25、定期考査
「今回は絶対に勝つ!」
そう意気込むのは、二年A組のマリー・ウィンストンだ。
去年はずっと二位だった彼女は、今度こそ一位を取ると豪語している。
親友のアリサ・フェーバーはそんな彼女を見て、口では頑張れと応援してはいるものの、今回もノーマン・ロイ・ビレインに一位を持っていかれそうだなと内心では思っていた。
「二位でも十分凄いのに」
「この際、順位なんてどうでもいいのよ。わたしはあいつを負かしたいの!」
バリバリの闘争心に、アリサはこれ以上近づいたら危険だと判断する。
毎日遅くまで勉強して、眼鏡で分かりにくいが目の下にクマを作っているマリーを心配しているのだが、彼女は止まってはくれなさそうだ。
マリーを邪魔するのも悪いと思い、アリサは今まであまり交流の無かったドレイス・キルマリオン・ムーブレスに思い切って声をかけて勉強を教わっている。
ドレイスは物静かだが、丁寧に教えてくれるし、話してみると面白くていい奴だ。
アリサは明日に迫った定期考査の結果が良かったら、ドレイスを誘ってお礼として商店街にでも行こうかなと考えている。
「一年生はどうだろうね」
話題を変えようと、アリサは初めてできた後輩たちの話を振る。
「ラゼさんに是非とも上位ランクインして欲しいわ。ちゃんと過去問ノートも渡して、打倒・貴族の精神も語ったからきっと大丈夫よ」
(……ごめん。何が?)
全くもって何が “大丈夫” なのかアリサにはわからない。
いつの間にか、また後輩にとんでもないことを吹き込んでいたらしく、アリサは頬を引きつらせた。
「一位を取ったら、好きな物をおごってあげるって約束してるの。後輩に抜かされる前にわたしも一位を取らないとね」
やけに気合が入っているなと思えば、そういう理由もあったらしい。
(ラゼちゃんに貴族嫌いが移らないといいんだけど……)
アリサはちょっと不安になった。
机にかじりついているマリーを見て溜息を吐く。
もともと体が強くないのに、無理して体調を崩すのはどうかと思う。
これはまた二位だろうなーと思いながらアリサはベッドに潜った。
「あたし、先に寝るね」
「ええ。わたしももう少ししたら寝るわ。おやすみ」
「おやすみ。マリーも早く寝るんだよ?」
「わかってるわ」
そうして迎えた定期考査当日。
「……早く寝ろって言ったよね?」
「大丈夫よ。何も問題ないわ」
明らかに体調が悪そうなマリーにアリサは頬を膨らます。
結局昨日も遅くまで勉強していたのだろう。
「そんなんだから、またノーマンに負けるんだよ」
「そんな事ない! 今回はいつもの倍勉強したの!! 絶対に負ける訳ない!」
ムッとしたアリサはぷいと顔を背ける。
そんな体調じゃ、倍勉強しても実力なんて発揮できないだろう。
そろそろ不満が溜まってきていたアリサはもう知らないと、先に教室に向かう。
後からやってきたマリーはやはり体調が悪そうだったが、医務室に行くことはせず、直前まで復習をしている。
そうしてテストは始まり、昼食を終えた後半戦。
「マリー!!」
一教科が終わった後、マリーは遂に椅子から崩れ落ちる。
答案の回収中であったが、アリサは思わず立ち上がる。
しかしマリーは床に叩きつけられることは無く、彼女を支えたのはノーマンだった。
「先生。医務室に運んで来ます」
「わかった。君たちは待機していてくれ。ノーマンが戻り次第テストを開始する」
ノーマンはマリーを横抱きにして教室から出て行く。
「だから言ったのに……」
アリサは倒れるまでマリーを止められなかった自分に嫌気が差した。
数分後ノーマンが戻ってきてテストは再開。
その日の教科が終わると、アリサはすぐに荷物を片付けてマリーの見舞いに行くことにする。
「待って」
教室を出ようとすると、誰かに腕を掴まれてアリサは振り返ると、相手はドレイスだった。
「その、あんたのせいでは無いから」
最初、何を言われたか分からなかったが、マリーのことを言っているのだと気が付いたアリサは目を伏せる。
「あ、ありがと」
「それと。多分、今行くと邪魔になる」
ドレイスが空席に視線をやった。
そこはノーマンの座席で、きっとマリーの元に行ったに違いなかった。
「ハハ。そうだね。ここは未来の旦那に任せるか!」
相変わらず仕方ない親友だなーと息を漏らしながら、アリサは苦笑する。
今回も一位はノーマンで決まりだった。
*
「アリサ。その、心配かけてごめんなさい」
結局テストは参考点として、後日受けることになったマリー。
全てのテストが終わって医務室に見舞いに来たアリサに、いつも強気な彼女が頭を下げる。
どうやら深く反省しているらしい。
「わかったならよろしい。体調管理も大事だって、何回も言ってるんだから、次は無いよ?」
「はい……」
しゅんとしたマリーに、アリサはふうと溜息を吐く。
「あ。そうだ。マリー期待のラゼちゃんは、頑張ったみたいだよ」
「え?」
「なんと一年生の一位はラゼ・グラノーリ。先越されちゃったね」
「そうなの!」
全て満点を叩き出した特待生は、今や学園中で有名だ。
「先輩として、可愛い後輩のことは守ってあげないとね」
「ええ。悪い虫に将来有望な同志を食われるわけにはいかないわ! 早く元気にならないと!」
庶民の特待生が一番を取るというのは、良くも悪くも注目されてしまう。
出る杭は打たれるものだ。
マリーも昔は虐められたことがあったが、ノーマンに助けられながら貴族たちの学園で頑張っている。
マリーは早く回復して、可愛い後輩をまずご飯に連れて行こうと決めるのだった。
その頃のラゼはというと。
全身に好奇の視線を浴びて食堂のテーブルに座っていた。
お疲れ様会と銘打って、勉強会をしたメンバーでお食事中である。
「ラゼ。全科目満点なんて反則じゃない?」
「ハハ。先輩にもらったノートが凄かっただけですよ」
当初の予定では、十位ぎりぎりくらいを狙うはずだったのだが、毒の事件のことで手を変えたのだ。
カーナには悪いが彼女に一位を取らせるのは危険と判断し、自分が犠牲になったのである。
(カーナ様が頭良すぎなんだよな……)
勉強会のときに確信したが、皇妃となるべく育てられた彼女はとっても優秀で、ラゼは一位を取らざるを得なかった。
それと、ここで自分の存在を示して、カーナの側にいる庶民だと犯人に認知されたら、何かしらアプローチがあるかもしれないと思った。
「先輩?」
「去年ずっと二位をキープしていたマリー先輩に、過去問のノートを譲ってもらったんです」
「そうだったの?」
「はい。マリー先輩はその、打倒・貴族を掲げている方で……」
ラゼが口籠るとカーナはそこで話を察してくれる。
こっそりノートを見せてもよかったのだが、流石に所々に「貴族を倒すポイント!」なんてコメントが書かれているものを見せる訳にはいかなかったのである。
「それでも、満点を取るのは凄いわ! ラゼの実力よ。わたくしも頑張るわ!」
「マリー先輩はノーマン先輩を抜かそうと無理をして、今回のテスト途中までしか受けられなかったそうなので、お気をつけてくださいね」
「そ、そうなの?」とカーナが若干引いている。マリーの過激さに気がついたようだ。
ラゼはハンバーグを一口。
「あ、あの、もうすぐ長期休みですよね?」
「そうだね」
どこかソワソワしているフォリアの問いかけにイアンが頷く。
「も、もしよろしければ、星祭りに一緒に行きませんか?」
一生懸命誘ってくれるフォリアが尊すぎる。
ラゼは思わず頷きそうになるのを必死に堪えた。
軍に戻ったら仕事があるだろうし、カーナのことも色々調べないといけないので、星祭りに行けるか分からない。
「ごめんね。俺は他の女の子たちと約束してるから、また今度。きっと祭りでは会えると思うよ」
(こいつ、天使の誘いをそうも簡単に断るか?!)
一応攻略対象なのだから、そこはうんと頷いとけとラゼは内心で吠えたが伝わるはずもなく。
しょんぼりしてしまったフォリアに、ルカ、イアンが一緒に行こうと声をかけ、カーナが行きたいと言ってくれたおかげでルベンとクロードも参戦。
「ラゼちゃんは?」
最後に尋ねられたラゼは、「是非来て!」というフォリアとカーナの視線に負けそうになる。
「……ごめんね。祭りは稼ぎ時だから厳しいや。隙を見て抜けられたら顔を出すよ」
長期休みは軍で働くので、遊んでいられない。
「ラゼ!」
「へっ?」
それを聞いたカーナが食器を机に置く。
一体どうしたのかと思えば、カーナが潤んだ瞳で自分を見つめているでは無いか。
「お休みの間、わたくしの家に来ない?」
「えっ……」
「いえ。是非、来て欲しいの! もちろんお客様だからわたくしがもてなすわ!」
「そ、それは」
「いいでしょう? 友達とお泊まり会をしてみたかったの。ベッドも大きいし、一緒に寝ても十分よ! どう?」
それ以上は、ルベン殿下の目が怖いからやめてくれ! とラゼは気が気でない。
「え、えっと……。お誘いはとても嬉しいのですが、住み込みで働くので。ごめんなさい」
「彼女にも予定があるみたいだ。また今度にした方がいいんじゃないか?」
「そ、そうでしたの。無理に誘ってごめんなさい、ラゼ」
「いいえ。私の方こそ気を遣わせてしまって申し訳ないです」
ちゃっかりお泊まりを止めさせようとする殿下をラゼは見逃すことはできなかった。
どうやら殿下はひどく独占欲がお強い人らしい。
だいたい食事が終わって、祭りについて話しているとカーナとフォリアが揃ってお手洗いにと席を立つ。
女子ひとり取り残されたラゼは気まずかった。
彼女はカーナとフォリアのおまけなので、彼らと仲がいいとは言えない。
「……殿下」
それでも、この休みの間に何かが起こっては大変だ。
「何だ?」
「絶対にカーナ様を離さないでくださいね。友人として、彼女を泣かせたら殿下でも容赦はしません」
これくらいハッパをかけておいた方がいいだろう。
ルベンは青い瞳を鋭くして、ラゼを探るような目で見つめる。
「俺が彼女を離す訳がない。君こそ、カーナを泣かせたらどうなるか覚悟しといたほうがいい」
いい目つきだ。
自分のことを「俺」と言っているあたり、本気度を感じる。
ラゼは直接彼からその言葉を聞いて安心した。
「男の嫉妬は見苦しいですよ、殿下」
「やっと正体を現したな。たとえ友人だろうが、カーナはやらない」
「そうですか。残念ながら私は彼女のスリーサイズを確認済みですがね。もちろんフォリアも」
「なっ……」
耳を傾けていたイアンやルカもゴホッと咽せる。
隣ではアディスがくつくつ笑っていた。
「ハハ。君って怖いもの知らずだね?」
「飢えて死にそうになるより怖いことはありませんよ」
「「……」」
至って真面目に答えたのだが、全員物言いたげな視線だけをラゼに向けた。
「ただいま。って、どうしたの?」
そこに戻ってきたフォリアが異様な空気に首を傾げる。
「んー。庶民といえど友達は死ぬ気で守るって話をしてただけだよ」
「そんな話だったか?」
「違うと思うよ」
呆れた表情のルベンにルカが応えた。
「ふふっ」
カーナの笑い声が聞こえて、ルベンが目を丸くする。
「よかった。ラゼと皆が仲良く話してくれて! わたくしの大事な友達ですから、もっと仲良くなって欲しいと思っていたんです」
「あっ、わたしもだよ!」
両手を合わせて微笑む女神と、屈託のない天使に、彼らは言葉が出てこない。
そしてラゼが彼らと仲良くなることにデメリットはない。
「お気遣いありがとうございます。カーナ様。それにフォリア」
にっこり笑い返したラゼを見て、攻略対象者の皆さんが微妙な面持ちだったのは言うまでもなかった。




