28、始業式と準備期間
「代表!? 今日から学校ですよね!?」
「おはよう大尉。そうだよ。三十分後に転移するから、それまでにはこれを終わらせるよ」
始業式当日にも関わらず、普通に仕事をしている上司にクロスは目を瞬かせる。
戻って来てから、休みなく働いている彼女は少し痩せた気がする。元から小さいのに、痩せてしまっては心許ない。
「ヨル教授にゾーン15の新種についての報告書を提出して行かないと、学園に乗り込まれる可能性が否定できないからね」
魔物を研究しているヨル・カートン・フェデリックは、魔物大好きな変態研究者だ。
クロスは「白衣を着た悪魔」と呼ばれる彼女を思い出して、ウッと顔を引きつらせる。
「やりかねませんね」
「でしょう?」
ラゼは黙々と手を動かして、なるべく細かく報告書を書き上げた。
「よし。じゃあ、ボナールト大尉。私はまた席を空けるから、またしばらくお願いします」
「ハイ」
本当に頼もしい部下だな、と彼女は微笑んで自宅に飛ぶ。
ラゼは家に帰ると、部下がくれた新品の服に袖を通した。
スカートは得意ではないのだが、大事な仲間に貰ったものはちゃんと着る。
てきぱき着替えを終えると、鏡の前に立って身嗜みのチェックをした。
「バトルフェスタか。何も起こらないといいんだけれど……」
気を引き締め直し、ラゼはセントリオールへ再び旅立つ。
「ラゼちゃーん!」
転移して真っ先に声をかけて来たのは天使。
まるでそこだけ別の世界が広がるフォリアの神聖さに目を細めながら、ラゼは飛び込んできた彼女を受け止めた。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「うん!」
フォリアに抱きしめられながら、ラゼは学園に戻って来たのだと実感する。
「フォリアさん。ラゼが苦しそうよ」
「あ! カーナ様!」
いつものサンコイチが集合し、ラゼの両手には大輪の華が咲く。
三人はまず寮に戻って制服に着替え、再びホールに集まる。始業式を終えて、バトルフェスタの説明を受けた。
全校生徒によるトーナメント戦は、一週間後から開始される。
三年生たちは進路直結の大事な大会なので、緊張感が違った。
対戦表が発表されると、あちこちから声が上がる。
ラゼの初戦の相手は、二年B組の男子生徒。
勝ち上がったら閣下の息子を負かしてやると思っていたのだが、ハーレンスとの話し合いでラゼは早々に負けて警備に当たることになっている。
彼女が本気なんて出してしまえば、簡単に優勝できることはハーレンスもご存知だったので、自粛してもらうことにしたのである。
それに、今回は保護者たちも観戦に来る。
彼女の仕事柄、存在はなるべく隠す必要があるので、ここでは目立たないようにするのが無難だった。
「うう、緊張するな……」
隣で青い顔をしているフォリア。
ちゃっかり指輪をしているのを見つけたラゼは、我が子を見守る母親のような目つきで彼女を見た。
「大丈夫だよ。お守りもあるみたいだしね?」
「あっ、へへ。ゼール様がくれたの。お休みの後半は忙しそうであまり会えなかったんだけれど、『すぐに会える』って言われたんだ」
嬉しそうに微笑むフォリア。
これはいい感じにフラグが折れている。
それが嬉しくてラゼもにっこり笑った。
大会直前期は、授業も実技のみになる。
だだっ広い訓練場には大勢の生徒たちが、それぞれ自主的に自分に必要な魔法の扱いが得意な先生に教えを乞う。
水も滴るいい男、ということで一部女子生徒が騒いでいるのにはもう慣れた。
彼女たちは玉の輿狙いなのだろうとラゼは断定する。
そうでなくては、呑気に黄色い歓声を上げていられないのだ。
「はぁっ!!」
そこで逞しい女性の声が聞こえて、人だかりができた場所にラゼは足を運ぶ。
その中心には、三年生の男子生徒相手に鉄拳を食らわす見覚えのある赤毛の女子が。
「ア、アリサ先輩?」
うずくまる男子生徒の前で、フゥーと息を吐く彼女にラゼは目を丸くした。
「さ、さすが、二年のシード。喧嘩なんて売るもんじゃねぇな」
「あいつも馬鹿だよな。相手が庶民の後輩だからって甘く見過ぎだろ?」
「自信をつけたかったみたいだけど、逆にプライド木っ端微塵にされたね……」
観客の言葉を拾ったラゼは、いつも優しいアリサのもうひとつの一面に面食らった。どうやら、彼女と親しくしてくれる先輩方は只者ではないらしい。
「あれ? グラノーリさん?」
声をかけられてラゼは後ろを振り向く。
「ミュンヘン先輩」
「ユーグでいいよ。僕もラゼって呼ばせてもらうから」
そこにいたのは、殿下の誕生日会に招待状を譲ったユーグだった。
「どうしてこっちに? あ、君もフェーバーの騒ぎを見に来たのか」
「はい。気になっちゃって」
「この時期、庶民組は結構苦労するよ。普段は手を出してこない貴族の人たちが、溜まった鬱憤を正攻法で晴らしてくるからね。ラゼも気をつけた方がいい」
ユーグは肩を竦める。
「ま。逆も然りだから。僕たちが遠慮なくやっちゃっても平気だよ」
僕はあまり戦闘は得意じゃないんだけれどね、と彼は笑った。
「私もです。痛いのは嫌だな」
「観客と先生たちの目もあるから、酷いことはされないよ」
「それを聞いて安心しました」
ふたりが談笑していると、ラゼは必ず視界に入れていたカーナの背後で模擬戦をしていた生徒の攻撃が飛んでいくのを見てしまった。
彼女はすぐに魔法を起動する。
「っ、カーナ!」
それに気がついたルベンが駆け出すが、あなたが傷つくのも問題だ。
ということで、ラゼは土で出来た玉を転移魔法で裏山に飛ばす。
その場に残るのは、ルベンがカーナを庇う美味しい展開だけである。
(ただの事故、か?)
ラゼはじっと状況を把握するが、不審な点は見当たらない。
こんなイベントは予言の書にも無かったので、ただのハプニングだと思いたいところだ。
「ラゼ?」
「あ、はい」
「帰省したら、うちにいい商品が入ってたんだ。化粧品。女の子、そういうの好きだと思ったんだけど、お近づきの印にもらってくれないかな? 今度渡すから」
「いいんですか?」
「うん。ラゼは将来大物になりそうな予感がするからね」
さすが商人の息子。わかってるじゃないか。
ラゼは自分の身分を気にせず買い物ができるようになったら、ぜひともユーグの店に行こうと決めた。
彼と別れた後は、一応ラゼも大会に向けて身体を鍛える。
ひとりだけ魔法を使うこともせず腕立て、スクワット、ランニング、素振りをしていると、担任のヒューガンに声をかけられた。
「グラノーリ。お前だけ保護者の参加について申請が無かったが平気か?」
「はい。お世話になっている方たちは忙しくて来れないんです」
「……そうか。わかった。その、オレはちゃんと観てるからな。頑張れよ」
「ありがとうございます」
あのヒューガンに気を遣わせるとは申し訳ないな、と思いながらラゼは素振りに戻る。
フォリアとカーナからもたくさんお土産をもらってしまったし、いつかちゃんとお返しがしたいものだ。
「暑いな」
彼女は眩しい日差しに目を細め、魔法で取り出したタオルで汗を拭った。




