38、ラゼ・グラノーリの誕生日
「ラゼちゃん! 準備できたよ!」
「はーい。じゃあ、行こっか」
日曜日。
午前中は軍での仕事に使えそうなことについて、図書館で借りていた本で勉強していたラゼ。
これからフォリアと商店街でランチの予定だ。
偶に部下からもらった私服を着るのだが、一番落ち着く格好がシャツとズボンということで、今日もまるで男子のような装いのラゼ。
(うん。計画通り!)
フォリアはそんな彼女を見て、頭の中でカーナの作った計画を思い出す。
昼食を食べた後は、買い物をしてラゼの服をチェンジ。そして、暗くなったら借りておいた寮の共同スペースでパーティーをするのだ。
「ラゼちゃん、何食べたい?」
商店街を歩きながら、フォリアはラゼに食べたいものを問う。
「うーん。フォリアが食べたいものが食べたいな」
ラゼの誕生日なのだから、彼女の好きなものを食べて欲しかったのだが、そう言われては断れない。
パーティーの献立と被らないように、フォリアはパン屋に入った。
「うわぁ。どれも美味しそうだね」
ラゼは並んだパンを見て目を輝かせる。
彼女は食べ物に関しては、何にでも目がないようで、特定の好きな食べ物は無いみたいだ。
「天気もいいし、広場で食べない?」
「うん。いいよ!」
ふたりはパンと飲み物を買って広場に出た。
中心にある噴水が、日差しを反射してキラキラ輝いている。
ベンチで楽しくパンを食べ、次はショッピング。
「あ、見てこれ! カーナ様にぴったりじゃない?」
「本当だぁ〜。素敵なリボンだね」
フォリアはそこでハッとする。
(い、いけない! わたし、ラゼちゃんの誕生日プレゼントを買おうと思ってるのに!)
先ほどからラゼは、人のことばかりで自分が欲しい物について語らない。このままでは、彼女が欲しいものを贈れないとフォリアは焦った。
「ラ、ラゼちゃんは何か今欲しいものはないの?」
「欲しいもの?」
ラゼはうーんと腕を組む。
「欲しいものって聞かれると、何だか思いつかないや」
にこっと微笑まれ、フォリアは内心頭を抱える。
(そ、そんなぁ〜。こうなったら、自分でラゼちゃんにぴったりのプレゼントを用意しないとっ)
フォリアは何を買えば良いかと真剣に品物を見定める。
考えてみると、ラゼが食べることが大好きということ以外に、彼女が好きなモノゴトを知らない。
もう一年以上一緒にいるのに、知っていることが少なくてフォリアは驚いた。
ふと顔を上げると、ラゼが何かを見つめていてフォリアはそちらに視線を移す。
ラゼが見ていたのは、青い花。
「ちょっと向かいの店で買ってくるね」
ラゼは花束を持って帰って来る。
「お花を買うなんて珍しいね?」
「うん。この花は咲く期間が短いから珍しいんだ。死んだ母と弟が好きな花で」
「えっ」
フォリアは小さく声を上げる。
「ああ。ひとつ下の弟がいたんだ。家でこの花を育てていて。花を見ると顔をくしゃくしゃにして笑うの」
「そ、そうなんだ……」
「まあ、もう十年以上前の話だから。忘れないようにね。この花を見たら買うようにしてる」
そう聞いて、フォリアは胸がぎゅっと締まった。
彼女に何かをしてあげたい、その思いは募り、フォリアはラゼの手を引く。
「ラゼちゃん! ラゼちゃんにぴったりの素敵な服を見つけたの! 来て!」
「わっ、ちょっと待ってっ」
ラゼはつんのめりそうになりながら、元気よく笑うフォリアについて行った。
「えっと、どうかな?」
フォリアに言われて着替えたラゼは、慣れない服装に戸惑いながら試着室のカーテンを開けた。
カーナとフォリアが前もって選んでいた服はぴったり。
細かいところにまで気の配られたデザインのワンピースを摘んで、ラゼは自分自身が服に着せられていないか鏡でチェックした。
「すっごく似合ってるよ! 今日はそれで決まり!」
「えっ?!」
「ラゼちゃんも可愛い格好しないと! ゼール様から頂いたお小遣いは沢山あるから遠慮しないで!」
「で、でも」
それはあなたのためのもので、私には。と伝えたかったが、半ば強引に服を買い与えられてしまう。
(わ、私ってそんなに貧乏そうに見える?!)
ラゼは違う方向に今の事態を解釈したが、的外れもいいところである。
そして次にフォリアに連れて行かれたのは、美容院。
「せっかくだから、ねっ?」
「ちょ、フォリア?!」
ばいばーいと手を振られ、ラゼはお姉さんたちにされるがまま。
「どうしよう、この子、凄く素材がいいわ!」
「あら、本当! これはやりがいがあるわ!」
そんなことを言われたかと思えば、髪だけではなくメイクまで施される始末。
「出来ましたよ。すごく綺麗です」
「あの、これって詐欺じゃ……」
ラゼは鏡に映った自分を見て思わずそう呟く。
いい感じに長い前髪をセットしてもらっていて顔の輪郭が隠れており、メイクもやり過ぎずにいい塩梅で出来上がっていた。
こんなメイクは、諜報部にいた時もする機会がなかったので新たな可能性に驚きだ。
「そんなこと無いですよ。元があってこそ、この仕上がり。よろしければこのコスメ、これからも使ってください。差し上げますから」
「えっ、それは申し訳ないです!」
「いいんです。これでお洒落に目覚めてもらって、またうちに来てくださいね」
紙袋を押し付けられ、ラゼは嬉しい困惑をあらわにする。
外に出るとちょうどフォリアがどこかからか戻って来るところで、彼女はラゼを見つけると目をキラキラと輝かせた。
「ラゼちゃん、すーっごく可愛いよ!!」
「あ、ありがと」
天使に褒められては天にも昇る気持ちだ。
ラゼが珍しく照れてるのを見て、フォリアはそれは嬉しそうに笑う。
「よし。じゃあ、戻ろっか! みんなに見せびらかそう!」
「え? みんな?」
首を傾げるラゼに、フォリアはハッとするが、何かを聞かれる前に連れて行ってしまえと、再び手を引いて寮に歩き出す。
「あれ誰だろう?」
「え。可愛くない?」
「あんな子いたっけ?」
「これは詐欺なんです、ごめんなさい!」と心の中で謝りながら、フォリアの後ろをついて行く。
いつも以上に人の視線を浴びて、ラゼは落ち着かない。早く部屋に戻ってこの視線たちから逃れたくて仕方ない。
諜報部にいたからか、こんな風にして悪目立ちするとどうしても不安になってしまうのだ。
密偵をやっていたならば、これくらいどうでも無いだろう? と思うかもしれないが、現在、彼女はほぼ自然体で学生に溶け込んでいる。
何の役にも入っていない、つまりは素の状態にこのような装備で視線を集めてしまうのは、寝間着姿で戦地に立っているのと同じようなことだった。
その場に溶け込むことのほうが、ラゼの得意とする立ち回りなのである。
「っと」
「っ!」
人の視線から逃れるように俯いて手を引かれていると、誰かと肩をぶつける。
「ごめん。大丈夫?」
「すみませんっ」
余裕が無かったラゼは、慌てて顔をあげて謝った。
するとそこに飛び込んで来たのは、死神閣下と同じ顔。
「君——」
アディスはラゼを見て大きく目を見開く。
「ご、ごめんなさいっ!」
彼女はすかさず頭を下げて、寮の部屋に向かう。こんな姿を上司もどきに晒すとは、不覚にもほどがある。
「あ、ラゼちゃん!? どこ行くの?!」
「ラゼ?」
アディスはフォリアの言葉を聞いてハッとする。
「まさか——」
彼は走って彼女を追いかけ、その腕を掴んだ。
勢いでラゼはアディスのほうに引き寄せられる。
「特待生?」
あたふたしていつもより落ち着きがない彼女は、眉を八の字にして今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「な、なんでしょうか」
呼ばれて肯定した彼女は、間違いなく二年A組の特待生ラゼ・グラノーリであった。
「雰囲気、違いすぎるでしょ……」
「ごめんなさい。これは詐欺ですよね。今、部屋に戻って化粧を落として、本来あるべき姿に戻りますのでっ」
まともにアディスを見ることもせず、ラゼは必死になって部屋に戻ろうとする。
彼女に余裕が無い姿は新鮮でアディスは少し戸惑ったが、その腕を離すことはしなかった。
「あの、手を?」
「……。いつもより大分マシなんだから、元に戻らないほうがいいんじゃない?」
「そ、そうですよね。いつもお見苦しいものをお見せしていて、申し訳ございません」
今日の彼女は、何故こんなに卑屈なんだ? とアディスは疑問に思う。
(調子狂うな)
いつもと違う弱々しいラゼの腕を引いた。
そして自分を負かした剣を振るった腕はこんなに細かったのかと、内心驚く。
「あの、どこに?」
「いいから。黙ってついて来て」
「……ハイ」
アディスは彼女がまた何処かに行ってしまう前に、誕生日会を用意している部屋に向かう。
「あ、ラゼちゃん。やっと追いついた!」
後からフォリアも合流し、三人で部屋へ。
「ラゼちゃん。開けてみて!」
「え? うん」
人気が少なくなったので落ち着いてきたラゼがフォリアの言う通りに扉を開けた。
パンパンパン!
勢いよくクラッカーが鳴って、ラゼは思わず臨戦態勢に入りそうになったのをグッと堪える。
「ラゼ、誕生日おめでとう!!」
部屋は華やかに装飾され、大きく「誕生日おめでとう!!」と書かれたバルーン。
ラゼはキョトンとして、その光景を前に立ち尽くした。
「って、ラゼ! 凄く可愛いわ!!」
カーナは綺麗になったラゼに駆け寄り、全身をくまなくチェックする。
「うんうん。絶対似合うと思ってたの! メイクも素敵!!」
「あ、あの。もしかしてこの服も、メイクも最初から私のために?」
やっと今日が何の日か分かったラゼは、何故こんなに良くしてもらったのかを理解した。
「そうよ? もしかして、誕生日を忘れていたの?」
「……ははは。今日は何だか素敵な日だなーとしか思っていませんでした。
フォリア、ありがとう!」
ちゃんとお礼を言えていなかったことを思い出して、ラゼはフォリアに感謝を伝える。
「どういたしまして!」
フォリアはにっこり微笑む。
「あれがグラノーリ?」
「驚きましたね」
「化粧ってすごいね……」
側からその様子を見ていた、ルベン筆頭の攻略対象者たちはラゼの変わりように目を丸くしていた。
「前髪を下ろすと、あんなに雰囲気が変わるのか!」
イアンの呟きに、「そうじゃないだろう」と心の中で意見が一致する。
「これは色々と面倒になりそうだな」
「そうですね。今の彼女でしたら貴族と並んでも遜色ありませんし、それでいて優秀な庶民となれば人気が上がる可能性が高い」
アディスは黙ってルベンとクロードの話を聞いていたが、先ほどまでの彼女の無防備さを思い出すと何故だか胸騒ぎがした。
「ラゼ、これ食べて!」
「全部カーナ様の手作りなんだよ」
「そうなんですか? すごい」
カーナが作った料理を前に、ラゼは前髪を耳にかけてそれをパクリ。
「んん〜〜! おいひいっ」
目を輝かせて美味しそうに食べる姿は、いつにも増して目を引いた——。




