恐ろしいイベントなんだ!!)
それを聞いてラゼは険しい表情に。
フォリアの覚醒は得難い収穫だが、VIPメンバーの負傷など笑えない話だ。
こちらはクロードの傷でさえ、やらかしたと思っているのに、そんな胃痛なことを言わないで欲しい。
「みんな無事なんですから、気にすることはありませんよ」
ラゼはそう言って励ますが、カーナは納得いかないようで。
『駄目よ。もし、わたくしが破滅の道を進んだら、フォリアの力は必ず必要になるのよ?!』
「……」
(ああ、この様子だと——)
真剣に悩んでいるところ申し訳ないが、どうやら、まだ。まだ、なんとか、内容は変化しているもののイベント自体が全て発生していることに、カーナは気がついてはいない。
ラゼはそのことに安心してしまう。
——「わたくしが破滅の道を進みます」なんて言い出されては、堪ったものではない。
日本語になって、話がわからなくなった殿下とアディスはもの言いたげな顔をしていた。
ラゼはふぅと小さく息を吐くと、カーナに問う。
『カーナ様。殿下が傷ついても良かったんですか?』
『そんなの、嫌に決まってるわ!』
カーナは即答する。
『なら、イベントもどきなんて起こらない方が良かったに決まってます』
ラゼの指摘に、カーナがハッとした。
『ちゃんとフラグは折って来ました。あなたが殿下に殺されるなんてあり得ない。それに言ったでしょう? 私があなたを守るって。
そんなに不安なら、フォリアにはこれから覚醒してもらえばいい。私が何とかします。
一緒にいるからお忘れかもしれませんが、私こう見えて、乙女ゲームには出てこないバグなんですよ? シナリオになんて負けません』
カーナはラゼの訴えに、心に刺さった棘が解けていくのがわかる。
肩の力が抜けて、彼女はふうと息を吐いた。
「……ラゼの言葉って、何だかすごく説得力があるのよね」
落ち着いたカーナに、ラゼはニッと笑う。
『だてに二回目の人生を送ってるわけではありませんから』
「それを言ったら、わたくしもそうよ?」
「カーナ様より思い出すのが早いので、私のほうが先輩です」
「もう。ラゼったら」
微笑みを溢したカーナに、殿下がほっと息を吐いた。
「もう大丈夫そうか?」
彼はカーナの髪をそっと耳にかける。
「はい。ご心配をおかけしました。わたくし、難しく考え過ぎていたみたいです」
「え。それじゃあまるで、私が頭を使ってないみたいでは無いですか」
「あら。わたくし、そんなこと言いました?」
「……カーナ様?」
とぼけてみせるカーナに、ラゼがじとーっと視線を送る。
彼女はそれを見て、楽しそうに笑った。
笑われているのは自分だが、ラゼもつられて目を細める。
「じゃあ、私はこれで」
殿下もふたりになりたいだろうと、ラゼはアディスと共にお暇することに。
まだ起床までは時間があるので、戻ったらもう一眠りしたい。
「あ、待って。ラゼ」
「はい?」
「一緒に寝ましょう? お願い……」
「え」
思わぬお願いに、ラゼはカーナに返事をするよりも先に殿下を見た。
意外なことに、彼は首を縦に振る。
「わたしが一緒にいたいところだが、理性にも限界はあるからな」
「……サヨウデゴザイマスカ」
ラゼはそうしてカーナの部屋で寝ることに。
あんなことがあったあとだ。
可愛い姫様のそばにいてあげるのも大切である。
ベッドは充分過ぎるくらい広いので、寝る場所には困らない。
ルベンは少し心配そうな顔のまま、カーナの前へ。ラゼは彼と居場所を替わった。
「おやすみ、カーナ」
「おやすみなさいませ。ルベン様」
ふたりがやり取りするのを見つめるのも気まずかったので、ラゼもアディスに視線を向ける。
「害獣駆除、お疲れ様でした。休み期間中、お母様と一緒にダンジョンをはしごしていたのは、やっぱり本当の話だったんですね」
「なんでそれを」
アディスは珍しく表情を崩す。
彼も年頃なので、戦乙女と呼ばれたバネッサだからと言って、母親とダンジョンを回っていることを知られたくはなかったのだ。
「私も冒険者のはしくれですから」
「……拡めるなよ」
「すごく強いって話なんですから、隠すことも無いと思いますけど。まあ、人の噂も七十五日ですよ」
おやすみなさいとラゼは挨拶すると、アディスも少し困った顔をして「おやすみ」と返して部屋を出ていった。
「わたくしたちも寝ましょう」
「はい」
ふたりになった部屋で、ラゼは遠慮がちにベッドに潜る。
間を開けて横になったのだが、カーナがその間を埋めた。
「ふふ。こうやって友達と寝てみたかったの」
カーナはそう言うと、疲れていたのかすぐに瞳を閉じて眠りにつく。
ラゼはそれを見届けると、自分も目を閉じるのだった。




