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爺ちゃんの形見は世界の鍵でした。  作者: 柚木
四章 十纏との決戦
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43話 秋良 VS 調

「いきなり殴りかかったくせに中々冷静だね。いや、冷静になったという所かな?」


 危なく手を掴まれるところだったが、ふと我に返り距離を取る。


 頭に血が上って殴っちゃったけど、冷静にならないとダメだ。

 さっき殴ってわかったけど、あんな見た目でも相手は十纏で、僕よりも数段上の存在だ。

 師匠に連絡はしたし、後は逃げ続けないとな。


「君に聞いてみたいことがあったんだけど、早くしないと援軍が来るんだろ?」


「少しくらいなら話に付き合ってやってもいいけど?」


「じゃあ、一つだけ聞こうかな。自分のせいで寝たきりになった友達を見てどう思った?」


 初めて血液が沸騰する感覚を知った。

 感情に脳も口もついて行かず、口がただ音も無く動いた。


 意識を外さないようにしていたのに、こみ上げた怒りが思考を歪め気がついた時には吾平調は僕の目の前にいた。

 反射で足を動かしたが、体も心もかき乱され足がもつれて転んでしまう。

 でも、それのおかげで吾平調の手は空を切った。


「運が良いね。でも、君はわかりやすいね。友達を侮辱されて怒るなんていかにも善人ぶってる。そのおかげで凄くやりやすいよ」


 こいつ、車椅子でもあの速度で動けるのか。

 他の十纏よりも遅いんだろうけど、僕からしたら一緒か。


「いじめてごめんよ。実は君と話がしたかったんだ。今のは力ずくでも奪えるって見せるためなんだ。君も私達の争いを知ってるだろ? だから初心に戻って話し合いで君から鍵を譲ってもらいたいんだよ」


「どうせ嘘だろ?」


「どう思ってくれてもいいよ。君が話し合いに乗ってくれるなら手荒な真似はしないと誓うよ」


 何が正解だ? こいつの狙いは何だ? 戦闘にならないのは朗報だけど、それがこいつの狙いならその先があるはずだ。


「君は死んだ人に会いたいと思わないか? ショパンの新曲を聞いたり、ゴッホの新作を眺めたり、エジソンの新しい発明を見てみたくないか?」


「別に思わない」


 こいつが何を考えているかわからないけど、今は話を聞いておこう。

 時間が経てば僕の方が有利なはずだ。


「それなら、交通事故で死んだ誰かに会いたいとは思わないかい? 殺されたでもいいけどね、そんな突然命を奪われた誰かともう一度暮らしたいと思う人はいないかい? 君が鍵をくれればその人たちから悲しみを取り除くことができるんだ」


 幽世と繋がるって死んだ人にいつでも会える。つまり死が別れじゃなくなるってことか……。

 その言葉に僕の言葉が揺らいでいく。


「心半ばで命が尽きた死者に、もう一度チャンスを与えたいと思わないか?」


 揺らいでいく僕に吾平調は段々と近づいてくる。

 車椅子をゆっくりと漕ぎ、僕に触れる位置まで近づき手の平を僕に向ける。


「そんな不幸から解き放つために鍵を私達に渡してくれないか?」


 やせ細った顔で優しい笑顔を浮かべる。

 僕に吾平調を否定する言葉は出てこない。


「戯言に付き合う必要はないよ」


 車椅子がバックし、僕と吾平調の間に蘇葉さん達が割り込んできた。


「あんた達は誰? 門番じゃないみたいだけど」


「門番じゃないけど、その仲間だよ」


「今二人ではなしてるんだから、邪魔しないでくれるかい?」


「へえ、今のはほとんど詐欺だろ」


 詐欺?


「怪我はしてない?」


「はい、大丈夫です。蘇葉さん、詐欺って一体なんですか?」


「あいつが言ってるのは確かだけど、もちろんその裏もあるんだよ」


「裏って何かあるんですか?」


「わかりやすく言えば夏休みの宿題と一緒だよ。最初に終わらせる人、計画的に終わらせる人、最後にまとめてやる人。それと一緒で命って限りがあるから、自分のやりたいことをやるんだ。それが無くなったら誰もやらなくなるよ。有名な画家も、作曲家も発明家も、期限があるから完成させようと努力するんだよ」


「わかるようなわからないような……」


 夏休みと人生を一緒にしていいのかな?


「それに、誰かの命を奪う奴も一緒にいるんだぞ。人を傷つけることが生きがいの屑が終わりなく誰かを傷つけ続ける。終わりが無いってのはそう言うことだ」


「妹たちに一通り言われちゃったけど、私達は終わりのない世界を認めたくないの。だから秋良くんを渡すわけにはいかない」


「それは彼が決めることだ。さあ、君はどっちを選ぶ?」


 僕を見つめる吾平調に対して、蘇葉さん達は僕を見ることさえしない。

 それが、僕に答えを決めさせた。


「この鍵は渡さない」


「そうか、やっぱり奪うしかないか」


 吾平調はポーチから果実を一個取り出しかじりついた。

 変化はすぐに起きた。

 枯れ枝の様な体から闇が溢れ、吾平調の体を覆い車椅子から立ち上がる。


「神流秋良、君はいつまでその鍵を持っていられるかな?」


 僕の視界から消え、衝撃波が体を揺さぶる。


「蘇葉ちゃん、秋良くんを守ってあげて。まだ何か持ってるかもしれないから」


 裃さんは吾平調と戦闘を開始していた。

 互いに手を着いての腕力勝負だが、裃さんが押されているように見える。

 今にも押しつぶされそうなその小さな体は、血管を浮かばせながら押し返そうとしている。


「姉さんから手を離せ」


 篠雪さんが助太刀に入るが、軽々と躱されてしまう。

 そんなことはお構いなしに篠雪さんは鎌に変化した腕を振る。

 全ての攻撃は一手足りず、吾平調の体には当たらない。

 吾平調が優勢に見えたが、その足元で何かが動いたのが見えた。

 それは吾平調の足を払い体勢を崩す。

 その隙に篠雪さんの鎌が吾平調を切った。


「このまま行くよ」


「もちろん。姉さんこそ、しくじらないでね」


 背の高い篠雪さんの足元で裃さんが獣の様に四足で構えている。

 さっきのは裃さんだったんだ。


「あっちは大丈夫みたいだね。秋良くん、これを着けてくれる?」


 二人の戦いを余所に蘇葉さんから赤と青に色付けされた篭手と具足を渡された。


「派手だけど、この色がいいかなって。赤は焔ちゃん、青は氷美湖ちゃんだよ」


「これじゃ、二人の形見みたいになりますね」


「お守り代わりだよ。それと秋良くんの心が揺らいだら思い出してね。二人は間違ってないってことを」


「わかりました。そういえばここで暴れて大丈夫なんですか?」


 人通りは少ないけど、住宅地も近いし、誰かを巻き込んじゃうかもしれない。


「それは巌さんが警察に根回ししてくれてるから大丈夫。だけど、もっと人目の付かない所に移動しないと」


 蘇葉さんが領分を開き、僕達も領分の中に移動した。

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