31、乙女の涙
「あ、ラゼちゃん!!」
「ラゼっ」
観客席に着くとすぐにフォリアとカーナが駆け寄って来た。
「もう大丈夫なの?」
「平気だよ。怪我はかすり傷くらいだから。応援してくれたのに、負けちゃってごめんね」
「気にしないでいいんだよ! わたし、ラゼちゃんの分まで頑張ってくる!」
両手に拳を作ったのを胸の前に出すフォリアは、あざとすぎるが可愛いので許す。
「無理はしないようにね。何かおかしいと思ったら、審判にすぐ言うこと。頑張って!」
「うんっ!」
禁術さえ無ければ、ここはラゼの守備範囲だ。
必ず生徒の危険は排除する。
「ラゼ……」
カーナに袖を引かれ、ラゼはそちらを見ると今にも泣き出しそうな顔をしたカーナが。
『も、もしかしてゲームの強制力のせいで、あなたが?』
ラゼは図星を突かれてドキリとする。
『ただ単に試合に負けただけですよ?』
『で、でも。わたくし聞いてしまったの。審判をしていた先生が、あなたの傷がもう少しズレていれば死んでいたって!』
(なんて事だ……)
しっかりしてくれ、運営! と文句を言いたいが、ここは彼女を安心させてあげることを優先しなくてはならない。
さっきから、ルベン殿下と何故かアディスにも注目されている。日本語だからといって、カーナがとても不安そうなことを語っているのは分かってしまうので、落ち着かせなければ。
『そんな訳無いじゃないですか。大袈裟な。それほど深い傷なら、こんなに早く回復できませんよ』
『で、でも先生がそう言っていたのよ?』
『じゃあ、見てみます?』
ラゼは再び服をめくって、カーナに傷がないことを確かめさせる。
その後ろで男性陣がギョッとし、アディスが額に手を当てていることには気がつかない。
『ね? 大丈夫』
不安にさせないように笑ったのだが、カーナは安心したのか逆に涙を流し始めた。
「え、カーナ様」
滅多に泣かない令嬢が泣いているところを晒すわけにもいかず、ラゼはカーナを隠すようにして抱きしめる。
「よかった。よかったわっ。ラゼがいなくなったら、わたくしもあとを追うんだからねっ」
(それには色々と語弊がある!!)
周囲の目に加えて、明らかにルベン殿下の目が険しくなったし、アディスも無言の圧がある。
居た堪れなくなったラゼは、やむなくカーナを横抱きにしてその場からの逃走を図った。
「きゃっ。ラ、ラゼ?!」
「フォリア。試合、頑張って! 私はちょっとカーナ様を落ち着かせてくるから!」
「う、うん? 気をつけてね!」
彼女は取り敢えず、人気のない場所を目指してきた道を戻る。
「待て!」
後ろからルベン殿下が追いかけてくるが、止まれはしない。
完全に姫様をさらった悪役ポジションだ。
「ここまでくれば平気かな」
空いていた控え室に入ると、ラゼは姫様をソファに座らせた。
「君、友人だからってな!」
続けて文句を言いながらルベンとアディスも入室してくる。
「その、すみません。これは謝ります」
悪気は無かったのだが、これは失礼だった。
ラゼは深々と頭を下げる。
「そんな。ラゼは悪くないわ。わたくしがあんな場所で取り乱してしまったから、かばってくれたのよね」
そんな近くにいたルベンの行動が遅かったと遠回しに言うようなことはやめてほしい。
ラゼは困って微笑した。
ルベンはカーナの前にしゃがみ込み、彼女の手を取る。
「不安なことがあるなら、遠慮なんてしないで言って欲しい。カーナのことは俺が守るから」
これにはちょっと意外だった。
彼女からは何も聞かされていないだろうに、さすが婚約者殿はカーナ様の不安を察知していたようだ。
(あ、リボン貰えたんだ)
彼の腕にもリボンが揺れるのが見えて、呑気にそんなことを考えていたが、カーナが答えに困ってラゼを見つめるのでトバッチリが来る。
「そんなにわたしは頼りないか?」
「っ、決してそのようなことは!」
(えぇ……。これって、原因私じゃないか)
これでは「円満な人間関係」が崩れ去ってしまい、カーナの破滅フラグも立ってしまう。
『カーナ様。殿下を信じてお話しするべきだと思います。話せるところまででいいのです』
ラゼはカーナにそう言った。
彼女は自分のせいで不安にさせてしまったルベンを見て、覚悟を決めたようだ。
ルベンの手を握り返し、彼を見つめる。
「今から話すことは、馬鹿げていると思われるかもしれませんが、全て事実の話です」
「ちょっと待った。それって俺も聞いていいやつ?」
そこで何故かいらっしゃったアディスが手を挙げる。
「……はい。アディス様も一応当事者ですから」
「当事者?」
「はい」
それからカーナは、自分が怪物になること以外についての大まかなシナリオを語った。
聞き終えたルベンとアディスは戸惑ってはいたが、カーナが嘘をついているようには見えなかったので、理解するよう努める。
「だいたいわかった。それなら、わたしがカーナ以外を好きになることはあり得ないから、何も問題ない」
ルベンはカーナを抱き寄せて、そう強く言い聞かせた。
カーナは顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくさせていらっしゃる。
これでカーナが婚約破棄されて、憎しみの化身となることはほぼ無くなったと言っていいだろう。
(……問題はやはり、イベント自体の阻止)
カーナは全てではないが、やっと殿下に予言について語ることができた。
ここからは自分の出番。彼女たちが無事に卒業できるように、悪しきイベントを破壊するのがミッションだ。
「ところで。今の話には特待生が出てこなかったけれど、それはどういう事?」
「私はバグ、すなわち誤りです。本来ならいるはずがない存在。カーナ様は今回の試合について、シナリオの強制力が働いて私を削除しようとしているのではないかと不安になられてしまった訳です」
「削除……」
それが何を意味しているか分からないわけがない。アディスは表情を変えた。
ラゼはそんな事が起こるわけがない、と少し大袈裟に演技する。
「だって、それは不安になるわ。もしラゼがいなくなってしまったら、わたくしのフラグも回収されてしまう可能性が高いもの」
カーナはそれに頬を膨らませる。
上手く誘導できたようで、ラゼは内心ほっとした。
「ああ、なるほど。だから “あとを追う” か」
理解が早くて助かる。
殿下の誤解が解けたようで何よりだ。
「そういうことです。それに、強制力が働いているなら、ザース様だってもう少しフォリアに気があってもいいはずなのですよ」
「そういえばそうだわ。アディス様、フォリアのことが好きではないのですか?」
「え? 女の子はみんな好きだよ?」
「「……」」
アディス以外の三人の視線が揃った。
「アディス……」
殿下に窘められ、彼は肩を竦める。
「フォリア嬢の治癒魔法には特別興味があるよ? でも、女の子として見るのは、他の子たちとも同じ感情かな」
あ、こいつ、恋したことないぞ?
三人の思いはひとつに。
アディスは自分に向けられた視線に、ごほんと咳払いして話題を変える。
「ときどきふたりが話している言葉は、予言の物語のもの?」
「そうですわ。もうひとつの母国語のようなものです」
それから少しずつ足りない部分を補って行き、カーナの外堀は埋まっていった。
「そろそろフォリアの試合が始まりますよ」
「もうそんな時間? 行かないと」
四人は椅子から立ち上がる。
(ッ……)
先ほど血を流したのに、カーナを抱えて走り、いきなり立ち上がったのがよく無かった。
立ちくらみがしてラゼは、目をつぶって堪える。
会場がパニックにならないように流血は違う場所に転移させていたので、血が足りていなかった。
「ラゼ?」
「ああ、ちょっと立ちくらみがしただけです」
しばらくして目を開け、ゆっくり顔をあげれば問題ない。
『ごめんなさい? あなたは本当はこの世界にいないはずの存在なの。出しゃばりなモブはお暇してくださいですって。これ以上、ワタシたちの計画を狂わせないで頂戴な』
頭には先ほど言われた言葉が蘇る。
(「モブはお暇してくださいですって」か)
この一言で、敵側にもこの世界が乙女ゲームだと知る者がいると判断できる。
また、もう一人の転生者がこの世界の協力者を得ているということは、予言を証明しているということ。学園にも敵が紛れ込んでいると考えるのが自然だ。
(後は私が何とかしないと)
グッと拳に力が入るのを、アディスが見ていたことにラゼは気がついていなかった。
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