35、才能
「……やめ、る?」
とても困惑した面持ちで、イアンはラゼに問う。
「はい。なんで剣にこだわってるんですか?」
彼の過去なんて知ったこっちゃないラゼは、さも不思議そうに問い返す。
「どういうこ、クシュンッ!!」
立ち止まって話をしているものだから身体が冷え始め、イアンはくしゃみをした。
ラゼは「だから言ったのに」と呟きながら、彼の頭にタオルを乗せて剣の代わりに傘を持たせる。
自分はコートの帽子を被って、とりあえず寮に戻った。
「なあ、さっきの、どういう———」
暖かい室内に入ってからイアンは「どういうことだよ」と聞こうとしたのに、ラゼは話を聞かずに彼の髪や体を乾かす魔法をかける。
風に阻まれ、イアンは口を閉じた。
「うーん。そうだな。イアン様、一回お風呂入って身体を温めて来てください。筋肉が緊張しちゃってます。ゆーっくり湯船に浸かって、リラックスして、マッサージかストレッチでもしてから上がってください。私もそうしますから。話はそれからです」
彼女は独断すると、一時間後に!と言ってさっさと大浴場に行ってしまう。
取り残されたイアンは呆気に取られていたが、勝負に負けてしまったからには彼女の言うことを聞いてみるかと、服を取りに部屋に戻ってから浴場へ。休日の午前中ということで、ひとは少なかった。
湯に浸かると力が抜けるのがわかり、ラゼが言っていた通り筋肉が緊張していたのだと知る。
そういえば、最近気を詰め過ぎて身体を労わることを疎かにしていたかもしれない。
彼は約束の時間ギリギリまでいて、珍しく長風呂だった。
大浴場から出ると、ラゼが椅子に座って待っていた。
髪は乾かした様子だが、珍しく前髪を編み込みではなく、後ろの毛と一緒に結び込んでいるので、イアンは一瞬それが誰だか分からなかった。
「あ。ちゃんとゆっくり出来たみたいですね。場所を移しましょうか」
ラゼがイアンを連れて向かった先は、ちゃんと屋根がある武道場。もう少しで昼になるからか、人が減っていくところだった。
彼女は端っこの段差に腰掛けると、前もって買って置いた温かい飲み物を取り出す。
イアンが何だか手慣れているな、と思ったのは気のせいではなく、ラゼがこうして誰かを諭すのは初めてではなかった。
(バハメット少尉が軍曹だったときを思い出すなー)
雷が得意型の部下で、「針如きに力を持ってかれるただの無能なんです」と避雷針を使われると全く役に立たない自分を責めていた軍曹をラゼは思い出す。
彼は今では、神経を破壊する電撃を直接相手に流し込むことで克服し、それは優秀な軍人に成長している。
「さて。イアン様が聞きたいのは、剣のことですよね?」
ラゼは本題に移った。
本当なら「弱いかって? そんなの自分でどうにかしろ!」と言いたいところではあるが、真面目に頑張るイアンに免じて答えをあげても良いと思った。
口で言っても、それを実行できるかは結局のところ彼次第なのだから。
となりに座ったイアンは、タンブラーを覗きながら首肯した。
「……オレは、二度、剣に向いてないと言われたことがある」
「へぇ。それはちなみに誰に?」
遠慮がないな、と思いながらもイアンは答える。
「お爺さまと、ビル生徒会長に……。グラノーリも含めたら三人だな」
ラゼは「ほう」と感心した溜息を漏らす。
自分以外にもそれを指摘したものがいるとは。
それも、お爺さまに指摘されたとなると、かなり前から彼は剣の道のために努力してきたと見える。
「向いてないって言われてから、オレはずっと努力してしてきたつもりだ。それなりに実力もついて来たと思ってた。でも……」
イアンは膝の上で拳を作る。
「そうですね。まあ、そこそこ強いですよ。イアン様」
今更慰めはいらない、と彼はラゼを横目で見返す。
彼女は肩を竦めた。
「でも、もし騎士団長を目指していると言うならば、剣の道ではそれ以上の成長が望めないでしょうね」
ラゼの断定的な話にイアンは悔しさがにじむ。
そんなの分からないじゃないか、といつもの彼なら言い返しただろうが、彼女に完敗した後では何も言えない。
「イアン様の模擬剣って、特殊ですよね」
話を変えたラゼ。
これは夏の大会のときから気になっていたことだった。
「ああ。一般的な剣よりも長くしてもらってる。その方がリーチが長いし、扱いやすい」
「そうですよね。見てて思いました」
彼女はジンジャーティーを一口飲んでから続ける。
「イアン様、槍のほうが向いてると思いますよ」
それが今回、最も重要な内容だった。
ラゼはイアンに向き合う。
「ずっと思ってました。実技の授業で棒術をやってたとき、見るからにひとりだけ飛び抜けてましたよ。何故剣にこだわって、槍を扱わないのですか?」
イアンはその言葉に目を丸くする。
剣じゃなくて槍。
そんな事は初めて言われた。
「だ、だって。騎士なら普通、剣を使うだろう? 腰に帯びていつでも主人を守れるように。騎士団も〈皇の剣〉って」
ずっとそれが当たり前だと。それが自分の目指す騎士という姿なのだと。イアンはそう信じて疑ったことはなかった。
ラゼの話は全く考えたこともない、意表を突くものだ。
「騎士団が〈皇の剣〉と呼ばれるからと言って、皆んなが皆んな剣を振るう必要がどこにあるんです? 軍団のほうは〈皇の銃〉なんて呼ばれてますけど、剣を帯びてる人がいるじゃないですか。あんなのはただの呼び名です。
別に槍だって、鎖だって、拳鍔だって、銃だって、目的が達成できる強さを持っていれば何だっていいじゃないですか?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「でしょう? 絶対、剣より槍のほうが向いてますよ、イアン様。断言します。
やっぱり槍って長い分、扱いが難しくて習得に時間がかかるのですが、イアン様の棒術は完璧でした。何かやられてたのですか?」
イアンはそこでハッとした。
「そういえば。お爺さまに言われてからだ。棒術をやるようになったのは」
祖父の生前、もしもの時、棒なら手に入るかもしれないのだから、それでも戦えるようにしておけと言われてから始めた棒術。
ずっと剣の道を極めることだけに集中してきた彼は、その可能性というものに蓋をしていたのだ。
「だから言われたんですよ。剣は向いてない、槍のほうが才能あるよって」
確証は無い。
しかし、イアンにはラゼのその言葉が、祖父から言われたもののように感じた。
長年の謎が解けた瞬間だった。
「……そうか。槍。槍かあ」
彼はそう自分に言い聞かせ、何故今まで気がつかなかったのだろうと疑問にすら思う。
特別製の剣など最初から必要なかったのかもしれない。
「私は個人的に、槍のほうが剣より断然有利だと思ってます。近距離に弱いなんて言われますけど、組討ちができれば問題ない。
どうです? 今からでも、得物を見直してみるのは? 雪の中でずっと素振りしてるより、はるかに成長が望めると思いますよ」
ラゼはそう言うと、何もない空間から槍を取り出した。全国各地に散らばしてある隠れ家や倉庫に隠してある彼女の武器や食料は、転移の魔法で召喚されるのである。
後で学校に危険物持ち込み申請しておかないとな、と彼女は思う。
穂先が絶対に出ないように固定して、彼に差し出した。
「ありがと」
イアンは迷いのなくなった顔で、それを掴んだ。
彼女は自分の分も出すと、軽くそれを振り回す。
「ちょっと打ち合ってみますか」
「おう!」
それからふたりは武道場で槍をぶつけた。
ラゼの見込み通り、やはりイアンは初心者とは思えない身のこなしだった。
短槍の長さがちょうど型にハマるようで、いいところを突いてくる。
もともと棒術がうまく扱えるので、後は穂先の扱いと感覚を慣らしていけば、きっと彼は誰にも負けないくらい強くなれるだろう。
「どうです? 槍は」
打ち合いをやめて、ラゼは尋ねる。
イアンは手に持った槍を見つめてから、一度それを構え、うんと頷く。
「しっくりくる」
「でしょうね。私も驚きました。まさかここまで槍を扱うことができるとは。正直、想像以上ですよ」
槍術とはそう簡単に習得できるものではない。剣とは異なり、もっと広い使い方ができる武器だ。そして身体から刃が離れる分、扱う難易度も高い。
それなのに、先ほどの打ち合いで、イアンは全く穂先を自分の身体に当てることなく槍を操って見せた。
これは驚くべき才能を発掘してしまったかもしれない。
「これ、借りてもいいか?」
「どうぞ。模擬用もありますから、もらってください。あ! 槍を鍛えるのはいいですけど、また無理したら止めに行きますからね?!」
「わかってる。ここで練習するからいいだろ?」
イアンの目は、槍だけを捉えている。
新しいおもちゃをもらって、遊びたくて仕方ないような無邪気な目だが、その奥には野心が燃えていた。
ラゼはふっと笑みを溢す。
猪突猛進、ただひたすらに努力できるのもまた才能だろう。
彼はあのおじさんと同じく騎士団長の座につくのではないかな、と彼女は思いを馳せた。
そうして迎えた冬の学年別トーナメント戦。
結論から言うと、イアンは槍をもって、なんと優勝を収めたのだった。
いきなり息子が槍を得物にしていて、観戦に来た彼の家族は驚いたようだが、その勇姿を見て納得していた。明らかに異彩を放っていた。
他の生徒たちも、イアンの急激過ぎる成長具合に、時には自分を省みてみることも大事なのだといい刺激を受けたようだ。
「あ。師匠!」
「……あの、イアン様。その呼び方はちょっと」
そして槍を教えたラゼは、彼に懐かれていた。
「グラノーリこそ、様はいらないって言ってるじゃん」
「……イアンくん。師匠って呼ぶのはやめてください」
「じゃあ、ラゼさんで!」
そこが妥協点かな、とラゼは頷く。
彼女は今回は二回戦敗退。勿論わざとだ。
それなのにイアンから師匠と呼ばれるのは、目立つし怪し過ぎるのでやめて欲しかった。
(今大会は無事に終わったな)
イアンの赤髪をぼんやり見つめながら、ラゼはとりあえず肩の力を抜いたのだった。




