6話 コベット
両親がいなくて居心地のいいはずだった我が家から逃げ出し、僕達三人は喜門町で最大のショッピングモールにやって来た。
二階建てで店舗数が八十を超え、映画館やゲーセンなんかもあり同年代の男女はよくここに遊びに来ているらしい。
はっきりと言うなら僕にはあまり関係ない場所だ。
「二人はよく来るんですか?」
「私はクラスメイトとたまに来るわ」
「あたしも、たまに服を見に来るくらいだな。今日も服を選びに来たわけだし」
「それって僕必要ないじゃないですか」
噂だと、女子の買い物は時間がかかるって有名だし、できるなら勘弁願いたい。
「そういうな、これから一緒に戦うことになるんだし、少し親交を深めようじゃないか」
「折角お姉ちゃんが誘ってるんだから、付き合いなさい。あんたじゃ、今後こんなことはないわよ」
「酷い言われれ様ですけど、その通りだと思います」
この鍵がなかったら、この二人と行動することもないだろう。
「昼はおごってやるから、しばらく付き合え」
「わかりました。ここまで来ちゃいましたし、最後まで付き合います」
それから何店舗か見て回る。
家に来た時から思っていたが、やっぱり二人で着るタイプが違う。
焔さんはボーイッシュなパンツスタイル、鬼石さんはお嬢様って感じのワンピースを着ていて、さっきから見ている服もバラバラなタイプの物が多い。
結局二時間ほど店を回って、二人が買ったのは一着ずつ、女子が多い場所に僕みたいのが行くとかなり体力を消耗する。
「秋良も疲れてきたしそろそろ昼にするか」
昼時ということもあり、フードコートは人でごった返していた。
「やっと座れた」
「だらしないわね、人間ってのを差し引いても体力なさすぎじゃない?」
「運動とか苦手なんです」
「疲労もあると思うぞ。この二日は人間には濃いだろうからな」
「お姉ちゃんはこいつを庇うんだ」
「あたしのパートナーだからな。これから秋良もどんどん強くなるさ。じいちゃん達もそう言ってただろ」
「おじいちゃん達の代のパートナーだよね。凄いらしいけど」
「もしかしてその人アイザックって名前じゃないですか?」
「なんであんたが知ってるの?」
「僕の祖父の名前です。神流アイザック、旧姓はアイザック・ゲルニカ」
「それであんたがそれを持ってるわけね。でも血縁なのに、今の今まで何も知らなかったの?」
「爺ちゃんは僕が物心つく前に死んじゃってて、父さん達はこんなこと知る気もないですから」
昨日婆ちゃんから聞かなかったら、僕も知ることはなかったから、父さんだけを責めることはできないけど。
「アイザックさんの孫だって言うなら、頑張りなさい。おじいちゃん達の話だと、一緒に戦っていたらしいわよ」
「流石にそれは無理だと思います……」
あんな化物と戦えるって、どれだけ努力したんだろう……。
こんな話をしているのに、焔さんは話に入ってこず、ただ一点を見つめていた。
「焔さん、どうかしたんですか?」
「秋良悪いけど、少し待っててくれ。氷美湖あの人そろそろヤバい」
「わかった領分を展開する準備しておく」
領分って確か、カルマと戦った時のか、だとしたらまた僕が狙われているのか。
「そんなに身構えなくていいぞ、今日の相手はコベットだ。秋良が狙われる心配はない」
「コベットとカルマの違いなんてわかりませんよ」
コベットは煩悩から発生した扉を通って出てくる幽世の住人だっけか。
それを倒して幽世に戻すのが、鬼石家が現世にいた理由だったはずだ。
「簡単よ、幽世で生まれたのがコベット、現世で生まれるのがカルマ。危険度は当然カルマの方が上ね」
その辺の理屈がよくわからないんだよな。
生まれる場所でそんなに違いが出るんだろうか?
「わからないって顔してるな。一人の煩悩から生じる扉からは、強いやつが出て来れないんだ。それに対して、カルマはヴァクダの力から煩悩を増幅して実体化しているから力に制限がない」
「だからカルマの方が強くなりやすい」
「そういうことだ。さて、そろそろ動くぞ」
この時、初めて領分が発動する瞬間に立ち会った。
僕達以外の人が一斉に消え、残ったのは僕達三人と料理を受け取ろうとしていた一人の女性、それとその場にあった無機物だけ。
「何、何が起ったの?」
「少し大人しくしていてくださいね」
いつの間にか女性の側に移動した焔さんが頭を小突くと、女性はその場に倒れ込み、女性の体から黒い湯気が立ち上る。
「鬼石流炎技 牙炎」
今にも消えそうな揺らぎを見せるコベットに、焔さんは一撃を加える。
一気に炎に包まれたコベットは、炎が消えると燃えカスさえ残らず消えた。
終わったんだという感慨も無く、気がつくと当たりは昼のフードコートに戻っていた。
そしてすぐに女性が倒れたと騒ぎが大きくなった。
「さっきのがコベット。今回は発見も早いし、他の人の煩悩を吸収する前だから、すぐ終わったけどね」
「時間は経ってるんですよね?」
「ああ、だから迅速にやらないとな」
「意外と姿が一瞬消えたことに気づかないんですね」
人が数秒忽然姿を消したらそっちに話題が行きそうだけど、そんな話は一切聞こえてこない。
「相当意識してないと気づかないもんさ。例え気がついても、そんなのありえないって考えるのが普通だ」
「なんか悲しいですね」
数秒とはいえ、誰か一人が欠けてもそれはそれと続いていく。
当然のことだけど、それが凄く悲しい。
「それを悲しいと思うなら、あなたが気をつけていなさい。他人の機微に気がつけば消えるなんてことにはならないから」
「どういう意味ですか?」
「気にするな、ばあちゃんの教えだから、あたしにもわからん」
「そんなこともわからないの? って言いたいけど、私もわからないのよね」
結局コベットを退治した後、僕達は買い物を済ませ家路についた。
文句を言いはしたが、一人じゃない買い物は楽しかった。
†
鬼石さんは先に帰ったが、焔さんは僕を家まで送っていくと言ってくれたので、その言葉に甘えた。
僕は目の前を歩く人を見て足が止まる。
「秋良、どうかしたのか?」
焔さんの声に振り向いたのは僕の父親だった。
仕事帰りのスーツ姿で、僕を見る目は凍えるほどに冷たい。
「親父に似ているのは、見た目だけじゃないわけか」
僕と焔さんを交互に見やり、父さんはそう言い捨てる。
「色恋にうつつを抜かす暇はお前には無い。それとも隣のお嬢さんに守ってもらっているのか? 息子ながら情けない限りだな」
「父さんには関係ないだろ?」
「虚勢すら張れないのか。情けないな」
「おじさん。自分の息子に、その言い方はないんじゃないですか?」
「お嬢さんも知っているはずだ。いじめられていても、何も行動を起こさない。見た目のせいだと管を巻き、誰かが救ってくれると手をこまねく。それを情けないと言わずになんと言えばいい」
「それを教えるのが親でしょ?」
「教えたさ。運動でも勉学でも芸術でも、何でもいいから磨けと言ってきた。俺もそうやって来た。あの親父の息子だと言われて育ったが、そうやって周りを黙らせてきた。実例を出して諭してやったが、こいつは動こうとしない」
父さんの言う通りだった。
この目と髪のせいでいじめられ、いつか誰かが救ってくれると、自分では頑張らずに生きてきた。
「そう見えるのは、おじさんの視野が狭いからです。秋良は秋良のペースでゆっくりでも進んでます」
「それでも問題は変わらないな。他人よりもハンデがあるのに歩みも遅いとは、置いていかれるだけだ」
これ以上は平行線だと、父さんは歩みを進め、家に向かって行った。
「ごめんなさい。僕のせいで……」
「気にするな。秋良のせいじゃない。それにしてもああいう父親だと、秋良も家に居づらいな」
「そんなこと言いましたか?」
「雰囲気でわかる。祖父母の話はたまに聞くが、両親の話は一度もしてないだろ」
「そうかもしれないです」
無意識のうちに会話から外していたかもしれない。
「そうだ。折角だから家に泊まるか?」
「なんでですか?」
「さっき言われてただろ、動こうとしないってさ。だからまず第一歩として無断外泊だ」
「それもいいかもしれませんね」