3、入学準備
「お待ちしておりました。オーファン様」
「……お願い致します」
ラゼがウェルライン閣下の執務室から出ると、外で待機していた女性に連れられて早速制服の採寸をすることになっていた。
自分がセントリオールに行くことは決定事項だったんだなとしみじみしながら、ラゼは別室で大人しくメジャーを巻きつけられる。
「春にはセントリオールの学生さんですね〜」
「はい。私もまさか学校に通えるとは思っても見ませんでした」
採寸をしてくれるお姉さんに微笑まれて、ラゼは少しくすぐったく思う。
まさか自分が可愛い制服を着て、学校に通うことができるとは夢にも見なかった。まるで異世界にでも行くような気分である。
「ふふ。おめでとうございます。制服は一週間後にはオーファン様の執務室にお届けされることになっています。
この中からデザインをお選び頂けますが、如何致しますか?」
流石、貴族サマが集まる学校ということだけあって、制服ひとつとってもカスタマイズができるらしい。
お姉さんに渡された資料を見て、ラゼはズボンにしようかと思ったが、それで変に目立つのも嫌なので簡単に着られるワンピース型のものを選択する。
最終的に選んだ制服は、全体的に防御力高めのカスタマイズだ。
お姉さんには、リボンとかフリル付きのものを勧められたけれど、そんな可愛い物を着ていたら浮き足立ちそうなのでやめておいた。
背伸びはしないほうがいい。
それに、軍服と比べれば何を選んでも可愛い。
「では、お届けまでお待ち下さいませ」
「はい。ありがとうございました」
ラゼはお姉さんと別れを告げる。
入学までに、少しでもキューティクルとおさらばした髪と、日に焼けた肌を労ってあげようと彼女は決めるのだった。
その後は本部でやるべきこともなくなったので、自分の持ち場に戻る。
行きとは違って、その手に書類の入った封筒を抱えて転移した。
「戻りました」
「おかえりなさいませ」
ラゼの仕事机の横にL字になるように置かれた机で作業していたボナールト大尉は眼鏡をくいと押し上げて、ラゼの表情を窺う。
さて、今回は一体どんな任務を課されたのだろうか。
二十歳ほど歳の離れたこの少女は、自分よりも遥かに重い責を担っている。成人すらしていない彼女が、この国の宰相直々に任務を与えられることを可笑しいと思わなくなったのはいつからだろう。
ボナールト大尉はラゼが開口一番文句を言うかと予測していたので、何も言わずに席につき、持っていた封筒を開けて書類を確認する彼女に目を丸くさせる。
「代表?」
ラゼの瞳が文字を追わなくなった頃、彼は声をかけた。
もしかすると、かなり厳しい任務を貰って来てしまったのかもしれない。
「あ、うん。すまない。ちょっと事態が飲み込めていなくて」
(あの代表が、任務に困惑しているだと?)
ますますボナールト大尉はラゼの任務が気になる。
視線に気がついた彼女は困ったように笑った。
「今回は私の長期単独任務だったよ」
「長期、単独?」
うん、とラゼは頷く。
セントリオールは三年制に加え全寮制の学校。
長期休みには軍に戻るが、かなり席を空けることになる。
「その間はボナールト大尉に討伐隊の指揮は任せることになっているから、よろしく頼むよ」
「な! 代表、長期とは一体どれ程?」
「長くて三年」
「三年?!」
ボナールト大尉は驚愕した。
彼女の代わりに自分が、あの戦闘狂だらけの第五三七特攻大隊を率いるなど不安しかない。
それも三年とは、先が思いやられる……。
「だ、代表。一体どんな任務を与えられてしまったのですか? わたしは三年もあの部隊を率いる自信がありません……」
大尉は居てもたってもいられず、立ち上がってラゼの前へ出る。
正装した彼女の胸のバッヂが小さく音を立てた。
「うーんとね。私、今春からセントリオール皇立魔法学園に通うことになったんだ」
「……………ハイ?」
ボナールト大尉の返事は、先程ウェルライン閣下に見せたラゼの反応と全く同じものだった。
「あ、ちゃんと試験は実力でクリアしているから、そこは心配しないでね。
殿下やお偉いさんのご子息ご息女が集まる学園で、私は一生徒として彼らを見守る役を承って来たんだよ。閣下には学園生活を楽しむようにとまで言われてしまった」
「なるほど。理解しました。そういえば代表も〈晴蘭の年〉のお生まれでしたね」
ボナールト大尉は案外すんなり彼女の任務を理解した。
軍のエースが入学すれば、陛下も閣下もご安心だろうと彼は思う。
「良かったですね。わたしはてっきり、帝国への潜入調査かと思いました」
「……うん」
何故だか元気が無いように見えるラゼに、ボナールトは疑問符を浮かべる。
「どうかされましたか? 浮かない顔に見えますが」
「いや、まさか、私が同い年の子たちと一緒に学校に行けるとは思っても見なくて。任務を甘く見ている訳では無いけれど、こんなに好条件の任務が舞い込んでくるとは、逆に不安だよ」
ラゼは封筒に入っていた学園のパンフレットを持ち上げてそれを眺めた。
パンフレットの下に重なっていた資料が顔を覗かせ、ボナールト大尉は瞠目する。
「合格証明書……。って代表、特待生じゃないですか!」
「あー、うん。そうみたい。学費に寮費は全額免除だってさ。まあ、庶民の合格者には全員補助金が出るし、大したことないよ」
一体何を比べて大したことがないと言うのか、ボナールト大尉には謎だった。
勉強する時間なんてほとんど無いように見えるのに、この人は本当に優秀だ。同じ庶民として、文武を極めた彼女は十二分に尊敬に値する。
優秀過ぎて何処からも引っ張り凧。
遠征から帰って来たかと思えば、武器の開発部で助言していたり、かと思えば、衛生部に文句を言って喧嘩していたり。まだ顔が割れていないので、他国に密偵として送られたり。〈影の目〉として高難易度の任務に駆り出されたり。
この二年、彼女が三日以上の長い休みを取っているところをボナールト大尉は見たことが無い。
「……代表。留守は任せておいて下さい。わたしが責任を持って隊を統率致します」
「う、うん?」
さっきまで不安そうだった大尉に真剣な眼差しを向けられて、ラゼは小首を傾げる。
「ですから、学園生活を楽しんで来てください。きっとこれは、休みなくシアンに尽くしてくださっている代表への褒美なんですよ」
「え?」
「閣下も、楽しんで良いとおっしゃられていたのでしょう?」
「そう、だね」
「ならば、代表はその言葉通り学園を楽しむべきです」
ラゼは目を瞬かせた。
そうか、そんなに単純なことだったのか。
褒美かどうかはわからないが、閣下が楽しめと言ったのだ。
ならばその言葉のまま、自分は学校を楽しめばいい。
「ありがとう大尉。すっきりしたよ。私がいない間は頼むね。長期休みには戻って来るから、それまで頑張ってくれ。呉々も無理だけはしないように」
「ハッ」
ボナールト大尉は敬礼と共に頼もしい返事をくれた。
やれやれ、控えめに言っても素晴らしい部下をもったものだ。
「入学まであと二ヶ月か。忙しくなるな〜」
「コーヒー、淹れて来ますね」
「うん。ありがとう」
そうと決まれば、早急に引き継ぎの準備を始めなくてはならない。
溜まった書類の山に先が思いやられたが、仕事を残しては行けないので、それから地道に仕事をこなす日々が始まった。




