12、一日目終了
「あ、ラゼちゃん! 一緒に帰ろう!」
歓迎会が終わり、タイミングよくフォリアとカーナの元に現れたラゼが呼ばれる。
「では、皆さん、おやすみなさい。良い夢を」
フォリアが挨拶してラゼの隣へ。
カーナ様の隣には殿下がいらっしゃり、ふたりを邪魔するのは良くないということで、さっさとふたりでお暇することに。
「途中で離れてごめんね。楽しかった?」
「うん。沢山の人に話しかけられて驚いたけれど、わたしもセントリオールの一員になったんだなぁ〜って実感したよ。パーティー、すごくドキドキした」
「それはよかった」
寮に続く廊下を進めば進むほど、だんだん気持ちも落ち着いていく。
「寮に戻ったら、早速お手紙を書くんだ〜」
「へぇ。例の人に?」
「はぅっ、」
またもや口を滑らすフォリア。
隠し事が苦手なのだろう。
ラゼはつい笑みを溢す。
「はは。可愛いなー、フォリアは」
「も、もう。笑わないでよ〜」
そんな会話を弾ませていれば、すぐに寮に着く。
今日はもう風呂に入って寝るだけだ。
「さて。先にお風呂入りに行こっか!」
「そうだね。もうこんな時間なんだ、早く寝ないと!」
時刻は二十一時を回っている。この時間でもう寝ないと、なんて言っているフォリアは育ちがいいなと感じる。
一旦ドレスからラフな私服に着替えてから、彼女たちは先ほど先輩たちに教えてもらった大浴場へ。
さてさて、更衣室でこの広さだ。
風呂場はどうなっていることやら……。
ラゼはさっさと服を脱ぐ。
「ヒッ!!」
上着を両手でめくりあげたとき、まるでお化けでも見たような声が聞こえて、そちらを振り返ると、お嬢さまがたが顔面蒼白。
何に怯えているのかわからず首を傾げ、フォリアをみた。
すると、彼女も大きく目を見開き、自分を見つめているではないか。
何か変なものでもついているのかな? と、ラゼは身体を確認したが、脇腹にあるバルーダの魔物からもらった黒い傷以外におかしな点は見当たらない。
「あ……」
そんな傷があるのは、おかしいことなのだとそこで気がついた。
この傷だけは、治癒師に治してもらっても治らない。すっかり自分の一部になっていたので、ラゼは何とも思っていなかった。
服にかけた手を、慌てて下ろす。
人がいない時間帯に出直した方が良さそうだった。
フォリアをひとりにしてしまうのは申し訳ないが、仕方があるまい。
さすがに、身体を見て叫ばれるのはいい気持ちがしなかった。
「いやー。お見苦しいものを。……フォリアはゆっくりしておいで! 私はあとで貸切風呂をいただくよ」
「ラ、ラゼちゃん……」
フォリアがそれは悲しい顔をするが、そんな顔で見ないで欲しい。母性がくすぐられる。
(あなたにそんな顔をさせた張本人は私ですが、頭を撫でてもいいですか?!)
ラゼはつい手を伸ばした。
「また後でね」
ヒロイン級とでも言うべきフォリアのモデル体型を、しっかりその目で確認してから出て行く。
消灯は零時。美容に気を使うお嬢さまたちならば、二十三時過ぎに風呂に入りに行けば遭遇率は低いだろう。
部屋に戻った彼女はベッドにごろり。
野営に比べれば、寝心地は最高。
「ダメだ。このままだと寝る」
がばりと起き上がり、机に座った。
引き出しから分厚い本みたいな日記を出して、今日の出来事をまとめる。
日記を、前世の日本語で書き留めているのは、もしも見られてしまった時に備えてのことだ。
「えっとー。記念すべき学園生活一日目は、天使と出会いました、と……」
天に召されるのはまだ勘弁してほしいが、ここはこの世の楽園と見紛うほど恵まれた環境。
ならば、楽園にいらっしゃる聖女は天使と形容しても間違いないだろう。
まぁ、フォリアを聖女と内心で呼んでいる時点で、彼女は軍での生活とは異なるこの世界に翻弄されてしまっている。
前世の記憶があるラゼは、争いと遠く、いい暮らしをしていた記憶ももっているが、それはこの世で、この身で、経験したことではないのでただの知識として頭の中に収まっている。その知識のせいで人格は似てくるが、この世界で生まれた彼女はこの世界の道理の上に生きているわけで、階級や信仰を否定することはできない。
平和な暮らしをしていた前世の彼女がそのままラゼになっていれば、まず軍人になるなんていう選択はしなかっただろう。
「……」
ラゼは服の上から腹の傷を摩る。
バルーダの魔物の特性は分からないことが多いので、彼女のこの傷も何故黒くなっているのか原因も不明だ。
「セントリオールの図書館にだったら、何か手がかりがあるかな」
軍には彼女と同じように、呪いとも言うべき傷を負った仲間が沢山いる。
ハーレンスに言った言葉は本心で、せっかく時間があるのだから、魔物について勉強したい。
ラゼはくるくるとペンを回した。
「ラゼちゃん」
扉を開けて中に入ってきたフォリアは、風呂上がりで頬を赤く染めていた。
「あ、おかえり。湯加減はどうだった?」
「気持ちよかったよ。それより、さっきの傷は……」
「昔やっちゃってね」
「……痛かったよね」
フォリアは私の前に跪くと、手を取る。
彼女の瞳は慈悲深き聖女のそれだった。
「たまに傷が痛む時もあるけれど、大丈夫だよ」
「……星の癒しがあなたに届きますように」
フォリアは祈りを口にした。
その自然な流れは彼女が格のある教会で育てられ、聖職者としての一面をもっていることを示している。
「ありがとう」
「ううん。今のわたしにはこれくらいしかできなくて。ごめんね」
「気にしなくていいよ」
傷ひとつひとつに、当時を思い出させる記憶が刻まれている。
軍人ともあれば死と近いし、もちろん仲間が死ぬ時もある。
この傷がないと、その悲しみなどを忘れてしまいそうで、ラゼは怖かった。
いつかボナールト大尉に「中佐は戦闘狂であります」なんて言われる日が来ないことを願う。
「そっか。ラゼちゃんは強いんだね」
「そうでもないよ」
彼女はフォリアに笑った。
所詮、自分はただの怖がりでしかない。
死にたくないから戦って生きている。
聖女には考えられないこともやっているのだ。
フォリアは立ち上がり、向かいにあるベッドに座った。どうやら本当にもう寝るらしい。
「明日から授業だね。ドキドキする」
「そうだね。座学もあるとは思うけれど、基本は魔法の使い方を実践で学ぶんだろうね。この学園を卒業したら、上級の認定証がもらえることになってるから」
「そっか。そうだよね」
この国では、魔石を所持するのに役所での手続きがいる。一般人では初級から中級までの魔法使用しか許されず、上級からは免許が必要となる。
得意型を見つけている時点で、この学園に入っている生徒は皆、優秀な親御さんや家庭教師から、初級程度の魔石の使い方を知っていることは簡単に予想できる。
そういう学生たちが集まるからこそ、この学園で学びを修めると、上級の免許が受理されるのだ。
(まあ、私、もう特級なんだけどね)
もちろん軍人なのに魔石が使えないのではお話にならないため、ラゼは免許をすでに得ている。
なんなら、ここにいる誰より魔石の扱いをわかっているつもりだ。一応、シアン皇国軍でエース扱いなのだから。
まあ、佐官になるのに特級が必要だったので、ラゼはすでに免許皆伝だ。
「明日から頑張ろうね」
「うん。頑張ろうね。先に寝ちゃうけれど、ごめんね。今日は星の光が強い日で、早く寝るしきたりがあるの」
「わかった。おやすみなさい。また明日ね」
「うん。星の光があなたを良い夢へ誘うことを」
フォリアはもぞもぞベッドに潜っていく。
ラゼは光が漏れないように真ん中のカーテンを閉める。
そうそう、フォリアの例のお手紙は明日の朝に書くそうだ。いつも五時には起きているそうなので、寝坊しそうになっていたら起こしてくれと頼んでいる。
ラゼは日記を書き終えると、明かりを消して、静かに浴場に向かう。
案の定、そこにはひとりの姿も見つからなかった。
貸し切り状態である。
「ああーー。いい湯だわぁ」
大きな風呂に、身体を沈める。
温泉を引いているからか、身体は芯からぽかぽかしてきた。
まったりとした、自分だけの時間。
働いている時はまともに休みをもらえないので、休暇の感覚に近い。
軍大学には戦争を学びに行ったが、ここは貴族の子どもたちが集まる魔法学園。花の都である。
「カーナ様は殿下と。フォリアは年上枢機卿か」
青春といえば恋愛だろ、なんて安易な発想をしてしまう自分が恥ずかしいが、気になってしまうのだから仕方がない。
野次馬精神万歳だ。しっかり見守り役を果たしていきたい。
のぼせる前に風呂から上がり、寝巻きに着替えて部屋に戻る。
一日目終了。
ラゼはベッドで丸くなった。
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