17、カミングアウトにはご注意を
外は日が出ていてぽかぽかしている。
こんな日にはピクニックがしたいわ、なんてカーナの提案で、また次の機会に花畑でお茶会をすることに。
そんな話していると、〈時の塔〉のてっぺんにも届きそうなほど、高くて大きな建物が見えた。
「おっきいねぇ〜」
フォリアが空を仰ぐようにして、図書館を見上げる。
ここには許可を得た研究者たちも本を借りるほど、専門的なものから大衆向けまでの書籍たちが収まっている。
なんて贅沢な場所なんだと、ラゼは図書館に入った瞬間、その圧倒的な蔵書の数に度肝を抜かれた。
「これだけあると、一日で図書館を回るのも難しい気がするわ」
「そうですね、フォリアの言っていた通り、冗談抜きで迷子になりそうです」
「司書さんに聞けば大丈夫だよ。一階のカウンターで待ち合わせにする?」
「それがいいと思うわ」
そういうことになったので、三人はそれぞれ興味があるエリアに行くことに。
ラゼは真っ先に生物学に関する論文誌を探した。
「あった」
ちゃんと検索の魔法が使えるので、早く目的を達成した彼女は、ふたりを探しに行く。
「何階にいるかな」
あのふたりであれば、小説を読みそうだなと思ったラゼは階段を下って三階を覗く。
通路を進み、横の列を確認しているとミルクティーの髪が見えた。
「あ、フォ——」
「ラゼさん、待って」
フォリアを見つけた、と呟こうとしたところ、前の棚からひょっこり現れたカーナに腕を引っ張られる。
「ど、どうしました?」
「シーッ。静かに。今、確かめるところなの」
カーナに口を塞がれ、ラゼは頭に疑問符を浮かべたまま、フォリアを遠くから観察することに。
彼女は上の方にある本が欲しいのか、一生懸命背伸びをしている。
「これですか」
「あ、え、はいっ」
そこに登場したのは、クロード・オル・レザイア。
ラゼは彼が殿下の隣では無く、ひとりでいるところを初めて目撃した。
「ありがとうございます」
「いえ」
欲しかった本を取ってもらったフォリアは、ぺこりとクロードに頭を下げる。
「その本、面白いですよ」
「そうなんですか! 読むのが楽しみです! わたし、この作者さんのお話がすごく好みで。レザイア様もご存知なんですか?」
「……クロードでいいです」
「ク、クロード様?」
「ハイ。彼の作品が好きなら、こっちもお勧めですよ」
なかなかいい雰囲気のふたり。楽しそうだ。
モルディール卿がフォリアのことをどう思っているかは知らないが、ご愁傷様である。
「やっぱり、シナリオは全てが変わってくれるわけでは無いのね……」
すぐ側からこぼれ落ちる言葉。
ラゼは目を丸くして、カーナを見つめた。
「シナリオ?」
「な、何でもないわ」
あからさまに目を逸らした彼女に、これは見逃せないとラゼが今度は腕を取る。
「カーナ様。もしかして、あなたは……」
「え?」
「ここでは不味いので、場所を変えましょう」
半ば強引にカーナを連れて、ラゼは図書館の外に出た。
カーナは今のラゼの反応に、もしや?と思う。
「カーナ嬢?」
窓の外にそのふたりをルベンが見つけ、不審な顔になる。
クロードがいるということは、近くにルベンがいる確率が高いことを、彼女たちは全く気にしていなかった。
*
「ラ、ラゼさん?」
「カーナ嬢、私はあなたさまに確認しなくてはならないことがあります」
人の気配が無い場所まで出ると、ラゼはカーナに向き直る。
気のせいならそれで構わないが、もしそうであれば、今後を左右するとても大切な話だ。
「……実は、わたくしも同じことを思っていたの」
「え、そうなのですか?」
「ええ」
ふたりの間に、しばし沈黙が走る。
そして覚悟を決めた彼女たちは、一斉に質問を繰り出した。
「貴女も、もしかして転生者なの?」
「あなたは、予知の魔法が使えるのですか?」
完全に重なった声であったが、ふたりは互いの質問をちゃんと理解できた。
だから、揃って目をさらにした。
「「………え?」」
この時の彼女たちは、驚くほど同じ表情をしていた。
「ま、待ってください。カーナ様は転生者なのですか?」
「今のは忘れて! シナリオって訊かれた様子から、てっきりラゼさんもここが乙女ゲームの世界だと知っている転生者かと勘違いしてしまったの! ああ、こんなこと言っても分からないのよねっ、わたくしったらなんて事を」
あたふたして顔に手を置くカーナ。
ラゼはカーナの言葉を聞いて、雷が落ちたような衝撃が走る。
「あああ!!!」
カーナは彼女の叫びにびくりと肩を震わせた。
「そうです! やっとスッキリしました! この学園は、まるで乙女ゲームの世界みたいなんです!!」
やっと蘇ってきた前世の記憶に、ラゼは興奮してカーナの肩を掴む。
「え? どういうこと? じゃあ、まさか、ラゼさんも本当に?」
「誰にも言ったことはありませんでしたが、私には前世の記憶があります。乙女ゲームって、恋愛シミュレーションゲームのことですよね?」
その言葉を聞いて、カーナがぱああっと目を輝かせる。
「そうですわ! ここは『ブルー・オーキッド』という乙女ゲームの世界なの。もしかしてラゼさんは転生者なのにそのことを知らなかったの?」
「ハイ。乙女ゲームがどんなものなのかは知っていますが、前世の記憶ではプレイしたことが無くて」
カーナは逃すまいと言わんばかりに、ラゼの手を掴んだ。
『この言葉、わかる?』
『勿論。日本語は、もうひとつの母国語ですから』
自分以外の人間が、日本語を話している。
カーナは嬉しくて、思わずラゼに抱きついた。
「ずっと会いたかった!! もしかしたら、わたくし以外にもいるかもしれないと、ずっと思っていましたの!」
「私も十五年生きてきて、初めて会いました」
「十五年? ラゼさんは生まれた時から記憶が?」
「はい」
「そうなの。わたくしが記憶を取り戻したのは、十二歳のときだったわ」
「個人差があるみたいですね。こうして会えたのは、本当に奇跡です」
カーナはそこで一旦ラゼから離れて、落ち着いた。
目の前にいる彼女は、同じ転生者ではあるが、この世界が乙女ゲームだということを知らなかった。
「ひとつ、確認なのだけれど。ラゼさんは殿下を好いていたり?」
「え?! なんでそんなことに?!」
心底驚いた様子のラゼに、カーナはホッと息を吐く。
ラゼはそこで「この世界が乙女ゲーム」ということについて、恐ろしいテンプレートを思い出してしまう。
「殿下。その他もろもろお偉いさんの息子。庶民で治癒魔法が使えるフォリア……。婚約者のカーナ様……」
ゲームのあらすじが見えてきたラゼが「ま、まさか」と顔を青くする。
「そのまさかよ。わたくしが、『ブルー・オーキッド』の主人公フォリアに敵対する、悪役令嬢カーナ・フット・モーテンスなの。
最悪なことに、バトルファンタジー要素のあるこのゲームでは、わたくしは最後、憎しみに溺れて、か、怪物になり、ヒロインたちに成敗されてしまう運命なのっ」
カーナが紡ぐ言葉は震えていた。
崩れ落ちる彼女を、ラゼは受け止める。
「そんな事にはさせません」
真剣な眼差しで、ラゼはカーナに誓う。
「大丈夫です。私がいます。そんなフラグは粉々にしてやりますから、もう一人で悩まないで」
ラゼの言葉に、カーナはボロボロ涙を流した。
「もう大丈夫ですよ。何があっても、私が守りますから」
ラゼはカーナを抱きしめ、落ち着くまでずっと背中を摩った。
が、
内心では。
(オイオイオイオイオイオーイ! 乙女ゲームなんて聞いてないよ?!!!!)
それもこのゲーム、かなり物騒な設定だ。
ルベン殿下の婚約者であるカーナが怪物(?)になって成敗されるなど、空前絶後の大事件。
もし任務についている自分が、それを未然に防げなければ……。
(——クビだ。もしかすると本当に首を落とされるかもしれない…………)
とても冷静ではいられない。
とにかく自分の不安をカーナに伝えるわけにもいかないので、ラゼは必死に平静を装った。
「あ、ありがとう。ラゼ……」
「いいえ。泣いてる乙女を放っては置けません」
そうとは知らないカーナは、涙を拭うラゼにキュンとする。
「そこで何をしている?」
後ろから凛とした声がかかる。
当然のごとく人の気配を探知していたラゼだが、その声に息を飲んだ。
「で、殿下!」
カーナは泣いた跡を見られたくないようで、咄嗟にラゼに隠れる。
乙女心が分からない事はないので、ラゼは困った。
「カーナ嬢がどうかしたのか? もしくはお前……」
(ヒッ!)
若干の殺気を感じ取ってしまい嫌な汗が流れる。
このままでは自分がカーナに何かをしたと誤解されてしまう。
いや、したと言えばしたのか……?
「ご、誤解ですわ、殿下! ラゼはわたくしの大切な方で、出会えて嬉しくてつい涙が出てしまっただけで」
(……ラゼ?)
滅多に呼び捨てにしないカーナが「ラゼ」と呼ぶのを聞き、ルベンは眉間にシワを寄せる。
彼はカーナのすぐ側まで来て、腰を落とした。
「……そうか。それなら良い。
だが、そんな無防備な顔を他のやつに見せるな」
「へ?」
ルベンはそう言うや、蹲み込んだカーナをいとも簡単に横抱きにしてしまう。
「で、殿下?!」
「じっとしてろ」
(うわーお……)
この光景をダイレクトに拝む事になってしまうとは、目眩がしそうだ。
「ラゼ!」
「はい?」
耳を真っ赤にさせたカーナは、大人しくルベンの腕に収まっているが、置いていかれたラゼを呼ぶ。
『後で話を聞いてくれる?』
『勿論。大切な友人であるカーナ様を、私が守ると誓いました。……あ、鞄はお部屋にお持ちしておきますね!』
日本語で話しかけられて、彼女は乙女ゲームについてはルベンにも話していないのだと直感した。
もし自分が声をかけていなければ、カーナをこのままひとりきりにして、破滅の道を進めてしまったかもしれないと思うとゾッとする。
「あ、ありがとう」
恥ずかしそうに礼を言うカーナは、悪役令嬢なんて柄ではない。
ラゼは軽く手を振って彼女を見送った。
カーナは全く気が付いていなかったが、殿下に冷たい視線を浴びせられたラゼは呟く。
「……。破滅フラグはすでに折られてるのでは?」
——どーう見ても殿下は、あなたに惚れてますけど???
残された彼女は、独占欲が強い殿下殿から攻撃をくらって、しばらく今後について頭を悩ませる。
これで敵視されていては、後が思いやられる。
「考えても仕方ないかぁ……。カーナ様の鞄を回収して、フォリアを迎えに行かないと」
殿下の気持ちがどうであれ、万が一に備えて準備はしなくてはならない。
この世界が乙女ゲームだということについても、まだ半信半疑ではあるが、カーナがこれから起こる出来事を予知していることは分かっている。
(軍人として予知能力については報告した方がいいに決まってるんだけど……。内容が内容だからなぁ。狂言だと思われるかもしれないし、私が「見守る」しかないかぁ)
予知能力を持つものは、国から保護されることがシアンでは義務付けられている。
「晴蘭の年」に天啓を受けた子が生まれるなんて予言した大婆様がいい例だ。ちなみに彼女は豪邸に住んでいらっしゃる。
これで事件が起きたら「なぜ報告しなかった!」となる訳だから、恐ろしいったらありゃしない。
「ハァ……」
ラゼは思わず息を漏らしたのだった。




