16、生物学は習得必須
入学してしまえば、時が経つのはあっという間だ。
最初の授業を一通り終えて、初めての休日にはカーナとフォリアと一緒にフィーザでお茶をした。
これぞ自分の求めていた青春だと、ラゼは年相応に女子会を楽しんだ。
途中で閣下の息子一行を見かけたが、それをきっかけにカーナと話すことができたので、あまり悪く言うことはやめておこうと思っていたりする。
「ラゼさんは本当に美味しそうにご飯を食べるのね?」
今はそのふたりと一緒に、校舎側にある食堂で昼食を取っていたところだ。
ラゼは口をもぐもぐさせながら、きょとんとする。
「そうかな?」
「ええ。一緒に食べていると、いつもより料理が美味しく感じるわ」
飲み込んでからカーナに尋ねると、彼女は優しい微笑みを向けてくれる。
フォリアが天使ならカーナは女神だな、なんて考えながら、彼女はオムライスを頬張った。
「そうだ。あのね、放課後に図書館に行って見たいと思ってるんだけど、ふたりはどうかな?」
フォリアの緊張はだいぶ解けて、今では普通にカーナと接することができている。
この数日で、節度さえ守っていれば、それを咎める者はいないのだと学んだようだ。
「いいね。私も行きたいと思ってたんだ」
ラゼが同意するとカーナも頷く。
「〈時の塔〉の近くにある建物が図書館のはずだわ。とても広いみたいね」
「迷子にならないようにしないとですね!」
フォリアの可愛らしい発想には思わず笑ってしまう。
ほのぼのとした日常は、今までの生活と違いすぎて、ラゼはついつい気が緩む。
正直なところ、軍人としての出番は無いかもしれないと薄々感じていた。
午後の授業は、生物学。
昼食を終えて教室に戻ると、授業が始まる。
ナイジェル・ミラ・ディーティエ先生が教鞭をとる。
いつも白衣を着ていて、授業が無いときは研究室にこもっているらしい。
「この世界には人間を脅かす生物として、〈害獣〉と〈魔物〉がいるわけだが、その違いを説明できるやつはいるか?」
一応特待生なので、ラゼはひっそり手を挙げておく。
「じゃあ、モーテンス」
「はい」
当てられたのは、カーナだった。
彼女は努力家で、とても勉強熱心だ。
放つオーラがラゼと違うので、大抵彼女が当たる。
意欲を見せるには充分なので当てられなくてもいいが、気が付いていない教師すらいるので影が薄いのも考えものだ。
「まず、バルーダに生息する生物を魔物と呼びます。魔物の額にある石が、わたくしたちが使用している魔石です。
一方で、害獣はオルディアナに生息する赤い瞳を持った獣を指します。大きな違いは、害獣は魔石を持たないということです」
「そうだな。他にも詳しく知ってるやつは?」
ラゼはディーティエが自分に気がついているのか確認するために手を挙げてみた。
「グラノーリ」
(あ、当たった。ちゃんと認知されてたみたいだ)
他に挙手した者がいなかったので、見つけてもらえたのかもしれない。
当てられてから質問の内容を思い出し、ラゼは答える。
「人間は魔物のもつ石を。魔物は人間のもつ知恵を得ます。魔物は人間を吸収することで知恵を得て強い個体が生まれるのです。
『創世記』にはかつてオルディアナからバルーダへと赴いた人間が魔物に取り込まれてしまい、知恵をつけた魔物はオルディアナへと侵攻を開始したとの記述があります。
そのことから、害獣はオルディアナに上陸した魔物がこちらの獣と交わって生まれたものだとする説がありますが、詳しいことについてはディーティエ先生からお聞きしたいです」
「へぇ。お前、おれの論文読んだのか?」
「はい。とても興味深い内容でしたので」
この説を唱えたのは、ディーティエ本人だ。
ラゼは仕事柄、魔物について詳しく知りたいと思っていたので、最先端の研究している人に会えるのは幸運だった。
是非、在学中に色々教えてもらいたい。
ラゼは熱い視線をディーティエ先生に送ったつもりだったのだが、彼は少し考えた後に口を開く。
「そうか。あれを読んだとなると、授業が退屈かもな。グラノーリには別課題を出しとくから、それやっとけ」
「え」
ディーティエがパチンと指を鳴らすと、ラゼの机に資料が現れる。
「はい、じゃあ、他のやつは今聞いたことは忘れて、一から楽しくおれの授業を受けようなー」
そう言うと、ディーティエはラゼを放ったらかしにして授業を進め出す。
「……えぇ」
前世の記憶からでは考えられない対応だ。
ラゼはとりあえず課題に目を通すと、それはどうやら本当に生物学を理解しているのかのチェックテストのようだった。
出されたものはやるしか無い。
ラゼは一人だけペンを忙しなく動かして、記述欄をどんどん埋めていく。
魔物と害獣の細胞や消化についての問題を解いたかと思えば、その生態についての論述。
一番時間がかかったのは、「害獣とは何か?」という問いだ。
世間一般では、オルディアナにいる赤い目をした人間を襲ってくる獣が害獣と認識される。
魔物と違うのは、魔石を持たず、また人間を捕食してもその知恵を吸収しないということ。
(RPGのモンスターと同じかな)
害獣はだいたい全ての種が把握されており、魔物と違って分からないことも少ない。
騎士団員は、個体を見るだけでレベルの判断ができるので、実力を見誤ることさえなければ安全にお仕事ができるのだ。
そうして、ラゼは仕事のことを思い浮かべながら、束になった紙を筆を休める間もなくめくっていった。
ゴーンゴーンと鐘が鳴って、はっと我に返る。
顔を上げると、目の前でディーティエが彼女を見下ろしている。
「そこまででいい」
「すみません、まだ解き終わっていないのですが……」
「これは研究者が参考にするような専門書から抜いてきた問題だぞ」
「専門書……。ああ。だから見覚えがある文章があったんですね」
ディーティエはラゼの手元から資料を抜き取った。
「まさかとは思ったが、ここまで出来るとはな。特待生、舐めてたわ」
ぺらぺら答案をめくり、彼は舌を巻く。
「害獣と魔物については凄く興味がありまして」
苦し紛れにラゼは理由を述べる。
魔物を倒すのが仕事なので、軍大学時代に寝る間を惜しんで研究し、実際にその目で実物を見てきているので、嘘では無い。
ちなみにだが、害獣の討伐については騎士団が管轄しているのだが、任務の関係で危険地帯を進まなくてはならない時があり当然の如く害獣の対処もできる。
「ちゃんと採点したらまた言うが、この授業ではおれの出した課題を図書館で解いてもらうことになる。
どの教科でも、たまにこうやって突出して出来る生徒がいるから、そういうやつに対しては、個人的な課題を出すことになっている。ハブられたとか言うなよ?」
「はい」
「詳しいことは追って連絡する」
「わかりました」
ディーティエは教室を去っていく。
ラゼは大量の論述に手が疲れてしまい、グーパーグーパーを繰り返して、肩もぐるりと回した。
「ラゼちゃん、凄いね! 特別授業なの?」
「うん。そうみたい。生物学には関心があったから深く掘り下げられるのは嬉しいかな」
今日はこれで授業は終わり。
図書館に行く約束をしていたので、フォリアとカーナが席までやって来た。
「ラゼさん、授業が終わる十分前くらいに先生に呼ばれていたのに全く気が付いていませんでしたよ。とても集中していたのね?」
「え! そうだったんですか? 全然気が付かなかった……」
勉学となると、一点に集中してしまうのは悪い癖だ。ラゼはカーナの言葉に反省する。
「ラゼちゃんは、これから図書館で調べ物をしながら課題を解くってことなのかな?」
「多分そうね。これから図書館に行くつもりだったから、丁度よかったわね」
「はい」
彼女は筆記用具と教科書をしまうと立ち上がる。
「お待たせしました」
三人は図書館に向かった。




