4、入学
二ヶ月はあっという間に過ぎ去り。
「お、終わったぁ〜」
明後日に入学を控えた彼女は、最後の仕事を終えて脱力した。ギリギリまでかかってしまったが、何とかやるべきことを全て終わらせたのだ。
これぞ立つ鳥跡を濁さず。
「お疲れ様です、代表」
引き継ぎで自分も大変だろうに、ボナールト大尉が慰めの言葉をくれる。
彼は転移の魔法を発動させて、現れた大きな箱を手に持ってラゼの前に。
「これ、第五三七特攻大隊のみんなから日頃の感謝を込めて贈り物です。受け取ってください」
「え?!」
あの戦闘狂たちがこんな気の利いたことができるとは思わず、ラゼは大きく目を見開いた。
きっと優秀な副官殿が手配してくれたのだろう。
「お、驚いた。どうしたの、これ?」
「代表はわたしたちの師であり、恩人であり、家族です。入学おめでとうございます。代表の任務規定上、入学式には行けませんが、我々はここから祝福していますので」
どうやら入学祝いを用意してくれたそうだ。
ラゼはじーんとして胸が熱くなる。
「ありがとう。大事にするよ。中は何だろう?」
「ドレスですよ」
「へ?」
「ドレスです」
「うん?」
ドレス? 何故?
ラゼはポカンとしてボナールト大尉を見た。
「やはり用意されていませんでしたね。セントリオールは貴族の学校と言っても過言では無いのですよ? 入学式は制服でも、新入生歓迎会はドレスです」
「わお」
彼女は目を丸くした。
確かにパーティは正装でと記述があったが、学生の正装なのだから当然制服だろうとラゼは勘違いしていた。
ボナールト大尉は副官として、ラゼのサポートに回ってくれるので、こうやって助けられている。
「危ないところだったよ。ありがとう。ここで見てみてもいい?」
「お好きにどうぞ」
ラゼは机の上を片付けると箱を開けた。
「うわぁ。いいね! 私のことわかってるって感じだよ」
「サイズは制服の採寸のときのものを使用しているので大丈夫だと思います」
持ち上げて見ると、落ち着いた水色のAラインドレスだった。シンプルだが、レースが上品に揺れる。とても好みだ。
ここでピンクだったらどうしようかと思ったが、この色を選んでくれて嬉しい。
晴れた空の色はラゼの好きな色だったりする。
銀色のヒールもよく合っていた。
着てみるのが楽しみだ。
「あとこれは、自分から」
ボナールト大尉は小さな箱を差し出す。
「大尉から? そんなに気を遣わなくて良かったのに……」
「いえ。いつもお世話になっていますから」
上司ではあるが、ボナールト大尉にとってラゼは特別な存在でもあった。
彼も戦争に巻き込まれ、実の妹を亡くしている。
全く似てはいないのだが、ラゼを見るとどうしても妹を思い出さずにはいられないのだ。
そんな情もあって、彼はラゼに甘い。
一旦ドレスをしまったラゼは、ドキドキしながら大尉からもらった箱を開ける。
人からこんなに贈り物を貰った事がないので嬉しくて仕方ない。
可愛らしい箱を丁寧に外した。
「髪留め?」
「はい。よろしければお使い下さい」
そこには輝く銀の髪留めが。
小さめなので、この長い前髪を留めるのに使えそうだ。
「嬉しいです。ありがとうございます。今度、必ずお返しをするからね」
「いいですよ。学園での土産話、楽しみにしていますから」
「そう? きっと面白いことが沢山あると思うよ。楽しみにしていてね」
「はい」
ラゼはしばらく贈り物を眺めたあとそれらをまとめると、帰りの支度を整えた。
「この間みんなに挨拶したけれど、直接お礼を言えないのが残念だな。大尉から私が凄く喜んでたって伝えて置いてくれるかな?」
「はい。かしこまりました」
「うん。……では、後のことは頼む」
「ハッ。天の導きがあらんことを」
「天の導きがあらんことを」
ラゼの足元に魔法陣が現れる。
しばらくこことはお別れだ。
彼女はビシリと敬礼を決めて転移した。
***
「うわぁ。私ちゃんと学生だよ」
入学式当日。
ラゼは新品の制服に袖を通し、鏡の前でまるで未知の生物でも見るような目で自身を見つめていた。
いつもは適当に結んでしまう髪はちゃんと梳かして、前髪は編み込んでボナールト大尉に貰った髪留めで綺麗にまとめている。
化粧は禁止されていないので、血色がよく見えるように色付きのリップを塗るくらいはしておいた。
どこからどう見ても年相応の学生だ。
軍人だなんて、言わなければ誰もわからないだろう。
「あ、そろそろ荷物を運ぶ時間だ」
鏡に映った時計に気がついたラゼは、慌てて床に置いておいた荷物を確認する。
セントリオール皇立魔法学園は難関試験を突破した者たちが集う学校。最新の教育が集まるその場所はシアン皇国の国家機密でもある。
入学証明書と共に送られてきた魔法陣の上に荷物を乗せておくと、所定の時間になれば荷物が寮に転移される仕組みだ。
一学年に百五十人がいるはずなのだが、全員の荷物を転移させるとなると、A級以上の魔物からとれる魔石が転移装置に使用されていることになる。
転移装置は国からの許可がないと製造及び使用ができない軍でも重要な機械なのだが、それが学園にもあるとはラゼにとっては不思議な感覚だ。
流石、VIPが集まる学校とでも言っておこうか。
「忘れ物は無しと」
チェックを終えて数分すると、魔法が発動して荷物だけが消えた。次に残った魔法陣の上に自分自身が乗れば、時間になると学園に転移される。
「いよいよかぁ〜」
ラゼは柄にもなくドキドキしている自分に気がついた。
今からやることは任務だけれど、任務じゃ無い。
自分の意思で感じて、考えて、如何様にも学園生活を過ごすことができる。極めて自由な任務だ。
「私は平民として入学するんだから、身分を弁えないとな。無難に充実。これが一番。呉々もお偉いサマの子に目をつけられて、将来虐められないようにしないと……」
三年後には軍に戻ることが確定しているので、もしも自分の上司になられてしまった時にこき使われないように、当たり障りなく接していきたいところだ。
これは本当に気をつけておかないと、後に死活問題に発展する。
「あれ? そう考えると、名前も顔もそのままだし、卒業後が心配だな」
彼女は「ラゼ・グラノーリ」としてセントリオールに通う。氏こそ偽っているものの、名前はそのままだ。
今回の設定は閣下と皇弟理事長殿が決めてくださったので、ラゼがそれをいじることはできない。何かわけがあって中途半端な偽名なのだと思うが、深読みしようとするとキリが無かった。
「んー。まあ、それは卒業後に考えよ。私より偉くなりそうな貴族サマとは、どうせ学校で交流ないだろうし」
とりあえず、名前を呼ばれて反応に遅れる心配は無いので良しとしよう。
——これが前世でいう「フラグ」というやつなのだということに、彼女は気がついていなかった。
ラゼは家の戸締りを確認して、魔法陣の上に乗った。
今日から新生活が始まる。
部下に自慢できるくらい、彼らの分まで充実した学園生活を送るのだと決意して、彼女は黒い魔石のピアスに触れた。
「いってきます」
淡い光がラゼを消していく。
主人がいなくなった小さな部屋はとても静かだった。
ブクマにご評価ありがとうございます!
完結を目指して頑張ります!




