37、フォリアの用心棒
「フォリア。重いでしょ? 代わるよ」
ラゼは重たそうな資料を抱えるフォリアから、ヒョイと荷物を取り上げた。
「え、でも、ラゼちゃんも」
「私、身体強化は得意型の次に覚えがいいから、平気だよ」
本当は身体強化などしなくても、このくらいの荷物であれば鍛え上げた筋力が支えるので問題ない。
ラゼは、軽めの乙女ゲームイベントを代わりにこなしながら、学園祭の準備をしていた。
彼女は先日の出来事を思い出して、隣を歩くフォリアを横目に見る。
(……流石だよ、モルディール卿)
以前までは、カーナとルベンの間を邪魔するイベントだけをどうにかしていたのだが、その出来事のせいでラゼはフォリアの用心棒も請け負うことになっていた。
それは、数週間前のこと。
「ラゼ・グラノーリ」
「はい?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには高身長に法衣を優雅に纏った男性が。
この世界の法衣は洒落てるなーと思いながら、ラゼはゼールを見た。
「お前、フォリアと親しくしているらしいな」
「……はい」
なんだその質問は? と疑問に思いながら彼女は頷く。
「……」
そこで黙り込んでしまうゼールにラゼは困惑した。何かを探るような目つきに、思わずそこから逃げ出したくなる。
「そ、その。モルディール様のお話はフォリアからよく聞いていますよ。彼女、いつも嬉しそうに手紙のやり取りをしていましたし。
あ、そうだ。大会の差し入れ、どうもありがとうございました。あれ、レレブ・ストリースですよね。天使並みに可愛いフォリアにはお似合いのロマンチックなお菓子でした」
何か話さねばと思ったラゼは、とにかくフォリアに関することで話を固めた。
するとゼールは、彼女から顔を背けるではないか。
「機嫌を損ねた?!」と不安になるラゼを他所に、彼は口元に手を置いて耳を赤く染めている。
ラゼはポカンとした後、ははーんと企んで言葉を付け加える。
「……多分無自覚ですが、いつも指輪を触ってますよ」
「っ!」
ハッと驚いた顔で、ゼールはラゼを見返す。
「フォリア、可愛いですもんね。心配になるのはよく分かります」
彼女の生温かい目つきに、バツの悪い顔になるゼールだが、すぐに態勢を立て直す。
「……それなら、話は分かるよな?」
「へ?」
「彼女に悪い虫が寄らないようにしてくれ。勿論ただでとは言わない。卒業後、それなりの支援をしてやる」
権力とは凄まじい……。
ラゼは彼にこう返した。
「支援はいりません。私はフォリアの友達ですから、見返りなんていらないです」
ゼールはちょっと意外な表情になったが、「さすがフォリアだな」と小さく意味深な言葉を吐いて頷いた。
きっと補うならば、「さすがフォリア、いい友人を選んだな」とか、そんな内容の言葉だったのだろう。
ということで、ラゼはフォリアに寄ってくる男性陣から彼女を遠ざける役目を負っている。
(イアンくん、ごめんよ)
背後から現れたイアンに申し訳なさを覚えながら、ラゼはフォリアと共に荷物を運ぶ。
そろそろフォリアに好意を抱いている攻略対象者たちも、彼女の好きな人に察しが付いてきているだろう。流石に礼拝堂に通う姿を見れば誰でもわかる。ちょっと可哀想である。
とはいえ、フラグが散乱しているので、彼らもフォリアが恋愛対象として好きなのかは曖昧だったり。
ラゼから見るところでは、明らかにフォリアが好きなのはルカくらいだ。
「オレが持つよ、ラゼさん」
イベントを乗っ取ったはずなのだが、自分がイアンに話しかけられてラゼは目をさらにした。
「え、いや、でも」
「女の子に重い荷物を持たせられないから」
これが乙女ゲーム攻略対象者様クオリティ。
近くにヒロインがいるからなのか、これが元々彼の性格なのか。どちらか分かるものでもないが、紳士な対応に呆気にとられた。
(将来、いい男になるわ、これ)
心配しなくても、きっと素敵な女性と付き合えるだろう。
そうでなくては、良心の呵責が……。
(最悪、私が素敵な相手を見つけてきてあげるからね!)
諜報部にも顔が広いラゼだ。
本気を出せば、彼にぴったりのお嬢様を見つけることができるはず。
ラゼは心の中でそう言って、彼と自分を励ました。
「そうだ。ラゼちゃん」
「ん?」
「日曜日って空いてる?」
「空いてるよ」
「良かった! じゃあ、遊びに行こう!」
隣の天使のためならば、これくらいの心の痛みは何とも無い。
「礼拝堂はいいの?」
「え、あ、うんっ。その日はいいの!」
「ふ〜ん?」
珍しいなと思ったが特に気にせず、運営委員会の教室に入ると、机の上で何かを広げていたカーナがパッとそれを隠した。
(何だろ?)
気になりはしたが、フォリアにでも見せたら不味いものなのかと考えて、ラゼはそれに触れない。
そんな様子のラゼを見て、カーナはホッと息を漏らした。
彼女はフォリアの元に行くと、小さな声で耳打ちする。
「どうでしたの?」
「空いてるそうです。遊びに行く約束をしましたから、ばっちりですよ!」
「わかったわ。こちらも準備はいい感じですわ」
ふたりは顔を合わせて、確認するようにうんと頷く。
「私、この資料をマートン先生に提出してきますね」
「ありがとう、ラゼ」
「はい。いってきます」
部屋を出て行ったのを見計らい、カーナは先ほど隠した紙を表に返した。
「さて。今年はちゃんとラゼの誕生日を祝うわよ!」
「はいっ!」
そこにはラゼの誕生日会の計画が。
偽造しているので本人は忘れているが、日曜日はラゼ・グラノーリの誕生日なのである。
「サプライズパーティーとは、手が込んでいますね?」
クロードが計画表を覗き込んで、そう尋ねる。
「うん。二回分の誕生日会だからね。びっくりさせたいんだ!」
「去年はまさか誕生日が過ぎていたなんて思わなかったわ」
カーナは不覚だとため息を吐く。
星祭り休みが明けて誕生日を聞けば、とっくに過ぎていたことには驚かされた。
「ラゼちゃん、自分のことについては無頓着だよね」
「あ、それ、わかるわ。きっと自分が一部の男の子たちから人気があることも知らないわよ?」
フォリアはそれを聞いて小首を傾げる。
「うーん。それはそれで、視線を集めていることには気がついているみたい」
「あら、そうなの? 意外」
「でも、ラゼちゃん『庶民の特待生だから、手綱を握って置けば将来役に立つかもしれないと思われてるんだよ』って言ってました」
「…………そうなの」
たちの悪い無自覚だ。
カーナはいつも飄々としているラゼを思い浮かべ、そのことに納得してしまう。
「案外、その通りなんじゃないの?」
いつから居たのか、扉を開けて入って来たのはアディスだった。
カーナは少しムッとして彼に言い返す。
「きっかけはそうかもしれないけれど、ラゼは可愛いのよ?」
「……ヘェ」
何人ものお嬢様を相手しているアディスからすると、可愛くないとは言わないが、ラゼ以外に美人はたくさんいる。
「頑張り屋さんで成績はいつもトップだけれど、戦闘はちょっと苦手で、あの小さな体で剣を構えてるギャップがいいって言う人がいるの!」
アディスはふーんと鼻を鳴らして、興味が無さそうに席に着く。
一見チャラチャラしているが、仕事はちゃんとこなすタイプなので、今日も手際良くやることをやるアディスである。
「もう……。ラゼも、もう少しお粧しすれば、凄く可愛くなると思うんだけれど」
「わたしのお化粧は、毎回ラゼちゃんがやってくれてるよ? メイクが苦手ってことも無いと思います」
「じゃあ、やっぱり自分のことには無頓着ってことね」
カーナは少し考えてから、計画表にあることを書き加える。
「日曜日の主役はラゼなんだから」
楽しそうに笑うカーナを見て、教室には和やかな空気が流れるのだった。




